① 出会い(口紅を探す)
上京したのは、大学進学と共に二〇一七年だった。
慣れない街の中で、目的もなく歩くことはなかった。どこへ行くにも、理由をつけて動いていた。その日も、ただ一つの目的だけを決めていた。口紅を買うこと。
その頃の私は、何かが終わったままの状態で止まっていた。言葉にすることはできなかったが、前に進んでいる感覚もなかった。
百貨店の中に入ると、明るい照明と整えられた売り場の空気に少しだけ足が止まる。化粧品売り場は、きれいに並べられた色と、整った接客の中で動いていた。
マキアージュの売り場を探して、その前で立ち止まる。
何色を選べばいいのか分からなかった。欲しいものがあって来たはずなのに、目の前に並んでいる色の中から一つを決めることができなかった。
そのとき、声をかけられた。
振り向くと、彼女がいた。
決まった言葉で始まるはずの接客だった。どの色を探しているのか、どんな仕上がりがいいのか、そういうやり取りで終わるはずの場所だった。
けれど、少し違っていた。
何を探しているのかを聞かれても、うまく答えられなかった。色の名前も、似合うかどうかも、自分では分からなかった。
それでも彼女は、無理に選ばせるようなことはしなかった。いくつかの色を並べて見せながら、言葉を重ねていく。その言い方は、商品を説明するためのものというより、こちらの反応を見ながら少しずつ距離を測っているようだった。
気がつくと、口紅の話だけをしていたわけではなかった。
どうしてそれを探しているのか。どんなときに使うのか。そういう話の流れの中で、少しずつ自分のことを話していた。
話すつもりはなかった。けれど、途中で止める理由もなかった。
彼女は、最後まで聞いていた。
踏み込むような言い方はしなかった。けれど、外さなかった。
選んでもらった色を手に持ちながら、そのまま帰るつもりでいたのに、足が動かなかった。
この人なら、と思った。
化粧品のことだけではなく、自分の話も聞いてくれるのではないか、と。
それは確信ではなかった。ただ、そう思ってもいいような感覚が残っていた。
本来、ここで終わるはずのやり取りだった。商品を選んで、会計をして、店を出る。それで完結する関係だった。
けれど、その日を境に、同じ売り場に足を運ぶようになった。
理由は、口紅だけではなかった。




