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ウィザード

第十一話 視点:北村 唯


---


 私がこの街に来たのは、仕事のためだ。


 NSAのエージェントとして、国内の人身売買ネットワークの追跡を担当している。表向きは「民間のITコンサルタント」として動いている。二十六歳、女、一人暮らし。近所のコンビニの店員は私を「静かな人」と思っているはずだ。


 静かな人で合っている。


 喋るより、叩く方が得意だ。キーボードを。


---


 可児市に来て三週間になる。


 最初のきっかけは、組織のサーバーへの侵入痕跡だった。国内の某所から、定期的に東南アジアのサーバーにアクセスしている形跡があった。暗号化されていたが、パターンがあった。パターンは必ず解ける。時間の問題だ。


 アクセス元を追ったら、可児市に行き着いた。


 それだけだった。それだけで充分だった。


 現地に来て、さらに調べた。廃工場。農業資材の倉庫。定期的に出入りするトラック。ナンバーを追うと、登録住所が存在しない会社に当たった。


 そこまで調べたところで、運動公園の爆発が起きた。


---


 爆発の映像を見たとき、私はすぐに動いた。


 映像に映った人影の歩き方を解析した。三十分で、ラルゴという人間の存在に行き着いた。裏組織の元始末屋。三年前に死亡と記録されているが、記録を作った人間が誰かを調べたら、組織側の人間だった。


 つまり偽装だ。


 ラルゴは生きていて、組織を内部から崩そうとしている。


 私はその判断を、本部に報告しなかった。


 理由は単純だ。報告すれば、本部が動く。本部が動けば、ラルゴは使い捨てにされる。情報だけ吸い上げて、後は知らない??NSAはそういう組織だ。私はそれを、二十六年生きて充分に知っている。


 だから動かなかった。


 代わりに、自分で動いた。


---


 雨月雅之という警部補の存在を把握したのは、四日前だった。


 可児署のネットワークに、私はとっくに入っていた。入っていたというより、覗いていた。違法だが、必要なことだった。


 雨月の動きは面白かった。三枝の介入に疑念を持ちながら、でも独自に動いている。手続きを重んじる男が、手続きの外縁を歩いている。


 この男は使えると思った。


 使える、というのは悪い意味ではない。信頼できる、という意味だ。


 山本彩織経由で接触することも考えた。でも山本は真っ直ぐすぎる。平圭は若すぎる。


 雨月に直接、行くことにした。


---


 可児署の近くのコーヒーショップで、雨月を待った。


 雨月は定時より三十分遅れて出てきた。疲れた顔だった。でも目は醒めていた。


 私は立ち上がって、声をかけた。


「雨月さん」


 雨月が私を見た。知らない顔だ、という顔をした。


「どちら様ですか」


「北村唯です。ITコンサルタントをしています」


「……はあ」


「少しお時間いただけますか。根古親司さんの件で」


 雨月の目が変わった。警戒と、興味が同時に出た。


「根古さんを知っているんですか」


「知っています。ただし、ご本人とはまだ会っていません」


 雨月はしばらく私を見た。値踏みしていた。私は視線を外さなかった。


「……座りましょう」


 雨月が言った。


---


 三十分話した。


 私は必要なことだけ話した。NSAのエージェントであること。組織のサーバーを追っていること。ラルゴの存在を把握していること。


 雨月は途中で何度か手帳を出そうとして、やめた。記録を取るべきか迷っていた。


「記録は取らなくていいです」私は言った。「今夜、根古さんたちに会ってください。私も行きます」


「……なぜあなたが根古さんのところに?」


「作戦に穴があるからです」


 雨月が眉を動かした。


「穴?」


「施設のネットワークを切らないと、動きがあった瞬間に上に報告が飛びます。物理的に乗り込む前に、デジタルの入口を塞ぐ人間が要ります」


「それが、あなたですか」


「私以外に、今この街でできる人間はいません」


 雨月は少し間を置いた。


「……謙遜はしないんですね」


「必要ないので」


---


 ラクカに着いたのは夜九時だった。


 雨月が先に入って、根古に私を紹介した。


 根古は私を一度だけ見た。何かを確認するような目だった。それから太田に「コーヒーもう一杯」と言った。私の分だった。


「北村唯です」


「聞いた」根古が言った。「NSAのエージェント」


「はい」


「なぜ本部に報告しない」


 直球だった。私は少し、根古という男を見直した。


「ラルゴが使い捨てにされるからです」


「それだけか」


「……それだけではありません」


「言えるか」


 私は少し考えた。


「奈々子さんのような子供が、報告書の数字になるのが嫌いです」


 根古は何も言わなかった。コーヒーを飲んだ。


 それが答えだと、私は受け取った。


---


 作戦の穴を埋めるために、私がやることは三つだった。


 ひとつ、施設のネットワークを作戦開始と同時に遮断する。外部への通報を物理的に不可能にする。


 ふたつ、記録媒体の中身を解析して、公開に耐える形に整理する。暗号化されていても、時間をかければ解ける。


 みっつ、YouTube公開のルートを技術面で支援する。鳴海と安藤・江戸川のチャンネルから同時配信する形を作る。一つのルートが潰されても、別が生きている状態にする。


 根古が聞いた。


「ネットワークの遮断、確実にできるか」


「できます」


「施設側が気づかない形で?」


「気づかせません。気づいたときには、もう遅い状態にします」


「時間はかかるか」


「準備に六時間。実行は三十秒です」


 ラルゴが初めて口を開いた。


「三十秒、ですか」


「長いですか」


「いえ」ラルゴが言った。「充分です」


 二人の目が合った。同じ種類の静けさを持つ人間同士の、確認だった。


---


 深夜、ラクカを出た後、澪が追いかけてきた。


「北村さん」


 振り返ると、澪が小走りで来た。


「私、連絡係なんですけど」


「知っています」


「北村さんが入ってくれたら、すごく助かります」


 私は澪を見た。二十一歳。学生。でも目が真剣だった。怖がっているのに、それでも真っ直ぐ立っている。


「助かるというのは」


「全員がバラバラに動いたとき、私一人じゃ追いきれないかもしれないので。技術面で支えてもらえたら」


 私は少し考えた。


「わかりました。端末を一台用意します。全員の位置情報をリアルタイムで把握できるようにします」


 澪の顔がほっとした。


「ありがとうございます」


「お礼は後で」


「後で、ですか」


「作戦が終わったら、でいいです」


 澪は少し笑った。


 私は笑わなかった。でも、悪くないと思った。


 こういう人間たちと動くのは、初めてだった。


 NSAで動くときは、いつも一人か、知らない人間と組むかだった。


 ここには、名前と顔と動機を知っている人間がいる。


 それが、少しだけ、心強かった。


 心強いと感じたことを、私は少し意外に思った。


---


 自分の部屋に戻って、キーボードを叩き始めた。


 施設のネットワーク構造を洗い出す作業だ。六時間で終わらせる。終わらせてみせる。


 画面の光だけが部屋を照らしていた。


 外は静かだった。


 でも、もうすぐ動く。


 全部が、もうすぐ動く。


---


*── 第十一話 了 ──*



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