①二〇一六年(彼の転勤)
二〇一六年二月、高校三年になる直前に届いた手紙の中に、その一文があった。転勤だった。葉月さんに手紙を書けるのも三月までです、と書かれていた。
そこだけがはっきりと読めた。他の文章も目では追っているのに、意味として入ってこなかった。読み進めても同じ場所に戻り、もう一度最初から読み直しても、やはり同じ一文で止まる。
三月まで、という言葉だけが残った。
三年間、当たり前のように続いていたやり取りだった。返事を書いて、待って、届いて、また書く。その流れが、そこで終わると書かれていた。理解する前に、終わるという事実だけが先に置かれていた。
泣いていたと思う。手紙を持ったまま、その場から動けなかった。受け入れるという形にはならず、ただ、終わることだけが現実として残っていた。
そのとき、彼の書いた文字の向こうに、場所が浮かんだ。
ベージュの茶色に近い色の六階建オフィスビルだった。正面はミラーガラスで、空の色をそのまま映している。左端には御影石の看板があり、銀色の書体で〇〇合同庁舎と刻まれていた。その横に階段と屋根のある入口があり、さらに隣にはステンレスの案内板と掲示板が並んでいる。
建物の周りには草垣があり、それを囲うようにコの字型のスロープが続き、その隣ににL字型の駐車場が広がっていた。
両側には裁判所と、もう一つの役所の建物があり、大通り挟んで向かい側には廃校になった校舎を転用した庁舎がある。そこから少し歩くと桜並木が続き、その先に城が見える。
その並びを、順番に辿るように思い出していた。手紙に書かれている内容よりも先に、その場所が浮かんでいた。彼がそこからいなくなるということは、その場所ごと切り離されるということだった。
転勤のあと、その一帯に近づくことができなくなった。ベージュに近い色の建物を見るだけで足が止まり、裁判所や別の庁舎にも同じように視線を逸らすようになる。桜並木も城も、その周りの街並みも、すべてが同じ場所に繋がっていた。
城だけを切り離して見ることはできなかった。行こうとすれば、必ずあの道を通ることになる。そこしか道がなく、その道を進めば、必ずあの建物の前を通る。
ミラーガラスに空が映り、その横に御影石の看板があり、銀色の文字が目に入る。その瞬間に、視界だけではなく時間ごと引き戻される。
だから、行けなかった。
写真でも同じだったし、映像でも同じだった。城が映ると、その背後にあの建物が重なり、街並みを背景にした景色でも、同じようにそこに繋がっていく。
見ようとしなくても、重なってくる。
九年経った今でも、それは変わらない。不意にその景色に触れると、先に浮かぶのは城ではなく、あのベージュの建物だった。景色の順番がそこで止まり、その先に進めなくなる。
それが、終わった場所だった。
どうしてここまで広がってしまったのかは、うまく言葉にできなかった。ただ一つの出来事のはずなのに、場所も景色も、その周りにあったものすべてに繋がっていく。
止めようとしても止まらなかった。




