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余焰  作者: 雅野キュウ
5/10

薪五本目

 幽井が燭に嫉妬する理由はその実力だけではなかった。


 モデルでも女優でもないにも関わらず、その美貌が凄まじかった。切れ長の目にすらりとした顎と四肢。海外の金持ちを彷彿とさせる雰囲気を持った、近寄りがたい印象の美人だった。モノトーンの服が良く似合う女だ。


 しかしそれに反して性格は温厚で、犬のように愛くるしい。そのギャップゆえか、彼女の作品だけでなく彼女自身のファンになる者も少なくなかった。

 どこを切り取っても映える。表舞台がこれほどまでに似合う人物を幽井は燭以外に思いつきようがなかった。そしてその事実を、今日やってきた映画館で改めて思い知った。


 以前仕事で知り合った、笹木ささきという映画監督の新作の先行試写会に招待されたのだ。脚本は、燭朱里。


 対して幽井はどこにでもいる、ぱっとしない男。燭のナンバーツーではあるが、知名度は大衆にまで届いてなどいない。彼の名を知るのは一部のオタクか、仕事仲間のみだった。燭の知名度が広く浅くなら、幽井は狭く深くだった。しかしどうしてもそれに、満足が出来ない。


 新作はとても良かった。現代に警鐘を掻き鳴らすようなサスペンスもので、作中で大勢の人間が死んだ。というのも、主人公は恋人とか配偶者とか、誰かのものしか愛せない「病気」。しかし対象が自分のものになってしまえば、その愛は一気に冷める。悲しい矛盾を持った女だ。


 この愛をどこへやろうかと考えた挙句、彼女は対象を殺すことで昇華した。殺してしまえば愛は返ってくることもなく、一方的に冷めることなく愛すことができる。


 「彼の人生に関われた」。それで性的欲求を満たした。しかし犯行を隠しながら生きていた彼女に、ある日自分に好意を寄せる男が現れる。そこから物語の佳境に迫り、クライマックスを迎える。


 今話題の俳優が出演するためか、会場には女性が多かった。そいつ目当てかよ。

 試写会後、監督に挨拶をしようと席を立った。しかしその前に幽井のもとへ、「ああ、至くん」と笹木監督の声がした。


「お久しぶりです。今、ちょうどご挨拶に向かおうかと」


「来てくれてありがとう。どうだった? 僕の映画は」


 二人は固い握手を交わす。幽井は以前より笹木の白髪が増えたと感じた。そして痩せた。


「とても良かったです。こちらまで迫られるような演出と緻密なストーリーには圧倒されました」


「そうか、それなら良かった」


 監督は眼鏡越しの目元に皺を寄せながら微笑む。きっとそろそろ引退するのだろう。そうでなければ、今回の作品制作に日本一の脚本家を呼んだりしない。彼の監督人生の大団円を迎えるにはうってつけだからだ。そしてその脚本家を……。


「今回一緒に仕事をした、燭朱里さんだ。君にも紹介しようと思って。ほら、同業者だから」


 ……俺の目の前に差し出したりしない。

 真っ黒なワンピースに、茶髪のギブソンタック。白いカーディガンを羽織った、美しい女。


「こんにちは」


「……えっ、あ、ど、どうも……」


 ぎこちなく頭を下げる幽井を見て、笹木が目を丸くした。


「もしかしてもうお友達だったかな? 確かにそれが普通だよね、同じ脚本家なんだから。ごめんごめん」


「いや……初めましてです」


「こうしてお話しするのは初めてですよね」


 同業者ゆえ、お互いの名と作品は把握している。しかし対面して会話する機会はなかった。

 心の中の宿敵。しかし燭にとって幽井など眼中にすらないのだろう。一人で燃え上がる嫉妬心と対抗心。幽井はそれを少しでも悟られないように努めた。


 少し世間話をしたあと、笹木は「それじゃあ、また」と去った。燭もそれに続こうとした。しかし一度幽井を振り返り、口を開いた。


「幽井さんは、この作品をサスペンスと捉えますか。それとも、恋愛物語だと思いますか」


「えっ……」


 幽井は一瞬戸惑ったが、正直に答えた。


「サスペンス、だと僕は思いました」


「そうですか。ありがとうございました」


 口元を緩めたあと、彼女は映画館を去っていった。

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