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(仮タイトル)天墜が還る日  作者: 久遠 ゆのか
第一章 黄の国ティワン
16/22

[トウエンの町-16] 光と影


 ミャクリの屋敷 ルーシェの私室。


 朝の光が部屋の隅から差し込む中、俺はベッドに横たわりながら、眠気が離れずに目をこすっていた。その時、ノック音とともに部屋の扉が静かに開き、セバスが顔を覗かせた。後ろには、ちょっと緊張した面持ちのルトが立っているのが見えた。


 セバスが俺に向かって歩み寄り、美しい姿勢を保ったまま軽くお辞儀をした。


「おはようございます、ルーシェ様。こちらのルトくんも、朝のご挨拶をさせていただきます。」


 ルトはセバスに続いて横に並び、どこかぎこちない動作で頭を深く下げた。


 以前ミャクリに、ルトとササをこの屋敷の使用人として雇ってもらえるよう頼んだので、数日前から執事のセバスによるルトの使用人教育が始まったのだ。


「おはようございます、兄ちゃん。メシはお食べになりますか?」


 ルトが懸命に敬語を使おうとしたようだが、その言い回しはまったくもって不自然だ。


 セバスは焦った様子で言葉を遮るように言った。


 「ルトくん、メシではありません…『お食事』と言いなさい。それと兄ちゃんではなくルーシェ様です!」


 ルトは『またやってしまった』という表情を見せて、肩をすくめている。


「だってよ〜、そんな堅苦しい言葉、どう使っていいかわかんねぇんだよ…。」


 俺はそのやり取りを見て、少し笑いながら体を起こし口を開いた。


「まぁまぁ、セバスさん。ルトはまだ慣れてないんだから、少し気長に構えて教えてやってくれ。」


 セバスは俺に目を向け、少し困った顔をして言った。


「ルーシェ様、仰る通りですが…しかし、このような基本はきちんと身につけておかねばなりません。」


 ルトは腕を組んで、真面目な顔をして言った。


「兄ちゃんは兄ちゃんだろ…ルーシェ様なんて呼べねぇよ。」


 セバスはその言葉に反応して、すぐに口を開いた。


「それはいけません。ルーシェ様は当屋敷の主人、ミャクリ様の客人のお立場。私たち使用人はきちんと敬意を払わねばなりません。これは基本中の基本です。」


 ルトはセバスの言い分に対し不服そうな顔をして、ポツリと呟いた。


「でも、兄ちゃんは兄ちゃんだし…。」

「ルトくん、立場が違うのですよ。それは甘えというものです。」


 セバスは指導係として、ルトにわきまえる事の大切さを指導する。


 しかしルトは納得できないといった様子で、俺の方を何度も見てくる。ルトの目線が懇願するように垂れてきたところで、俺はセバスの説得を一役買うことにした。


「ルトにはちゃんと教育を受けてほしいけど、俺に対してはそのままでいいよ。『兄ちゃん』って呼んでも、俺は問題ないからさ。セバスさんの指導の邪魔をしてしまって悪いけど、俺に関しては特例ってことで許してやってくれ。」

「さすが兄ちゃん!」


 ルトは俺の意見を聞いて、目を輝かせ破顔して喜んだ。

セバスはしばしの間『う〜ん』と呻っていたが、最終的に了承するしかなかった。


「…ルーシェ様がそう仰るのであれば、仕方ありません…特例と致しましょう。ですが、他の方々に対してはきちんと礼儀正しく振る舞ってもらいますよ。」

「当然だな。ルト、他ではきちんとできるよな?約束してくれるか?」

「もちろんだよ、兄ちゃん!」


 ルトは嬉しそうにはしゃいでいる。俺はずいぶんと慕われてるようだ。


「ところでセバスさん、今日は午後からルトとササを連れ出してもいいかな?」


 セバスは意をつかれた様子を見せたが、すぐに冷静に答えた。


「もちろん構いませんが、どちらへ出かけるおつもりですか?」

「実は、ギルドの依頼を完了して初めての報酬を受けたから、二人を街に連れて行ってやりたいんだ。」

「なるほど。それでは、送迎のための馬車を手配をいたします。」


 セバスは手際よく動き出した。


−−−−−


 俺、ルト、そしてササは馬車を降りると、町を散策するため歩き出した。

 

 まず最初に立ち寄ったのは質屋。

俺は店内に入り、店主に声をかけた。


「すみません、こちらに預けていた品を買い戻したいのですが。」

「かしこまりました。」


 店主はすぐに手続きを始め、しばらくして手元に戻ってきたのは、アルネからプレゼントされたあの革手袋だ。


 幸い購入者が現れず店頭に残っていたようだ。

俺は無事に回収できたことに安堵しながら、手袋を大切に受け取った。 


 ルトは少しバツ悪そうな様子で、無言のまま俺を見上げる。


「無事に戻ったんだ。ルトが気にする必要はないからな。」


 俺はルトを安心させるように、ポンと頭を1つ撫でて言った。


 その後、服飾店に立ち寄り、ササとルトにそれぞれ新しい服を選ぶように言った。ササはどれを選ぼうか楽しそうに悩みながら、あれもいい、これもいいと店の中を何度も往復している。ルトも少し照れながら、遠慮しがちに自分用の服を探している。


