③ 小説を書く(提出する)
机ではなく、パソコンの前に座っていた。
電源を入れて、画面が立ち上がるのを待ち、そのままワードを開く。前に書いていたファイルを開くと、途中で止まっている文章がそのまま残っていた。
これまで書いていた小説は、同じ世界観の中にあっても、一冊ごとに区切られていた。一巻で始まって、その巻の中で終わる形だった。ファイルも一つずつで閉じていて、続きは別のタイトルとして保存していた。
その頃から、書いている内容は軽いものではなかった。拉致や麻薬戦争のような言葉が画面の中に並び、登場人物たちは学校や日常の中ではなく、事件や組織や国の動きの中に置かれていた。
どうしてそんなものを書いていたのか、そのときは自分でもうまく説明できなかった。ただ、普通の学校生活を書くだけでは足りなかった。もっと大きなものを見ないといけない気がしていた。
なぜ戦争が起きるのか。なぜ人は裏切るのか。なぜ社会は公平ではないのか。そういうことを考え始めると、教室の中だけでは世界が小さすぎるように感じることがあった。
親や先生に話しても、理解されないと思っていた。だから小説の中に書いた。説明できないものを、そのまま場面や組織や国家へ置き換えていた
今振り返ると、その重さが、後に何巻も続くスパイものの形につながっていったのだと思う。
その書き方が変わり始めたのは、手紙のやり取りが続いてからだった。
書き終わったところで保存して閉じるのではなく、そのまま次の場面を書き足す。ファイルの最後に改行を入れて、新しい段落を作り、続きを置いていく。一つで終わっていたものが、そのまま次へつながる形に変わっていった。
画面の横には、別のメモを開く。次に書く内容の予定を書き出し、どの順番で進めるかを並べる。手紙で返ってきた内容を見ながら、修正する箇所と、次に書く場面を分けていく。
さらに、別のウィンドウでニュースの記事を開く。気になった言葉をコピーしてメモに貼り付け、そのまま資料として残していく。書く前に、いくつかの画面を並べるようになっていた。
当時書いていたのは、後に何巻も続くことになるスパイものの小説だった。
最初から、今ある形で決まっていたわけではない。当時の私の中ではその時点で完成しているつもりだったが、現在の設定と比べると、まだ内容は薄く、場所も関係も、書きながら少しずつ足していくような状態だった。それでも、そのときの私にとっては、それが出せる形だった。
文章の途中で手が止まると、別のメモを開いて、先にその部分を書き出す。人物の名前の横に別の名前を並べ、関係を矢印でつなぐ。場面の外にあるものを書かないと、先に進めなくなっていた。
どこで起きているのか、その国はどういう状況なのか、その選択の先に何があるのか。画面を切り替えながら、資料と文章を行き来する。
ニュースで見た言葉をそのまま使うこともあった。麻薬戦争、拉致、日本政府の動き。書いている内容は、学校で扱うものとは少し離れていた。
そのまま文章を整えて、印刷して封筒に入れる。紙の束を揃えて折り、封をして名前を書いて、手紙と一緒に送る。当時の自分では完成したつもりでも、今見ればまだ薄い設定のまま、彼に提出していた。
次に返ってくる手紙を前提にして、続きを書いていた。返ってきた内容を横に置いて、次のファイルを開く。前に書いた文章の上から手を入れ直し、別の展開に書き換えていく。
書いて、送って、返ってきたものをもとに、また書く。その繰り返しの中で、一冊で終わっていた形は少しずつ消えていった。続くことを前提にした形に、置き換わっていく。
書いている内容も、自然と変わっていった。恋愛や学校の出来事ではなく、善悪がはっきりしない場面や、どちらを選んでも何かが失われるような選択を書いていることが増えていく。裏切りや、犠牲が前提になる場面もあった。
その内容を見て、親や先生は心配していた。画面に並んでいる言葉を見て、何をしているのか分からないまま、距離を置かれるような空気があった。
もともと、手紙のことは見せていなかった。最初のきっかけになった手紙も、その後に届いた手紙も、そのまま自分の中にしまっていた。説明することができず、そのままにしているうちに、聞かれること自体が減っていく。
その状態で、書いている内容だけが先に見られるようになった。画面に残っている言葉だけが見える中で、心配されているのが分かった。
それでも、途中で止めることはなかった。手紙の内容をもとに、次に書く内容を組み立てていく。スケジュールのように順番を並べて、どこまで書くかを決めてから、本文に戻る。
一つの作品を書いているというよりも、次に出すものを前提にして準備しているような感覚だった。
そのまま書いて、また送った。




