「廃墟と生配信と、骨」 第三話
シーン3
江戸川勉の事務所は、可児駅から徒歩八分のビルの二階にあった。
看板には「江戸川探偵事務所」と書いてある。フォントは明朝体で、自分でパソコンで作ったやつだ。
本人は「シンプルで品がある」と思っているが、訪れた客のほぼ全員が「思ったより小さいですね」と言う。
二十五歳、開業一年目。依頼の七割は浮気調査で、残り三割は迷子のペット探しだった。
その日の午後三時、ドアをノックする音がした。
「どうぞ」
入ってきたのは、若い女だった。
二十六歳くらい。髪を後ろで束ね、薄いジャケットを着ている。
顔立ちは整っているが、表情がほとんどない。両手は見えている。バッグは小さい。
江戸川は一秒でそれだけ観察し、「いらっしゃいませ」と言った。
女は名刺を出した。
*北村唯。フリーランスリサーチャー。*
「リサーチャー、ですか」江戸川は名刺を見た。「何を調べる方ですか」
「色々と」北村は椅子に座った。許可を求めなかった。「今日は依頼があって来ました」
「どんな」
「旧三菱機械工場跡で発見された遺体について、独自に調べてほしい」
江戸川は少し前のめりになった。今朝のニュースで見た話だ。
YouTubeのライブ配信中に発見されたやつ。再生数が今日だけで二十万を超えたと聞いた。
「警察が動いてますよね」
「ええ」
「なぜ探偵に」
北村は一拍おいた。「警察には動かせない理由があります」
「……どんな理由ですか」
「それは追々」
江戸川は首をかしげた。「追々って、依頼の内容を教えてもらわないと受けられないんですが」
「遺体の身元を確認してください。それだけです」
「警察が調べますよ、それは」
「警察より先に知りたいんです」
沈黙。
江戸川は名刺を裏返した。何も書いていない。
「フリーランスリサーチャーって、具体的にどういう仕事ですか」
「調べる仕事です」
「何を」
「色々と」
さっきと同じ答えだった。江戸川はペンを置いた。
「北村さん、率直に聞きますけど、これ普通の依頼じゃないですよね」
北村は答えなかった。
「依頼料はどのくらい出せますか」江戸川は続けた。探偵として最低限確認すべきことがある。
北村はバッグから封筒を出してテーブルに置いた。
江戸川は中を確認した。三秒後、顔を上げた。「……これ、前払いですか」
「着手金です。成功報酬は別途」
江戸川は封筒をもう一度見た。もう一度北村を見た。
「わかりました。受けます」
即答だった。
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事務所を出た北村は、駐車場に止めたレンタカーの中で電話をかけた。
三コールで繋がった。
「接触しました」北村は言った。「江戸川勉、使えそうです。素直で、判断が早い」
電話の向こうで、遠藤成気の低い声がした。『工藤俊一とは繋がってるのか』
「確認します。ただ??」北村は工場跡の方角を見た。
「工藤はもう動いてると思います」
『そうだろうな』遠藤は言った。『あの男が休養で終わるわけがない』
「知ってるんですか、工藤を」
『名前だけ。横浜で少し有名な探偵だ。厄介な案件ばかり引き受ける』
北村は短く答えた。「では好都合ですね」
電話を切り、北村はシートに背を預けた。
窓の外、夏の午後の光が路面に照り返している。
遺体の身元は、おそらく自分たちはもう知っている。
問題はその先だ??十年前にこの土地で何があったか。そして今も、何かが続いているかどうか。
北村はエンジンをかけた。
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同じころ、江戸川の事務所では。
江戸川勉は封筒を引き出しにしまい、スマートフォンを取り出した。
連絡先を探す。ある名前のところで指が止まる。
*工藤俊一。横浜の先輩探偵。基本めんどくさい。でも頼りになる。*
江戸川は通話ボタンを押した。
三コールで繋がった。
「工藤さん、俺です江戸川です。今どこですか」
『可児署の近く』
「え、なんで可児署に??」江戸川は止まった。「……まさかもう工場跡の件ですか」
『現場にいた』
「え」
『発見者の隣にいた』
「えーーー」
工藤は無言だった。
江戸川は天井を仰いだ。「工藤さんって、もしかして休養ってやつ、終わりましたか」
『お前に関係ない』
「いや関係あります、俺も今その件の依頼受けたんで」
今度は工藤が止まった。『……誰から』
「北村唯って人。フリーランスリサーチャーって名乗ってましたけど、なんか違う気がして」
沈黙が三秒続いた。
『今から行く』
「え、来るんですか、来てくれるんですか、嬉しいな??」
通話が切れた。
江戸川は画面を見た。
「……相変わらずだ」
それでも、少しだけ表情が緩んだ。
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*つづく*