「これがいいかな?ルーシェお兄ちゃん、どうですか?」


 ササは過去一番の笑顔で、俺に意見を求める。

女の子だもんな、そりゃオシャレに興味がないわけない。


「よく似合うよ、ササ。」


 俺は笑顔で答えた。

ササはリンゴのように顔を赤く染める。迷いに迷ったたくさんの候補の中から、結局俺が似合うといった服に決めたようだ。


 会計を済ませ、外へ出る。

 買い与えた服を着て、嬉しそうに並んで歩く2人の姿は、なんとも愛らしい。何か食べたいものがはあるか尋ねると、2人は声をそろえて『ラーハのケーキ!』と叫んだ。


 店内へ入り窓辺の席へ案内されると、2人はメニューとニラメッコを開始した。あれでもない、これでもないと真剣な面持ち。この既視感はアレだな、さっきの服選びと同じ展開だからか。


 さんざん吟味した後、店員を呼び注文を取ってもらう。

ササは苺タルトを、ルトはチョコレートケーキを頼むことになった。

 今は運ばれてきたケーキを前に、2人して目を輝かせているところだ。


「うわぁ〜美味しそうだね!」


 ササはケーキに顔を近づけて喜んでいる。


「兄ちゃん、食べてもいい?」


 ルトが許可を求めてきたが、よく見るとチョコレートケーキの一片がすでに欠けていた。我慢できなかったようだ。

 あまり待たせるのも可哀想なので、俺は2人に食べるよう促した。


「いただきまーす!」

「いっただっきまーす!」


 2人は声を揃えて言葉を唱えると、まるで宝物でも手に入れたかのように、ケーキを大切に食べている。おかわりしてもいいことを伝えると、ルトの食べるスピードが猛烈に上がった。


「そういえばササ、体調はもう大丈夫なのか?」

「うん、大丈夫です。でもしばらくは、お仕事をしないでゆっくり過ごすようにってアルネお姉ちゃんに言われてます。」


 ササはそう答えると、小さくカットしたケーキを口に運んでニコニコしている。

 

 「ササはいいよな〜!俺なんて毎日ゲンコツ喰らうんだぜ!セバス、マジ厳しいんだよな〜。あいつ、めっちゃ怒るし。」


 俺はそれを聞いてクスっと笑った。


「でも、セバスさんが厳しくするのは、ルトのことを大事に思ってるからだと思うぞ?将来的にルトが困らないようにしてくれてるんだ。」


 ルトは『そうかな〜』と言わんばかりに首をかしげてから、しばらく黙って考えた。


「まぁ、あいつがいなかったら、困るかもな。」


 ルトは照れ隠しなのか、謎の上から目線をかます。

今はよくわからなくても、いつか心から感謝する日が来るだろう。


「そうか、頑張れよ。」

「お兄ちゃん、がんばってね!」

「おぅ。」


俺とササの応援を受けたルトは、照れているのか下を向き、フォークを握ってサクサクと何度もケーキを刺していた。


 その後、店を出ると、外はわずかに日が傾きかけていた。

通りの気温も幾分か下がり、行き交う人々は帰宅の途につくため足早に移動している。そんな中、道端で物乞いをしている子供たちを見かけた。

その様子を目にしたルトの表情が少し曇った。


「どうした?ルト。」

「もし、あの日………。ルーシェ兄ちゃんと出会わなかったら…助けてもらえなかったら…、俺も今頃あんな風にしてたんだろうなって…。」


 ルトの声のトーンが下がり、悲しげに話は続く。


「俺とササは兄ちゃんに救われて、綺麗な服を買って貰ったり、美味しいケーキを食べることができるようになったけど、今もああして暮らしてる奴らと俺たちの何が違ったのかなって思うと…。」


 俺はそれを聞いて、何とも言えない気持ちになった。

ようするにルトは、以前の自分と同じ生活を続けてる子供たちを見て、罪悪感に駆られてるのだろう。『自分も同じだったのに、自分だけが救われた』という事実が、何かに、誰かに責められているようで心苦しいのだ。


「ルト…。おまえが言いたいことはわかるよ。でもな、残念だけど世の中は平等じゃない、救われるにも順番があるんだ。今回はルトが救われた。次はルトが力をつけて、いつか彼らを救ってあげたらいい。」

「うん…。」


 ルトはしんみりと頷いた。

 そんなルトの様子を見て、奴隷船で助けられなかった人たちの存在が俺の頭の中を一瞬過ぎった。

 ルトにかけた言葉は、自分に対して言い聞かせたものかもしれない。

 

「よし!早速セバスさんに、もっと厳しく指導してもらうよう頼んでおこうか?」


 俺はルトをからかって、雰囲気を変えようとする。


「えっっ?!!!」

「だって、力をつけるにはいろいろ学ばなければならないだろ?」

「勘弁してよ!誰かを助ける前に、俺の頭が破裂して死んじゃうよ!」


 ルトがヤダヤダと騒ぐ様子を見て、俺とササは声を上げて笑った。


「そろそろ帰らないとな、馬車に戻ろう。」


 夕日が傾く中を3人で歩く。


 (そうだ、この世界は平等じゃない。

だけど、今の俺の力じゃこの世界に、何も影響を与えることはできない。

記憶を失って、俺がここにいる意味はなんだ?

 このまま平穏に暮らすだけでいいのか?)


俺は自分が何をすべきなのか、この世界に何を求められているのかわからず自問自答を繰り返した。



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