薪九本目
「草太!」
家のドアを開けると同時に、夕方で仕事が終わっているはずの友人の名を呼んだ。しかし返事はなく、中も電気が付いておらず暗かった。
「くそっ」
幽井は上着を脱ぎ、リビングのソファに投げつけた。企画で呼ぶアマチュアはもちろん草太だ。早く、早く帰ってこい。
スマートフォンが振動した。ポケットから出して確認すると、彼からの着信だった。緑色のボタンをタップし、電話に出る。
「もしもし草太、いつ帰って、」
「ごめんセンセイ! 今日はご飯作れないや! ちょっと飲み会に出なきゃいけなくなっちゃって」
草太が申し訳なさそうに言った。彼の声の後ろで、がやがやと人の煩わしい声が聞こえた。
「わかった。コンビニで買っとくよ。いつくらいに帰ってこられる?」
「うーんどうだろう。明日もバイトあるし、そこまで遅くまではいないよ」
「……わかった」
じゃあ、また、と草太の声が途切れた。ぷつりと鼓膜を揺さぶったあと、スマートフォンが元のホーム画面に戻る。はやる気持ちを抑え込み、幽井は深呼吸をした。
点けることすら忘れていた照明のスイッチを押す。仕事の疲れがどっと押し寄せてきた。キッチンの奥へ行き、カップ麺の山から一つ手に取る。蓋を開けたあと電気ケトルに水を入れ、電源を入れた。コポコポと水温の上がっていく音だけが部屋に響いた。次第にその音は大きくなり、沸騰していく。
彼の腹も同時にその温度が増していった。何が「脚本界の太陽」だ。調子に乗りやがって。囲いも馬鹿だ。彼女を好きな自分が好きなのだ。「作品の価値、わかってます」とでも気取りたいのだろう。馬鹿だ、馬鹿だ! どいつもこいつもアカリ、アカリと!
先輩であるこの俺を舐めるな。この「幽井至」がどれほどの脚本家か、彼女に思い知ってもらう。そのために幽井は、企画への参加を決意した。もちろん、連れていくアマチュアは佐藤草太。幽井は彼の実力を信じている。
しかしここでは、彼は幽井が燭に攻撃するための駒でしかなかった。操り人形のように、幽井の知名度と実力という名の糸で。その魂胆がばれないように、幽井の存在を知らしめる。
悪い条件なんて一つもない。きっと草太は快諾するだろう。
胃の中からクツクツと何かが込み上げてきた。先程のような、熱を持った怒りの感情ではない。笑いだ。
幽井はリビングのソファに全体重を預けて腰を落とした。まるで王のように座る。そして笑った。
「はははは!」
これからのことを思うと、笑いが止まらなかった。プレゼントを前にする子どものように心が躍った。
――今に見ていろよ、燭朱里。




