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9年差の同じ別れ  作者: マック アダソン
第1章:彼(思春期/非対面/上京前) —2013年10月-2016年3月31日
6/16

④ 返事が来る(評価・言葉)

彼からの返事は、いつも一週間から二週間ほどで届いていた。

しかし、高校に入ってから初めて原稿を送ったときだけは、少し違っていた。返事は、なかなか届かなかった。

中学を卒業した私は、もうその手紙の配布対象ではなかった。それでも原稿は送っていた。途中で終われないまま、続きを書いて、封筒に入れて、また送っていた。

一ヶ月ほど経った頃、ようやく返事が届いた。

封筒を見た瞬間、手が止まる。終わっていなかったのだと思った。

家で封を開け、便箋を広げると、最初に目に入ったのは作品を読んだ感想だった。面白かったこと、世界観が広がっていること、登場人物や設定に触れた言葉が並んでいた。

けれど、読み進めていくうちに、それがただの感想ではないことが分かっていく。彼は、私の小説を読んで終わりにしていなかった。登場人物をどう動かすか、どこを広げると話が進むか、設定をどう整理すると読みやすくなるか、そうしたことが手紙の中に順番に書かれていた。

「設定がきちんと決まっていれば、ストーリーも作りやすくなります」

その一文で、目が止まった。

否定されたわけではなかった。けれど、今のままでは足りないと言われていることは分かった。読まれているというより、見抜かれているような感覚だった。

その手紙は、中学生や高校生に向けたやさしい励ましだけの文章ではなかった。作品の良いところを拾いながら、その先に何が足りないのかまで見ていた。どこを広げれば物語として動くのか、どこを決めれば読者がついてこられるのか、そういうことが当たり前のように書かれていた。

手紙を読んでいると、年齢に合わせて簡単にされている感じはなかった。女子高生だからというより、一人の書き手として扱われているようだった。

手紙の中には、麻薬戦争や拉致といった重い内容についても触れられていた。彼はその題材を軽く扱ってはいなかった。物語として面白いかどうかだけではなく、その背景に何があるのか、読者がどう受け取るのかまで見ていた。

私は便箋を机に置き、パソコンの画面を開く。ワードの文章の横に彼の手紙を置くと、さっきまで完成したつもりでいた文章が、少し違って見えた。登場人物の動き、国の名前、事件の理由、次の展開。画面の中にあるものを見ながら、手紙の言葉をもう一度読み返す。

返事は、終わりの合図ではなかった。むしろ、次に何を書くかを渡されているようだった。

褒められている部分もあったが、それだけでは終わらなかった。良かったところのあとには、次に広げられる場所が書かれていて、直した方がいいところも責めるようには書かれていなかった。ただ、そこを考えないと先に進めないように置かれていた。

最初の頃の手紙はまだ感想に近いところがあったが、高校に入ってからの返事は少しずつ変わっていた。作品の印象を伝えるだけではなく、設定、展開、読者の見え方まで踏み込んでくるようになっていた。

感想から講評へ、講評から次の課題へと、手紙の中で扱われるものの高さが少しずつ上がっていくのが分かった。

一通で終わるやり取りではなく、前に出したものを前提にして、次に進むための内容が返ってくる。返事を読むと、そのままでは終われず、続きを書くことが前提になっていた。

やり取りは、ただの文通というよりも、どこかで続いている講評のような形に変わっていった。提出して、返ってきて、また出す。その流れは、後から考えると通信教育やゼミのようなものに近かったのかもしれない。

彼の手紙は答えをくれるものではなく、答えの代わりに考える場所を示してくるものだった。

私はその手紙を読み終えると、すぐに次のファイルを開いた。どこを直すか、どこを広げるか、次は誰を動かすか。手紙の内容を横に置いたまま、画面の中の文章に手を入れていく。

感想をもらったというより、次の課題を受け取ったような感覚だった。それは一度きりのものではなく、前に出した内容をもとに次に何を書くかが決まっていくような流れになっていた。自分で考えて書いているはずなのに、どこかで順番が決められているような感覚もあった。

当時の私はそれをはっきり言葉にできてはいなかったが、ただの文通というよりも、企画課題を進めているような感覚に近かったのだと思う。

部活や勉強と並べるように続けていたはずなのに、そのやり取りだけは、少し違う重さを持っていた。

それでも不思議と嫌ではなかった。むしろ、また書かなければと思った。

彼は作品だけを見ていたわけではなかった。手紙の中には勉強や部活、学校生活についての言葉もあり、忙しい中で続けていることを見てくれていて、無理をしすぎないようにという気遣いもあった。

作品のことを書きながら、私の生活も見ている。だから厳しくても読み続けられたのだと思う。

その手紙は女子高生に向けた簡単な感想ではなかったが、難しい言葉で突き放すものでもなかった。私が出したものに合わせて、同じ高さまで降りるのではなく、少し上の場所を示してくるような返事だった。

今振り返ると大学のゼミや小説教室の講評に近いものだったのかもしれない。けれど当時の私はそんな言葉では考えていなかった。ただ、彼から返ってきた手紙を読むたびに、次に何をすればいいのかが増えていった。

読んだあと、そのままでは次が書けない。

でも、読まなければ次にも進めない。

だから私は、また書いた。

出して、返ってきて、また書く。その繰り返しの中で、文通はただのやり取りではなくなっていった。最初に配られた公的な手紙の形から、少しずつ離れていく。

終わるタイミングが、一度も来なかったのだと思う。

その頃の私にとって、彼はただ手紙を返してくれる人ではなかった。親でも先生でもない場所から、私の書いたものを読んで、次に進むための言葉を返してくれる人だった。

顔を合わせたことは一度もない。それでも、手紙が届くたびに、自分の中で止まっていたものが少し動くような気がしていた。

学校でも家でも出せないままになっていたものを、小説と手紙の中にだけは置くことができた。誰にも見せていない世界を、そのまま読んで返してくれる人がいる。そのことだけで、次を書き続ける理由になっていた。

当時の私にとって、そのやり取りはただの文通ではなかった。親や先生の世界から少し離れた場所に、自分だけの居場所を作るためのものだったのかもしれない。

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