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9年差の同じ別れ  作者: マック アダソン
第2章:彼女(成人期/対面/上京後) —2017年-2025年1月18日
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② 会話が続く(名前を覚えられる)

最初に行ったときと同じ売り場に、もう一度行った。前と同じ場所に立つと、すぐに気づかれた。

「この前の色、どうでしたか」

そう言われて、少しだけ驚いた。何人もいる客の中で、覚えられているとは思っていなかった。

うまく答えられなかったが、それでも会話は途切れなかった。前に選んだ色の話から、少しだけ別の色を試してみることになり、そのまま椅子に座る。鏡の前で、少しずつ色を変えながら見ていく。その時間は、商品を選ぶためだけのものではなかった。

何気ない会話の中で、少しずつ話が広がっていく。大学のこと、生活のこと、来たばかりの街のこと。話すつもりはなかったことまで、気づくと口にしていた。

彼女は、それをそのまま聞いていた。途中で話を切ることも、無理にまとめることもなかった。

次に行ったときも、同じだった。忙しい時間帯で、他の客の対応をしていることもあった。それでも少し待っていると、手が空いたところでこちらに来た。

「少しだけで大丈夫ですか」と言われて、そのまままた椅子に座る。その“少しだけ”が、思っていたより長くなることもあった。

毎回、何かを買うわけではなかった。それでも、行くと必ず時間を取ってくれた。口紅の話から始まって、別の商品を試すこともあったが、話の中心はそこにはなかった。

気づけば、自分の話をしていた。孤独だと思っていることも、うまく言葉にできない違和感も、そのまま置いていくように話していた。

彼女は、それを否定しなかった。正しいことも言わなかった。ただ、外さなかった。

何度か通ううちに、名前を呼ばれるようになった。こちらも、彼女の名前を覚えた。売り場で呼ばれる名前は、客としてのもののはずなのに、それだけではない響きになっていた。

あるとき、スマートフォンの画面を見せた。小説の中で使うために描いたイラストだった。見せるつもりはなかったが、話の流れでそのまま差し出していた。

彼女は、それをそのまま見ていた。評価をするわけでもなく、ただ流すわけでもなく、時間をかけて見ていた。そのあとで、少しだけ言葉を返した。それで十分だった。

大学の課題も、同じように見せるようになった。制作途中のものや、完成したものを持っていくと、その場で広げて見てもらった。売り場の一角で、本来は並ぶはずのないものが並ぶこともあった。それでも、違和感はなかった。

成人式の前には、その話をした。何を着るのか、どうするのか、決まっていないことも含めて話した。そのあとに行くと、「おめでとう」と言われた。

卒業のときも、同じだった。就職が決まったときも、そのまま伝えた。そのたびに、言葉が返ってきた。

売り場に置かれていた資生堂のカタログの中に、小さなメッセージカードが挟まっていたこともあった。帰ってから開くと、短い言葉が書かれていた。長い文章ではなかったが、そのまま残る形のものだった。

祖父が亡くなったとき、その話もした。どう言えばいいのか分からないまま伝えると、少し間を置いてから、「ご冥福をお祈りします」とだけ言われた。それ以上のことは言わなかった。けれど、それで足りていた。

気づくと、通う間隔が決まっていた。曜日も、時間も、なんとなく同じになっていく。特別な約束をしたわけではないのに、その時間に行けば会えると思っていた。

売り場に行く理由は、最初の頃とは変わっていた。化粧品を選ぶためだけではなかった。そこに行けば、少しだけ整う。そういう場所になっていた。

その関係は、彼とのやり取りよりも長く、八年続いていた。

彼女のことも、家で詳しく話すことはほとんどなかった。けれど、彼のときのように隠していたわけではなかった。手紙をしまい込んだり、見つからないように郵便局へ行ったりする必要はなかった。

あるとき、親に彼女のことを話したことがある。

「誰それ?」

そう聞かれて、私は少しだけ考えてから答えた。

「八年くらいお世話になっている美容部員さん」

それだけで、話は終わった。親はそれ以上、深く聞かなかった。怪しまれることも、止められることもなかった。彼のときとは、まったく違っていた。

同じように詳しく説明していないはずなのに、親の受け取り方だけが変わっていた。

彼との文通の頃、私はまだ中高生だった。顔も見えない相手と手紙をやり取りし、国家や拉致、麻薬戦争のような話を書いていた。親や先生に見せることはなく、郵便局へ行く時間さえ、どこか隠れるような感覚があった。

あの頃の私は、親の世界の外へ出ようとしていたのだと思う。

学校や家の中だけでは足りなかった。社会とは何か、大人とは何か、なぜ争いが起きるのか。そういうことを、小説を書きながら考えていた。けれど、それを親に説明しても理解されない気がしていた。理解されたい気持ちと、踏み込まれたくない気持ちが、同じ場所にあった。

だから文通は、隠して守るものになっていた。

彼との関係は、私の中では精神世界そのものに近かった。親に触れられること自体が、その世界へ入られるような感覚だった。

けれど彼女との関係は、最初から少し違っていた。

百貨店へ行き、化粧品を選び、売り場で話をする。そこには接客という形があり、商品があり、生活があった。詳しく説明していなくても、親の世界から完全に切り離されたものではなかった。

それに、私自身も変わっていた。

彼の頃は、自分が何者なのかを作っている途中だった。だから関係そのものも、自分を作るためのものになっていた。

けれど彼女の頃には、すでに出来上がっていた生活があり、その生活を支える場所として、あの売り場が存在していた。

彼との文通は、親や先生の世界から隠すように続いていた。けれど彼女との関係は、隠していないのに、詳しく説明する必要もないまま、生活の中に置かれていた。

その違いが、九年という時間の差なのか、私が大人になったからなのか、相手が百貨店の美容部員だったからなのかは分からない。ただ、彼女との関係は、誰かに見つからないように守るものではなく、買い物の帰り道や化粧品の袋の中に、そのまま入れて持ち帰れるものになっていた。

書いて、出して、返されることで前に進んでいた時間とは違って、ここでは、何も進めなくても、そのままでいられる時間が続いていた。

帰り道、何かが増えたわけではないのに、手の中に余白だけが残っていた。

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