「廃墟と生配信と、骨」 第七話
# シーン7
江戸川勉の事務所に、五人が集まったのは午後二時だった。
工藤俊一、江戸川勉、北村唯、そして星野由紀子・西野千紗都・古田麻尋の三人。
椅子が三つしかないので、西野と古田は壁際に立ち、江戸川は自分のデスクに座り、北村は窓際に立った。
工藤だけが、ソファに腰を下ろしていた。
最初の五秒、誰も口を開かなかった。
「狭いですね」古田が言った。
「すみません」江戸川が言った。「もう少し広い部屋に移ろうとは思ってるんですが」
「いつから思ってるんですか」工藤が言った。
「開業した日からです」
「一年経ってる」
「物件が見つからなくて」
「探してるのか」
「……気持ちの上では」
「それは探してない」
北村が静かに言った。「始めましょう」
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北村が口を開いた。
「遠峰一郎。工藤さんから連絡をもらって、こちらでも確認しました」
全員の視線が北村に集まった。
「十年前、可児市内で貿易会社を経営していた人物です。表向きは東南アジアからの輸入雑貨業。
実態は??密輸の仲介。主に東南アジアから日本国内への、規制物資の流通ルートを管理していた」
「規制物資とは」工藤が言った。
「今の段階では言えません」
「NSAが動く程度のもの、ということですか」
北村は少し間を置いた。「そう思ってもらって構いません」
星野が言った。「遠峰は今も生きていますか」
「生きています」北村は星野を見た。「そして??今も、このルートを動かしていると我々は見ています」
部屋が静かになった。
江戸川が手を挙げた。「あの、一個確認していいですか」
「どうぞ」
「NSAって、アメリカの機関ですよね。なんで日本の可児市の話に??」
「江戸川さん」工藤が言った。
「はい」
「それは今聞かなくていい」
「……わかりました」
北村は続けた。「遺体の身元が、今朝判明しました。可児署から情報が入りました」
全員が北村を見た。
「名前は木島健二。五十一歳。十年前まで、遠峰の会社に勤めていた人物です」
「消された」工藤が言った。断定だった。
「状況からはそう考えられます。死後推定八年から十年。工場跡に遺棄されていた」
星野が静かに言った。「口を割りそうになって消された」
「可能性が高い」
西野が壁から一歩前に出た。「昨夜、工場跡で男を追いました。
落とし物に『R・S??工場、十年前、生きている』と書いてありました。
ロドリゲス斎藤さんのことだと思いますが??」
北村の表情が、わずかに変わった。
「そのメモを見せてもらえますか」
西野はスマートフォンで撮った写真を見せた。北村はそれを見て、遠藤に送った。素早い動作だった。
「遠峰は、ロドリゲスさんが何かを知っていると思っている」北村は言った。
「昨夜の男は、遠峰の側の人間だと思われます」
工藤は立ち上がった。「ロドリゲスに連絡する」
スマートフォンを出した。発信した。
呼び出し音が鳴った。三回、五回、七回??
出ない。
工藤は電話を切り、もう一度かけた。
出ない。
部屋の全員が、工藤を見ていた。
工藤は三度目をかけた。
繋がらなかった。
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そのとき、ドアが開いた。
勢いよく。ノックなしで。
藤原茜が飛び込んできた。麦わら帽子が曲がっている。息が上がっていた。
「工藤さん??ロドリゲスさんが、いない」
全員が茜を見た。
「家に行ったら鍵が開いてて、中に誰もいなくて、でもコーヒーが途中で??カップがひっくり返ってて、それで??」
茜の声が震えた。
「連絡も取れなくて、スマホも家に置いてあって??」
工藤は茜の前に立った。「落ち着いて。いつから連絡が取れない」
「今朝の八時には電話で話しました。その後、十時に行く約束してたんですけど、着いたら??」茜は時計を見た。
「一時間前です」
「家の中の様子は」
「コーヒーカップが倒れてて、椅子が一個ずれてて、あとは??玄関の鍵が、内側から開けたみたいな感じで」
工藤は北村を見た。北村はすでにスマートフォンを耳に当てていた。
遠藤への電話だった。
「動きました」北村は短く言った。「ロドリゲス斎藤、所在不明。遠峰の動きを確認してください」
江戸川が立ち上がった。「俺、何をすれば」
「車を出せますか」工藤が言った。
「出せます」
「ロドリゲスの家に行く。俺と江戸川で現場を見る」工藤は星野を見た。「あなたたちは」
星野は西野と古田に目配せした。三人の間で、言葉なしに何かが決まったようだった。
「昨夜の男を追います」星野は言った。「逃がした場所の近くに、車が止まっていたはずです」
「危険です」
「わかっています」星野はあっさり言った。「でも昨夜より情報がある。今夜は逃がしません」
工藤は三秒、星野を見た。
「……わかりました」
北村が電話を終えた。
「遠藤が動きます。ロドリゲスさんが移送されているなら、可児市内からまだ出ていない可能性が高い。
遠峰の旧事務所跡が二か所あります。一つは工場跡の近く、もう一つは山側」
「どちらが可能性が高い」
「工場跡の近くです。遠峰はああいう人間です??思い入れのある場所を使う」
工藤は上着を取った。「行きましょう」
全員が動いた。
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茜だけが、その場に残った。
全員が出ていったドアを見ていた。
江戸川が戻ってきた。「藤原さん、ここで待っていてもらえますか。鍵、かけなくていいので」
茜は江戸川を見た。「……私、何もできませんか」
江戸川は少し考えた。「俺の代わりに、電話番してもらえますか。
事務所の電話、もし鳴ったら出て、折り返しますって言うだけでいいです」
「それだけですか」
「それだけです。でも??」江戸川はドアを開けながら言った。「大事な仕事です」
茜は頷いた。
江戸川は走っていった。
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事務所に一人残った茜は、窓から外を見た。
工藤と江戸川の車が、走り去っていくのが見えた。
「……行ってらっしゃい」
小さく、誰にも聞こえない声で言った。
それから椅子に座り、江戸川のデスクの電話を見た。
鳴らなかった。
鳴らなかったけれど、茜はずっと電話から目を離さなかった。
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可児市郊外、夕暮れの国道を、一台の車が走っていた。
後部座席に、ロドリゲス斎藤が座っていた。
両手を拘束されていた。目隠しはされていない。窓の外を見ていた。
見慣れた景色だった。可児市内だ、まだ。
隣に男が一人。運転席にもう一人。どちらも無言だった。
ロドリゲスは深く息を吐いた。
怖くないわけではない。だが??十年間、いつかこうなるかもしれないと、どこかで思っていた。
工藤に話したことは正解だったかもしれない。
茜に、連絡できなかったことだけが??
ロドリゲスは目を閉じた。
車は走り続けた。
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*つづく*




