薪六本目
自室でパソコンのキーボードを、幽井は黙々と打っていた。仕事は絶えずにやってくる。それが幽井の人気の証拠なのだが、彼はそれでも燭への執念が止まなかった。自分にないものを持っている人間ほど、羨ましく妬ましくなる。幽井も例外ではない。
草太は七時頃に出ていき、今は居酒屋でバイト中だ。このアルバイトに加えて、もう一つ掛け持ちをしたいらしい。幽井が身体を心配しても、「就職してない分、若いうちにたくさん稼ぎたいから」と言って先日面接に向かっていった。果たして二十八歳に「若い」が通用するのかと思ったが、無理に止めはしなかった。
しかしその年になっても夢を追いかける草太を、幽井は純粋に尊敬した。両親には「その年じゃもう無理」などと言われながら家を追い出されたらしいが、幽井はそうは思わなかった。
遅咲きの花の何が悪いのかわからなかった。年齢を理由にする人は、たとえ自分が適切な年齢であっても何かと言い訳をして逃げるのだろう。そしてその性質に気づかず、他者に無理だと強要する。
幽井も過去に、「脚本で食ってくのは難しい」「もう三年なんだから就活を考えろ」などと言われてきた。そしてそれを無視してひたすらに創作した。褒められたことではないが、ときに寝食を忘れてパソコンに向かった。
その結果、大きくはないものだったがシナリオの新人賞を獲得した。大学四年生の夏だった。
正直、危なかったと思う。周りでは「就職」の言葉が絶えなかったし、置いていかれているような気はした。それでも、脚本を書きたかった。自分が描いたストーリーを大勢に見てもらいたかった。不特定の誰かではなく、社会に爪痕を残す人間になりたかった。
小説では駄目。小説は文字の羅列でしか受容できない。映画も駄目。自分一人だけでは創れない。しかし脚本はドラマ、映画、アニメ、演劇、漫画。どんな形でも「脚本」さえあれば己だけで表現できる。そして誰かがその物語を何らかの形で完成させてくれる。もちろん誰かの原作に沿ったものを書かなくてはならない仕事もあるが、それにも得手不得手がある。そして幽井は、得手だ。
だから楽しかった。シナリオを書けば書くほど自分の創作世界が広がって、それを楽しんでもらえて。誇らしかった。
それなのに。
二年ほど前から、世間に顔を出し始めた「燭朱里」という女。瞬く間にその名を轟かせ、短い活動期間で日本一まで昇りつめた。彗星の如く現れたというのは彼女をいうのだろう。
そしてついた異名は、「脚本界の太陽」。平成最後の大作家とまで呼ぶ者もいた。他の作家は太陽が織りなす影に埋もれてしまった。幽井も然り。
彼女さえ、燭さえいなければ。幽井は脚本界の頂点に君臨したままでいることができたのに。
「センセイ、ただいまー」
ガチャリとドアを開ける音と共に、旧友の声がした。廊下で足音が鳴りながら、ガサガサと袋が同じリズムでかさばった。コンビニで買い物でもしてきたのだろう。幽井はキーボードを叩く手を止め、草太の方へ向かった。
「おかえり」
リビングで顔を合わせ、幽井は電気ケトルのスイッチを押した。食器棚から二つのマグカップを出す。彼の姿を見た草太がぱっと花が咲いたように笑顔を浮かべた。
「ねえ、聞いてよ! 俺、受かったんだ!」
草太はビニール袋を置き、ダウンジャケットを脱ぎながら嬉々として報告した。
「受かったって掛け持ち予定のバイト? おめでとう」
「ああ、そっちじゃなくて。オーディション! こないだ受けたやつ!」
「えっ……。ほんとに?」
彼は満面の笑みで、大きく頷いた。
「ドラマ! しかもゴールデン!」
もう夜更けだというのに、二人の騒ぎは祭りのようだった。幽井は友人の成功に思わずガッツポーズをした。草太の役はエキストラ以上脇役未満のものだったが、それがどうしたというのだ。
「そうそう、それでさ、」
「うん、何?」
草太はずっと笑みを浮かべていたが、次に幽井にとって恐ろしい言葉を放ったのだ。
「脚本、燭朱里なんだ」




