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「明智城址・瀬田隧道、そして根古」

十月の可児市は、山が色づき始めていた。


 久々利の山が赤く、我田の山が黄色く、可児川沿いの木々が少しずつ変わっていった。

秋の可児は、春や夏より静かだった。静かな中に、何かが積み重なっている感じがした。


 工藤がそれを感じたのは、十月の第一週だった。


 袈裟斬り地蔵の件、我田の大岩の件、今の団子屋の件??三つの事件が、それぞれに解決していた。

しかし工藤には、引っかかっていることがあった。


 三つの事件は、本当に別々のことだったのか。


---


 瀬田隧道に手紙が見つかったのは、十月の第二週だった。


 明智城址の近く、山の中腹に残る古いトンネルだった。

瀬田隧道??明治期に掘られた石造りのトンネルで、今は使われていないが、崩れてもいなかった。

地元の人間は知っていた。観光案内には載っていなかった。


 鳴海美佑が最初に見つけた。


 明智光秀ゆかりの明智城址を取材していた時、隧道の存在を地元の老人から聞いた。

行ってみると??入口の脇の石に、封筒が挟まっていた。


 差出人なし。宛先なし。


 美佑は封筒を開けなかった。工藤に電話した。


---


 工藤が明智城址に来た。


 江戸川と安藤が一緒だった。


 瀬田隧道は、山道を十分ほど上ったところにあった。

石積みのアーチが、山の斜面に口を開けていた。中は暗く、湿っていた。明治期の石の匂いがした。


 入口の脇に、封筒があった。


 工藤が手袋をつけて取り出した。


 中の紙を広げた。


 手書きだった。黒いインクで、丁寧な文字で書かれていた。


*「可児の地下を、繋ぐものがある。袈裟斬り地蔵の下から、我田の大岩の下へ。今の団子屋の配達ルートを通って。瀬田隧道で終わる。これは、昔の話ではない。今も、動いている。??知っている者より」*


 工藤は紙を読んだ。もう一度読んだ。


「知っている者」と江戸川は言った。「誰ですか」


「わかりません」と工藤は言った。「ただ??根古さんに見せます」


---


 太田に電話した。


「根古さんに伝えてもらえますか。瀬田隧道に手紙が見つかりました。内容を送ります」


 写真を撮って、太田に送った。


 返信は、太田からではなかった。


 根古から、直接来た。


*「読みました。これは私が書いたものではありません。ただ??内容は正しい。三つの事件は繋がっていた。地下で、繋がっていた。手紙を書いた人間が誰か、わかります。ラクカに全員を集めてください。今夜。私も、話します。??根古」*


 工藤はメッセージを読んだ。


 江戸川に見せた。


「根古さんが、話す」と江戸川は言った。


「そうです」


「来るんですか、ラクカに」


「来ません」と工藤は言った。「ただ??話す、と言っています」


---


 今夜、と根古は言った。


 工藤は全員に連絡した。


 安藤、星野、千紗都、麻尋、澪、茜、朱音、雨月、美佑、ロドリゲス、フェルナンド。


 唯と遠藤にも連絡した。二人は可児にいた。


 垂井美智子にも連絡した。「参ります」と即座に返信が来た。


 スティーブはその日、東京にいた。工藤が連絡すると「オンラインで参加できますか」と言った。

工藤が太田に聞くと、太田が「準備します」と言った。


---


 夜、ラクカに全員が集まった。


 工藤、江戸川、安藤、星野、春日、千紗都、麻尋、澪、茜、朱音、雨月、美佑、ロドリゲス、フェルナンド、唯、遠藤、垂井。


 十七人だった。


 ラクカの椅子が足りなかった。太田が奥から予備の椅子を出した。何も言わずに出した。いつも起きている男は、こういう時のためにも、準備していた。


 コーヒーが全員分、静かに出た。


 スティーブはタブレットの画面から参加していた。画面をカウンターの端に置いた。


 太田がカウンターの奥に、もう一台、小さなスピーカーを置いた。


 誰も何も言わなかった。


 何かが、始まる前の静けさだった。


---


 太田が「根古さんが話します」と言った。


 スピーカーから、声が出た。


 低く、静かな声だった。


「皆さん、集まってくれてありがとうございます」


 誰も動かなかった。


 根古の声が、初めてラクカに流れた。


 太田経由のメッセージでも、工藤への直接電話でも、文字でもなく??声が、全員のいる場所に届いた。


「私は来られません」と根古は言った。「ただ??今夜は、少し話したいことがあります。聞いてもらえますか」


 誰も断らなかった。


---


「三つの事件は、繋がっていました」と根古は言った。


「袈裟斬り地蔵の地下道、我田の大岩の下の埋蔵物、今の団子屋の配達ルート??三つは、可児の地下を走る、同じ組織のネットワークの一部でした」


「同じ組織ですか」と雨月が言った。


「はい」と根古は言った。「表向きは別々の動きに見えていました。地下道の薬物、埋蔵物の窃盗、高齢者への詐欺??それぞれが独立した事件に見えていた。しかし??同じ組織が、可児の歴史的な場所を、体系的に利用していた」


