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(仮タイトル)天墜が還る日  作者: 久遠 ゆのか
第一章 黄の国ティワン
19/22

[トウエンの町-19] 赤い鳥の名前


 目覚めると、頭がズキズキと痛んだ。まるで頭蓋の内側で太鼓が鳴っているかのようだ。光が差し込むだけでも吐き気を催すような、最悪の目覚めだった。


 昨日のバッカスとの酒の影響はまだ体から抜けきっておらず、激しい二日酔いの洗礼を受け続けている。


「……うぅ、具合悪ぅ……。」


 酒好きなやつは毎晩飲んで、平気で迎え酒をするという。ムカムカと吐き気がするし、頭も痛くてまともに思考できないこの体調で、どうやってさらに酒を飲むというのか…まったく理解できない。俺には一生無理だと思った。


 布団の中でうずくまり、なかなか起き上がれずにいると、視界の端に赤い羽毛が揺れた。俺のフードの中で寝ていた鳥が、心配そうに覗き込んでくる。


「お、今日はいつもより元気そうだな。」


 この鳥は体が弱いのか、普段はほとんどの時間を俺のフードの中で眠って過ごしている。だが、今朝は少しだけ活発に動いているようだった。


「あぁー!もうダメだ、助けてくれ~……」


 冗談交じりにそう鳥へと呼びかけた時、俺は名前を呼ぼうとして――気づいた。


 そういえば、まだこの鳥に名前をつけていなかった。


「……ごめんな。バタバタしてて、名付けてあげる暇がなかったな。」


 そう謝ると、鳥は少し首をかしげた。何かを察したのか、そわそわと足を交互に上げ、左右に体を揺らし始める。まるで『名前をつけて!』とでも言っているかのようだ。


「よし!今、決めようか!」


 そう言うと、鳥はぴょんぴょんと跳ねるように喜んだ。


「おまえのその踊りからヒントを得て、仮の候補があるんだ。『テルペンティ』って名前はどうだ?踊りの神の名前だぞ。愛称は略して『テティ』、可愛らしい名前だと思わないか?」


 だが⋯⋯鳥は呆然とした顔でこちらを見つめ、まるで絶望したかのように肩を落とした。数秒後、バサバサと羽を広げてその場で激しく飛び跳ね始めた。


「え?気に入らないのか?いい名前だと思ったんだけどな……あ、もしかしておまえオスなのか!?」

「ピーッ!」


 鋭く短く一鳴く。どうやら正解らしい。


「そうか。じゃあ、別の名前を考えるか…。」


 ベッドの上でうーんと唸りながら、いくつか候補を挙げてみる。


「アグニヴァル……呼びづらいな。エリオン……うーん、ありきたりか?ソリナール!……は、なんか薬の名前っぽいから却下。ヴァルカリオンは? ――え、嫌? まぁゴツすぎるよなぁ……。」


 それからもしばらく、あれこれと名前を口にしてみるが、鳥は首を振ったり翼で顔を覆ったりして、明確に拒否の意思を示し続けた。


「……そろそろネタも尽きてきたし、もう“ハト”でいいんじゃないか?……平和の象徴だし……。」


 その言葉に、鳥はガバァッと羽を広げて最強に憤慨した。


「ごめんごめん、冗談だって!」


 慌ててなだめるよう背に手を置くと⋯体表が熱かった。興奮しすぎて、体温が上がってしまっているらしい。


「おいおい、暴れすぎで熱が……ん? 熱?」


 そこでパッと閃いた。


「『カルドア』ってのはどうだ?語感もいいし、“熱”の意味がある。おまえの赤い羽毛のイメージにも合うと思うんだ。何より響きが格好いい!」


 すると、赤い鳥――改め、カルドアは嬉しそうにまた踊り始めた。左右に揺れ、くるくると小さく回って見せる。


「気に入ったみたいだな。よし、じゃあ今日からおまえの名前はカルドアだ!」

「ピーッ!」


 高く一鳴きしてカルドアは羽を広げ、室内をぐるりと飛び回った。


 こんなに嬉しそうにするなら、もっと早く名前をつけてやればよかったな。カルドアが空中で一回転し、フードの中へとするりと戻ってきて、そのぬくもりが首筋に触れる。


 普段は俺が話しかけても、ただ見つめ返してくるだけのカルドア。しかし、今のやり取りを見ると、やっぱり人語を理解してるような気がする。不思議な鳥だ。


−−−−−


 二日酔いを少しでも和らげるため、俺はふらつく足取りで部屋を出て、屋敷の庭園へと向かった。


 外の空気は冷たく、心地よかった。春の終わりを告げる風が頬をなで、鮮やかな色をつけた花々が、陽の光を浴びて咲き誇っている。


 水仙、ラベンダー、青い小さな花――名も知らぬその一輪までが、朝の空気に揺れている。咲いたばかりのチューリップも、薄く開いた花弁の内側に朝露を宿していた。


 しばらく歩いていると、庭の奥でアルネの姿が見えた。 彼女は丁寧に花を選び、何本か摘んでは隣に立つ使用人に手渡していた。


「アルネ!」


 俺が声をかけると、アルネは顔を上げて振り返った。


「あら、ルーシェ。もう起きて大丈夫なの?昨日はバッカスさんと朝まで飲んでたんでしょ?」


「あぁ、寝起きはもう死ぬかと思ったよ。でも、ちょっとマシになったかな。とにかく、バッカスさんのお供はもうごめんだ。」


 俺が脱力した顔でそういうと、アルネが笑った。

 すると、カルドアが俺のフードから顔を出し、そのまま肩に飛び乗った。


「ふふっ、私に挨拶してくれてるのかな?」


 アルネが微笑む。


「こいつの名前、カルドアって付けたたんだ。」

「カルドア?格好いい名前ね。この子のイメージにピッタリ!」


 カルドアは(くちばし)をグイッと上に向けて、誇らしげな表情を見せた。


「そういえば、明日は護衛任務で首都に向かうんでしょ?」

「ああ、予定では明日出発して、2日後に現地到着。せっかくだから数日滞在してくるつもりだ。戻るのは一週間後くらいかな?」

「ふむふむ…」


 するとアルネはスカートのポケットに手を入れ、何かを取り出した。『ジャジャーン』と言いながら俺の前に差し出されたそれは、ギルドカードだった。


 裏面をこちらに向けて、彼女はにっこりと笑った。

そこには護衛任務の依頼を受けた履歴が記載されていた。


「私も行くから!」

「……え? アルネも同じ依頼を受けたのか!?」

「そうよ!ギルドに行ったらルーシェが護衛任務を受けたって聞いて、私も同じ依頼を受けちゃった!」


 嬉しそうに言うアルネに、俺は少し驚きながら尋ねた。


「でも、トウエンから離れる依頼は初めてなんだろ?家を空けて大丈夫なのか?」

「だって、ルーシェが心配だし、外の依頼を受けてみたかったんだもの。」

「ん〜、俺は別に構わないけど、ミャクリさんの了承は?」

「それが実は、まだ…なのよね……。」


 後ろめたさが先行するのか、モジモジしているアルネに、俺はため息をついた。


「心配かけるから、ちゃんと話しておけよ?」

「わかってるわ。じゃあ明日からよろしくね!」


 アルネは花を手渡した使用人の後を追って行った。カルドアはその様子を眺めたあと、再び俺のフードに戻って寝始める。


「ふぅ…。やっと酒が抜けてきたな!さて、そろそろ約束の時間だ。ギルドへ行かないと。」


 俺は身支度のため屋敷内に戻った。




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