プロローグ
この話を始める前に、少しだけ説明しておく必要がある。
私(横山葉月)は生まれつきADHDとASDの発達障害がある。
振り返ろうとすると、出来事そのものよりも先に、その時いた場所や空気が浮かぶ。建物の色や、その場で立っていた位置が先に出てくる。
そして実際にその場所に近づこうとすると、足が止まる。通り慣れていたはずの道や百貨店の一角で、通路の手前に立ったまま、その先に視線を向けた瞬間に、引き戻されるような感覚が起きる。
そのため今でも、それらの場所は見ないようにしている。
これから語るのは、これまでの人生の中で特に存在が大きかった二人についての記録だ。どちらも実際にあった出来事である。
一人は上京する前に出会い、もう一人は上京したあとに出会った。関係の長さはそれぞれ三年と八年。時代も平成と令和で分かれている。思春期と成人期、それぞれの時期に男女一人ずつ、気づけば時期をずらして一人ずつ、強く関わる相手がいた。
制服で過ごしていた時間と、大学に通っていた頃から再就職するまでの時間では、同じ「通う」という行動でも、まったく違う重さがあった。
二人はまったく違う業界にいた。一人は公務に関わる仕事、もう一人は百貨店の化粧品売り場。ただ、どちらも共通して「〜員」と呼ばれる、人に寄り添う専門職だった。目の前の相手と向き合い、その人の話を聞くことが仕事の一部になっている人たちだった。
本来なら、その関係はそこで終わるはずのものだった。それでも、どちらの関係も少しずつ続いていった。一人とは文通という形で非対面のやり取りが続き、ポストに手紙を入れるたびに、次の返事を待つ時間が生まれた。もう一人とは対面で、同じ場所での会話が積み重なり、カウンターの前に立つこと自体が当たり前になっていった。関わり方はまったく違っていたが、どちらも気づいたときには日常の一部になっていた。
どちらの相手も始まり方が少し変わっていた。一人との出会いは学校で配られた手紙がきっかけで、それを手に取ったところから始まった。もう一人との出会いは百貨店で口紅を探していたとき、売り場で声をかけた瞬間から続いていった。どちらも本来ならその場で終わるはずの接点だったが、そこから関係は続いていった。時間をかけて、ゆっくりと。
そして二人とも、私の新しい場所が決まっていく前に、まったく同じ「転勤」という形でいなくなった。九年の間をあけて、同じ理由で関係が終わった。
このフラッシュバックには、発達障害の影響もあるのではないかと感じている。理由を考えることはあるが、すべてを言葉で説明することはできない。ただ、出会い方、続き方、そして別れ方までが似ていることだけは、はっきりと残っている。
どちらの関係も、本来の当時の職務の範囲を少し越えて続いていた。そのことに気づいたのは、関係が終わったあとだった。
言葉にすると、一人は教える側に立っていた人、もう一人は寄り添う側に立っていた人。それぞれをタロットで例えるなら、法王と女帝である。そう考えると、少しだけ納得できる気がする。
この話では、その二人と過ごした時間と、同じ形で終わった出来事について書いていく。思い出せる順に、順番に辿っていく。




