[トウエンの町-20] 肥溜めの匂いがする紹介状
昨日バッカスと飲んだ時の話で、今日は午後からギルドに来るように言われていた。
「バッカスさんはもう来てる?」
アリアがすぐに笑顔で頷いた。
「あ、ルーシェさん!それがですね、バッカスさんは掃除関係の依頼が長引いてて、少し遅れるそうです。ギルマスは中にいるので、先に執務室へどうぞ。」
言われた通りに歩きかけたところで、アリアが思い出したように俺の顔を覗き込み小声で尋ねてきた。
「ところで昨夜は……大丈夫でしたか?」
「朝まで付き合わされて悲惨だったよ。起きたら頭はガンガンするし、喉カラカラで地獄だった。ていうか、どうやって布団まで戻ったのかすら覚えてないんだよな……。」
「…それは、なんと言ったらいいか……お気の毒様です。」
アリアは眉尻を下げ、神妙な顔つきで俺に同情していた。
執務室の扉をノックして入ると、ソンユが書類に向かってペンを走らせていた。
「あ〜、ルーシェさん。お待ちしてましたよ。すみませんが今ちょっと手が離せないので、そちらのソファで少しお待ちください。」
促されて座ると、間もなく職員がお茶を運んできてくれた。
香ばしい香りのする茶をすすりながら、ふとソンユの仕事ぶりを眺める。
彼は何冊もの厚い報告書に目を通し、次々と赤ペンで修正を入れながら、時折部下に的確な指示を飛ばしていた。
その姿はまさにギルドの頭脳といった風格で、酒に潰れて四つん這いで帰宅したという話が、まるで嘘のように思える。
しばらくすると、階段をドスドスと踏みしめて登ってくる足音が聞こえてきた。
「来たようですね。」
ソンユが言い終えるのと同時に、間もなく扉が勢いよく開く。
その瞬間、とんでもない悪臭が鼻を突いた。
それはただの悪臭ではなかった。鼻の奥にしつこくこびりつき、思考を麻痺させるレベルの破壊力だ。
「うっ!!」
「うっ!?」
俺は鼻をつまみ、ソンユは慌てて窓を開け、空気を入れ替えようと必死だ。
「遅れてすまん、肥溜め掃除の依頼で手間取ってな!」
入ってきたバッカスはそう言いながら、部屋の奥へと進んできた。
「領主が肥溜め掃除ーー!?」
俺は思わず声を上げる。
「足腰やられてる年寄りにゃ、ああいうのが一番キツいんだよ。手伝ってやらんとな!」
そんな殊勝なこと言われたら、たとえ今、室内にアレな臭いを垂れ流していても、文句なんて言えるわけがない。
執務室の主ソンユも、顔を引き攣らせながら堪えている。
「…っと、そうだ。ルーシェ、これを受け取れ。」
バッカスは手にしていた封筒を俺に差し出した。
「これは首都にいる俺の親族への紹介状だ。おまえの事情を説明書きした上で、必要な時は力を貸すように書いてある。」
「助かる…が、そこまでしてもらっていいのか?」
「気にすんな。ハッキリ言って会えるかは保証はできないぞ。俺ができるのは親族を紹介することだけだからな。ただ、親戚のライエルハルト伯爵家は、我が家門の筆頭家で神護派だ。」
「神護派って?」
ここでソンユが会話に加わってきた。
「貴族にはいくつかの派閥があるんですよ。その中で神護派は神の加護を重んじ、神殿の権威や聖女様を守ろうとする派閥なんです。」
「そうだ。その派閥の中でも力が強いのがライエルハルト家だ。メイホア様に会おうと思うなら、ライエルハルト伯爵に相談するのがいいだろう。」
「わかった。ライエルハルト伯爵を訪ねてみるよ。」
俺がそう言うと、バッカスは無許可で棚から酒のボトルとグラスを手に取り、ソファにドカッと座った。その様子をソンユが忌々しげに眺めているのがちょっと笑える。
「まぁ、あまり期待しすぎるなよ。」
「伝手を紹介してくれるだけでありがたい。ダメならダメで、その時は別の手段を考えてみるさ。」
俺はそう答えながらも、ちょっとだけ期待値が上がってた。紹介状を手に入れ一歩前進したという状況が、嫌でも気持ちを高揚させる。
「そういえば、明日の護衛任務の集合場所は、確認できていますか?」
ソンユの言葉に、俺はすぐに頷いた。
「ああ、東口門の前って聞いてるよ。」
「他にも当ギルドから派遣する冒険者が数組同行するので、もし何かあれば彼らに聞いてみると良いですよ。」
「あぁ、その時は頼りにさせてもらうよ。」
初の遠出任務だからか、ソンユの気遣いがありがたい。
「ところで戻りはいつになるんだ?」
「聖女様の件次第だけど、往復時間含め1週間後くらいを予定してるよ。」
「よし、それじゃあ戻ったらまた一杯引っ掛けに行こうぜ。」
バッカスがニヤリと笑って言う。
(しまった!そのための伏線か!)
昨夜の記憶が走馬灯のように蘇る。
俺が助けを求めるようにソンユの方を見ると、ソンユは目を合わせることもなく、書類に集中するフリをして口を噤んでいる。
聞こえてるはずなのにと恨めしく思うが、保身を図る気持ちもわかる。誰だって惨事には巻き込まれたくないものだ。
「あ、あぁ…、タイミングが合ったらな!」
俺は返事を曖昧にして、回避できる可能性を残しておいた。
−−−−−
「はぁ〜疲れた。いよいよ明日は出発か。」
自室の扉を開くと、カルドアがフードから勢いよく飛び出した。窓辺の横にはカルドアのための止まり木が設置してあって、そこはカルドアのお気に入りの場所だ。カルドアは止まり木に足を乗せると、寝起きの習慣である羽繕いを始めた。
「そういえば、道中のカルドアの餌も用意しとかなきゃな。」
俺は初の護衛任務に向けて荷造りをし、早めに就寝した。
そして翌日ー−−−−−




