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「廃墟と生配信と、骨」 第一話

シーン1


 七月の可児は、蒸していた。

 工藤俊一は汗を拭いもせず、錆びた金網フェンスの破れ目をくぐった。

横浜で三ヶ月、ろくに働かず寝てばかりいた体には、雑草を踏み分けるだけで息が上がる。

情けない、と思ったが、声に出す気力もなかった。

 「工藤さん、もうちょっと前来てもらえます? 映り込んでほしいんですよ」

 鳴海美佑がスマートフォンを向けながら言った。

二十四歳。地元のYouTuberで、チャンネル登録者は三万に届かないが、可児周辺の廃墟や心霊スポットを回る動画は固定ファンがいる。

今日の企画は「旧三菱機械工場跡・完全潜入」。工藤は「探偵の知り合いがいると箔がつく」という理由で引っ張り出されていた。

 「俺は映らなくていい」

 「渋い感じの人がいると再生数が違うんですよ。お願いします」

 工藤は無言で一歩下がった。

 廃工場の内部は、時間が止まったようだった。天井の一部が崩落し、そこから差し込む光の柱の中を埃が漂っている。

床には錆びたボルトや割れたガラス片、誰かが置き去りにしたのかビニールシートが端に丸まっていた。

コンクリートの壁には落書きが重なり合い、一番新しいものでも十年は経っているだろう。

 美佑はスマホを持ちながら工場の奥へ進み、実況を続けていた。

 「??というわけで今、メインの工場棟に入りました。

サブスクしてくださってる方々、リアルタイムありがとうございます。

今日これ、なんとライブ配信でお届けしてます」


 工藤は初めてそれを聞いた。

 「……今、生配信してるのか」

 「そうですよ。告知してたじゃないですか」

 「聞いてない」

 「言いましたよ」

 言っていない、と工藤は確信したが、今さらだった。

---

 奥の区画、かつて機械が並んでいたと思しきフロアに差し掛かったとき、美佑の足が止まった。

 「あれ」

 工藤も見た。

 床の端、半分崩れた壁の根元。ビニールシートではなかった。

 工藤は美佑の前に出た。近づく。膝をつく。土と埃と、長い時間のにおいがした。

シートの端からのぞいているのは??白く、細く、紛れようのないもの。

 「……」

 美佑の声が止まった。スマートフォンだけが、無言のまま、工藤の横顔と、床の上のそれを、ライブで映し続けていた。

---

 同じ時刻、可児市内の自室でパソコン画面を見ていた視聴者の一人が、コメント欄に打ち込んだ。

 *え、これ本物では*


 それが千件を超えるコメントの最初の一件だった。

---

シーン2(冒頭)


 山本彩織が現場に着いたのは、通報から二十二分後だった。

 黄色いテープが風に揺れている。パトカーが二台、鑑識の車が一台。平圭がテープの内側で記録を取っていた。

 「状況は」山本は歩きながら言った。

 「白骨化した遺体一体。成人男性と思われます。死後数年以上と鑑識の初見。それと??」平は手帳から目を上げた。

「発見時、YouTubeのライブ配信中だったそうです。

現在、アーカイブの再生回数が十一万を超えています」

 山本は一秒、止まった。「……十一万」

 「増えてます」

 「わかった」

 テープをくぐりながら山本は工場棟を見上げた。

夏の空を背景に、廃墟の骨格が黒く浮かんでいる。

 その入口脇に、三十二歳くらいの男が腕を組んで壁にもたれていた。目が合った。

 男は動かなかった。

 山本は足を止めた。「……あなたが発見者ですか」

 「同行者です」男は言った。「発見者は彼女の方」

 「お名前を」

 「工藤。工藤俊一」

 「お仕事は」

 一瞬の間があった。

 「……横浜から来た観光客です」

 山本は男の目を見た。男も山本の目を見た。

 嘘だ、と山本は思った。

 工藤も、バレた、と思った。

 沈黙の中、遠くで平が「山本さーん、雨月さん来ました」と声を上げた。

---

 雨月雅之が車から降りてきたのを見て、工藤は小さく息を吐いた。

 若い。二十八歳、たしかそのはずだ。

背が高く、スーツが妙に様になっている。可児署の警部補。

そして??工藤が横浜で仕事をしていたころ、一度だけ、ある件で名前だけ聞いた男だった。

 向こうは知らないはずだ。

 雨月は現場を一瞥し、それから工藤を見た。

 「あなたが同行者の方ですか」

 「そうです」

 「職業を教えてもらえますか」

 「観光客です」

 雨月は三秒、工藤を見た。

 「横浜からわざわざ可児に。何を観光していたんですか」

 「廃墟です」

 「廃墟巡りが趣味で」

 「ええ」

 「なるほど」

 雨月はメモを取りながら、ほとんど表情を変えずに言った。

 「では工藤さん、廃墟巡りの観光客の方が、遺体発見現場でこんなに落ち着いているのはなぜでしょうか」

 工藤は答えなかった。

 雨月も待たなかった。

 「後ほど、署でゆっくり話しましょう」

---

 工場棟の入口から三十メートル離れた草むらの中で、黒猫が一匹、あくびをした。

 前足の下に、何か光るものを踏んでいたが、猫はそれに興味を示さなかった。

---

*つづく*


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