「なぜ可児なんですか」と工藤が言った。


「可児には、地下が多い」と根古は言った。「炭鉱跡、戦国期の抜け道、古いトンネル。歴史が長い土地には、見えない空間が多い。その空間を、組織は利用していた」


「瀬田隧道の手紙を書いたのは」と工藤は言った。


「手紙は??組織の内部から来ました」と根古は言った。

「組織に関わっていた人間が、告発のために書いた。誰かは、今は言えません。ただ??その人間が、告発を決意するまでに、時間がかかった」


「時間がかかった、というのは」


「可児の街が、動き始めるのを、待っていたからです」と根古は言った。

「皆さんが動くのを、見ていた。袈裟斬り地蔵が解決した。大岩が守られた。団子屋の常連が戻ってきた。それを見て??告発できる、と思った」


 ラクカが静かになった。


「皆さんの動きが、告発者を動かした」と根古は言った。

「私ではありません。皆さんが、この街で動いたことが」


---


「根古さん」と朱音が言った。


「はい」


「あなたに、聞いてもいいですか」


「どうぞ」


「なぜ、可児なんですか。あなたが、ここにいる理由は」


 少し間があった。


「可児は、長く続くものがある街です」と根古は言った。「三百年前の地蔵が今もある。動かしてはならない岩がある。江戸から続く団子屋がある。明智光秀の城址がある。長く続くものが、私は??好きです」


「根古さんも、長くここにいるんですか」


「二十年です」と根古は言った。「ヤマトと一緒に」


「ヤマトは今、何をしていますか」と千紗都が言った。


「膝の上にいます」と根古は言った。「今夜は??珍しく、ラクカの方角を見ています」


 太田が少し、目を細めた。


---


「もう一つ、話してもいいですか」と根古は言った。


「どうぞ」と工藤は言った。


「明智城址について」と根古は言った。

「光秀は謀反人と呼ばれました。しかし??本当のことは、今も誰にもわかりません。守ろうとしたのか、奪おうとしたのか。見え方と、真実は、違うことがある」


「瀬田隧道の手紙を書いた人間も」と工藤は言った。


「見え方では、組織の一員です」と根古は言った。

「しかし??告発した。守ろうとした」


「光秀と、重なりますか」


「重なるかもしれません」と根古は言った。

「可児の土地は、そういう人間を、何人も見てきた。守ろうとして、悪者に見えた人間を」


 フェルナンドが「ビッグ」と言った。小さく、しかし確かに。


---


「最後に、一つだけ」と根古は言った。


「はい」と工藤は言った。


「皆さんに、礼を言いたかった」と根古は言った。

「私は来られません。ヤマトも来られません。ただ??皆さんが可児で動いてくれたことで、この街が少し、守られました。それは??ありがたいことです」


 誰も何も言わなかった。


 言えなかったのではなかった。


 言葉より、聞いている時間の方が、大事だった。


「太田さん」と根古は言った。


「はい」と太田は言った。カウンターから。


「いつも、ありがとうございます」


「こちらこそ」と太田は言った。「コーヒー、出しておきます」


「飲めませんが」


「わかっています」と太田は言った。「それでも、出します」


 根古が少し笑った気がした。声だけだったから、わからなかった。

しかし??スピーカーから、わずかに、温かいものが伝わってきた気がした。


「では」と根古は言った。「おやすみなさい」


 声が、止んだ。


---


 ラクカが、少しの間、静かだった。


 誰かが息を吐いた。


 フェルナンドが「……ビッグやったな」と言った。


「ビッグでした」とロドリゲスが言った。


「配信しなくてよかったです」と美佑が言った。


「しなくてよかった」とロドリゲスも言った。素直に。


 雨月が「根古さんて」と言いかけて、止まった。言葉が見つからなかった。


「いる、という感じがしますよね」と朱音が言った。「どこかに、ちゃんと」


「います」と千紗都は言った。「ヤマトが膝の上にいる人が、いないわけがない」


 澪が「私、根古さんに会ってみたい」と言った。


「来ません」と工藤は言った。


「わかってます」と澪は言った。「でも、会ってみたい」


「それは、ずっとそう思い続けるといいと思います」と工藤は言った。


「なぜですか」


「会ってみたい人が、いる。それだけで??来る理由になります。可児に」


 澪が少し考えた。「なるほど」と言った。


---


 カウンターに、根古のコーヒーが一杯あった。


 湯気が立っていた。


 今夜は??いつもより少し、多く湯気が立っていた。


 スピーカーの余熱か、太田が少し熱めに淹れたのか、わからなかった。


 垂井が「今夜のコーヒー、少し熱いですね」と言った。


「そうですか」と太田は言った。


「いつもより」


「気のせいかもしれません」と太田は言った。


 垂井が少し笑った。「根古さんらしいですね」


「何がですか」


「気のせいかもしれないことが、全部当たっている」


 太田は何も言わなかった。


 ただ、次のコーヒーを淹れ始めた。


---


 全員が帰った後、太田が一人でラクカを片付けた。


 根古のカップを洗う前に、スマートフォンを出した。


*「今夜は、よく話せました。ヤマトが今、珍しく丸くなっています。安心したのかもしれません。??根古」*


 太田はメッセージを読んだ。


 返信を打った。


*「皆さん、帰りました。コーヒー、美味しそうに湯気が立っていました。明日も開けます。??太田」*


 送信した。


 すぐに返信が来た。


*「ありがとう。おやすみなさい。??根古」*


 太田はスマートフォンを閉じた。


 根古のカップを、丁寧に洗った。


 明日も、ラクカは開く。


 何も聞かない場所として。


 いつも起きている男が、いる場所として。


 根古とヤマトが、知っている場所として。


---


 明智城址は、秋の夜の中にあった。


 光秀の城址が、山の上にあった。


 誰もいない山の上で、風が通った。


 木の葉が揺れた。


 瀬田隧道の入口に、もう手紙はなかった。


 告発は、届いた。


 守ろうとした人間の言葉が、届いた。


 明智光秀が何を思っていたかは、今も誰にもわからない。


 しかし??守ろうとした人間が、この土地に、何人もいた。


 それは確かだった。


 可児の秋が、深まっていった。


---

*??可児探偵ファイル 可児市編 第七話「明智城址・瀬田隧道、そして根古」了??*

*??可児探偵ファイル 可児市編(第4?7話)完結??*


---


# あとがき(作中世界より)


*瀬田隧道の手紙を書いた人物は、その後、垂井美智子の法的保護を受けた。名前は公開されなかった。ただ??可児市内の、静かな場所で、今も暮らしている。*


*地下ネットワークを運営していた組織は、雨月雅之と北村唯、遠藤成気の連携で、十一月までに国内の拠点が解体された。スティーブ・ヘイブンスが国際的な調整を担った。*


*袈裟斬り地蔵の地下道は、文化財調査の対象となった。封鎖が改めて行われ、今は専門家が調査を進めている。地蔵に、毎朝手を合わせる人は、今日もいる。*


*我田の大岩の下には、戦国期の文書が埋まっていることが確認された。発掘は行政と大学が連携して進める予定になった。大岩は、動かされていない。*


*今の団子屋の田中義雄は、翌月から再び毎朝九時に来るようになった。みたらし団子を二本、お茶を飲んで、帰る。三代目の店主が「また来てくれた」と言った。*


*柊澪は、ラクカに週五日通い続けた。太田は何も聞かなかった。ただ、澪が来る時間に合わせて、コーヒーを少し多めに準備するようになった。*


*フェルナンド・村田は、十月から十一月にかけて、タロットを毎回カメラなしで引いた。出たカードは毎回、その週の出来事と合っていた。ロドリゲス斎藤に「俺、本物かもしれん」と言った。ロドリゲスは「最初から本物だと思っていました」と言った。フェルナンドは「ビッグビッグビッグ」と言った。*


*鳴海美佑の登録者数は、明智城址の動画で五万を超えた。フェルナンドとロドリゲスとの三人配信が定番になった。「可児の伝説チャンネル」という非公式の呼び名がついた。*


*根古親司は、今日も家にいた。ヤマトが膝の上で丸くなっていた。スマートフォンを見ながら、FXをしながら、窓の外を??ヤマトが見ている方角を、一緒に見ていた。*


*太田豊は、今日もラクカを開けた。*


*根古のカップを、一杯、カウンターに出した。*


*湯気が立った。*


*それだけで、十分だった。*


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