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(仮タイトル)天墜が還る日  作者: 久遠 ゆのか
第一章 黄の国ティワン
20/22

[トウエンの町-20] 肥溜めの匂いがする紹介状


 昨日バッカスと飲んだ時の話で、今日は午後からギルドに来るように言われていた。


「バッカスさんはもう来てる?」


 アリアがすぐに笑顔で頷いた。


「あ、ルーシェさん!それがですね、バッカスさんは掃除関係の依頼が長引いてて、少し遅れるそうです。ギルマスは中にいるので、先に執務室へどうぞ。」


 言われた通りに歩きかけたところで、アリアが思い出したように俺の顔を覗き込み小声で尋ねてきた。


「ところで昨夜は……大丈夫でしたか?」

「朝まで付き合わされて悲惨だったよ。起きたら頭はガンガンするし、喉カラカラで地獄だった。ていうか、どうやって布団まで戻ったのかすら覚えてないんだよな……。」

「…それは、なんと言ったらいいか……お気の毒様です。」


 アリアは眉尻を下げ、神妙な顔つきで俺に同情していた。


 執務室の扉をノックして入ると、ソンユが書類に向かってペンを走らせていた。


「あ〜、ルーシェさん。お待ちしてましたよ。すみませんが今ちょっと手が離せないので、そちらのソファで少しお待ちください。」


 促されて座ると、間もなく職員がお茶を運んできてくれた。

香ばしい香りのする茶をすすりながら、ふとソンユの仕事ぶりを眺める。

 彼は何冊もの厚い報告書に目を通し、次々と赤ペンで修正を入れながら、時折部下に的確な指示を飛ばしていた。

 その姿はまさにギルドの頭脳といった風格で、酒に潰れて四つん這いで帰宅したという話が、まるで嘘のように思える。


 しばらくすると、階段をドスドスと踏みしめて登ってくる足音が聞こえてきた。


「来たようですね。」


 ソンユが言い終えるのと同時に、間もなく扉が勢いよく開く。


 その瞬間、とんでもない悪臭が鼻を突いた。

 それはただの悪臭ではなかった。鼻の奥にしつこくこびりつき、思考を麻痺させるレベルの破壊力だ。


「うっ!!」

「うっ!?」


 俺は鼻をつまみ、ソンユは慌てて窓を開け、空気を入れ替えようと必死だ。


「遅れてすまん、肥溜め掃除の依頼で手間取ってな!」


 入ってきたバッカスはそう言いながら、部屋の奥へと進んできた。


「領主が肥溜め掃除ーー!?」


 俺は思わず声を上げる。


「足腰やられてる年寄りにゃ、ああいうのが一番キツいんだよ。手伝ってやらんとな!」


 そんな殊勝なこと言われたら、たとえ今、室内にアレな臭いを垂れ流していても、文句なんて言えるわけがない。

 執務室の主ソンユも、顔を引き攣らせながら堪えている。


「…っと、そうだ。ルーシェ、これを受け取れ。」


 バッカスは手にしていた封筒を俺に差し出した。


「これは首都にいる俺の親族への紹介状だ。おまえの事情を説明書きした上で、必要な時は力を貸すように書いてある。」

「助かる…が、そこまでしてもらっていいのか?」

「気にすんな。ハッキリ言って会えるかは保証はできないぞ。俺ができるのは親族を紹介することだけだからな。ただ、親戚のライエルハルト伯爵家は、我が家門の筆頭家で神護派だ。」

「神護派って?」


 ここでソンユが会話に加わってきた。


「貴族にはいくつかの派閥があるんですよ。その中で神護派は神の加護を重んじ、神殿の権威や聖女様を守ろうとする派閥なんです。」

「そうだ。その派閥の中でも力が強いのがライエルハルト家だ。メイホア様に会おうと思うなら、ライエルハルト伯爵に相談するのがいいだろう。」

「わかった。ライエルハルト伯爵を訪ねてみるよ。」


 俺がそう言うと、バッカスは無許可で棚から酒のボトルとグラスを手に取り、ソファにドカッと座った。その様子をソンユが忌々しげに眺めているのがちょっと笑える。


「まぁ、あまり期待しすぎるなよ。」

「伝手を紹介してくれるだけでありがたい。ダメならダメで、その時は別の手段を考えてみるさ。」


 俺はそう答えながらも、ちょっとだけ期待値が上がってた。紹介状を手に入れ一歩前進したという状況が、嫌でも気持ちを高揚させる。


「そういえば、明日の護衛任務の集合場所は、確認できていますか?」


 ソンユの言葉に、俺はすぐに頷いた。


「ああ、東口門の前って聞いてるよ。」

「他にも当ギルドから派遣する冒険者が数組同行するので、もし何かあれば彼らに聞いてみると良いですよ。」

「あぁ、その時は頼りにさせてもらうよ。」


 初の遠出任務だからか、ソンユの気遣いがありがたい。


「ところで戻りはいつになるんだ?」

「聖女様の件次第だけど、往復時間含め1週間後くらいを予定してるよ。」

「よし、それじゃあ戻ったらまた一杯引っ掛けに行こうぜ。」


 バッカスがニヤリと笑って言う。


(しまった!そのための伏線か!)


 昨夜の記憶が走馬灯のように蘇る。


 俺が助けを求めるようにソンユの方を見ると、ソンユは目を合わせることもなく、書類に集中するフリをして口を噤んでいる。

 聞こえてるはずなのにと恨めしく思うが、保身を図る気持ちもわかる。誰だって惨事には巻き込まれたくないものだ。


 「あ、あぁ…、タイミングが合ったらな!」


 俺は返事を曖昧にして、回避できる可能性を残しておいた。


−−−−−


 「はぁ〜疲れた。いよいよ明日は出発か。」


 自室の扉を開くと、カルドアがフードから勢いよく飛び出した。窓辺の横にはカルドアのための止まり木が設置してあって、そこはカルドアのお気に入りの場所だ。カルドアは止まり木に足を乗せると、寝起きの習慣である羽繕いを始めた。


 「そういえば、道中のカルドアの餌も用意しとかなきゃな。」


 俺は初の護衛任務に向けて荷造りをし、早めに就寝した。


そして翌日ー−−−−−


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