[トウエンの町-15] 事件の終結 冒険者としての覚悟
翌日、ギルドの執務室。
俺はソンユに呼び出され、部屋の中央に置かれたソファに腰を下ろしていた。向かいにはソンユが座り、バッカスはギルドマスターの執務机の椅子にどっしりと腰を据えている。
「昨日の件は、本当にお疲れさまでした。」
ソンユが労いの言葉をかける。 しかし、俺の気持ちは晴れなかった。
「生き証人を確保できなかった…次々と口封じされるのを防ぐことができなかった。奴隷船を拿捕できず、乗せられていた人たちを助けることもできなかった。結局、暗躍してる奴らは不明のまま…俺の力不足だ、すまない。」
俺は報告を淡々とこなしながら、喉の奥に苦味が残るのを感じた。
ソンユはわずかに眉を寄せ、ゆっくりと言葉を選びながら口を開いた。
「今回の件がここまでの大捕物になるとは、正直予想しておりませんでした。本来であれば、このような案件にはBランク以上の冒険者が対応に当たって然るべきなんです。この結果を招いたのは私の采配ミスですから、気にしないでください。むしろ申し訳なく思ってます。」
ソンユの声には悔いが滲んでいた。彼は手元に視線を落とし、細い指でカップの縁をなぞる。その横顔には、責任を感じていることがはっきりと表れていた。
そこへ、バッカスの低い声が割り込んだ。
「おっと!おまえら、悔いるのはそこまでだ!」
その一言とともに、大きな手が机を軽く叩いた。
「そもそもの依頼だったスリ集団の偵察については、偵察どころか上手いこと壊滅したし、残った構成員も手配中だ。ルト坊主の救出も叶った。初依頼としては十分すぎる成果だろう?ルーシェ、おまえはよくやった!むしろ、依頼内容は完璧にこなしたんだ。これ以上を求めるのは酷ってもんだ。」
「だが…。」
「バカヤロウ!追加案件までこなされたら、俺が払う依頼料が何倍にも跳ね上がっちまうだろーが!」
バッカスは勘弁してくれといわんばかりに、大きく左手を手を振った。
「確かに、その通りですね。」
ソンユも同意して頷く。
「あなたはまだ冒険者登録をして一ヶ月も経たないEランクの身です。バッカスさんの言う通り、十分すぎる働きをされたと思います。」
そう言われても、胸の奥にはモヤモヤとした消化しきれない感情が渦巻いていた。自分なりに最善を尽くしたつもりだったが、結果的に救えなかった人々が大勢いる。その事実が重くのしかかる。
もしも俺にもっと力があったら…。そう思わずにいられない。
けれど、スリ集団の対応とルトの救出という当初の目的はどちらも果たせたわけで…。黒幕の追跡手段が途絶えた今、これでいいと納得するしかないのだ。
「……わかった。2人ともありがとう。」
「報奨金は受付へ行って、アリアから受け取るようにしてください。」
ソンユがそう告げ、話は締めくくられた。
俺は一礼し、執務室を後にする。
静かになった部屋の窓辺で、バッカスが腕を組んで言った。
「期待の大型新人だな…。」
「ええ、かなりの有望株ですね。」
ソンユはニッコリ微笑んだ。
−−−−−
一階のギルド受付へ移動すると、アリアが俺を迎え入れた。
「初受注から大活躍でしたね!」
アリアが明るい口調で称えたくれるが、少し照れくさい。
「スリ集団の依頼が無事に終わったので、報奨金が出ますよ!」
「報奨金か、一体いくらくらいになるんだ?」
俺は首をかしげた。
「はい、今回は予想以上に成果を上げられたので、Eランク冒険者が稼ぐには破格の金額となっています。」
アリアが計算していた金額を見せながら説明を始めた。
「こちらが今回の報酬、500万イェンです」
「よっ……500万イェン?」
俺は驚いて目を見開いた。
500万イェンは、中流階級の庶民が一カ月に稼ぐ金額の10倍以上だ。
つまり贅沢さえしなければ1年は充分に暮らせる金額である。
「そんなに!?」
「はい、今回の案件は本来高レベル帯の案件なので、当然その分高額なんです。さらに普通であればパーティーメンバーで頭割りするものですが、ルーシェさんは一人で動いていたので、そのまま総取りとなりますね。」
アリアが優しく微笑んで続けた。
「それに、バッカスさんのおかげで2-3割、金額に色がついていますからね〜」
「え!?」
あんな事言っといて報酬の上乗せしてくれたなんて…。
酒の神の名を背負うバッカスは、本人自身も神だったのか?
「 現金で全額受け取りますか? 当ギルドで預かることもできますよ!」
俺は少し考え込んだ後、再びアリアに向き直った。
「じゃあ、一部だけ受け取って、残りは預かってもらおうかな。」
「かしこまりました。では、こちらをお渡しします。」
俺は100万イェンだけ懐に入れ、残りの400万イェンを預けることにした。
「あとですね、こちら、新しく発行されたDランクのギルドカードになります。1ヶ月もかからずDランクだなんて、すごいですね!どうぞお受け取りください。」
「あぁ、ありがとう。」
「あ、そうそう!お預かりしてる報奨金は、ギルドカードを提示すれば、どの町のギルドでも下ろせますよ。」
「へ〜 便利だな。承知した。」
いろいろあって大変な思いはしたが、報奨金にランクの昇格と達成感…記憶のない俺でもこの世界に認められたような、新しい居場所ができたような、そんな感じがした。
帰り道、俺はいつぞやアルネに案内されたカフェに立ち寄り、ケーキを購入して屋敷に向かった。
ミャクリの屋敷に戻ると、執事が話しかけてきた。
「お帰りなさいませ、ルーシェ様。アルネ様が来客用の寝室でお待ちです。」
「わかった、ありがとう。」
俺は足を速めて来客用の寝室に向かうと、そこにはアルネとルトが待っていた。
ルトが嬉しそうに飛びついてきた。
「おかえり、ルーシェ兄ちゃん!」
アルネは微笑みながらその様子を見守っている。
「……おう。」
俺はほんの少し照れくさく答え、ルトに目を向ける。
ルトがなぜここにいるかというと、あの救出劇の後、俺は事件のあらましを報告するため、ギルドの呼び出しに応じる必要があった。
なので、一旦ミャクリの屋敷へ立ち寄りアルネに事情を話して、ルトを保護してほしいとお願いしたのだ。この時すでにアルネは妹を屋敷に連れ帰っていたため、当初の予定通りそのまま兄妹揃って同時に保護することになった…というわけだ。
「ルーシェ兄ちゃん、ササが、妹のササが起き上がれるようになったんだ!」
ルトが興奮気味に伝える。
ベッドの方を見やると、ササがこっちを向いていた。
確かに顔色がだいぶ良くなっていた。
「そうか、よかったな。」
俺はルトの頭に手を乗せ、微笑みながら撫で回す。
見上げるルトの表情は以前と違い、擦れた風はなくて明るい。
年齢なりの良い表情だ。
「一時心配な症状もありましたが、現在は安定しています。あとは投薬と食事をしっかり取り、安静にしていれば数日で歩けるようになるでしょう。」
その場に同席していた医者が、ササの容体について説明をする。
妹の方もこのまま快方に向かうだろうとのことで安心した。
「これでひとまず一件落着かな。」
「そうね。」
俺がヤレヤレといった感じで呟き、アルネが相槌を打つと、ササが声をかけてきた。
「ルーシェお兄さん…ありがとう。お兄ちゃんのことも、助けてくれてありがとう。」
ササが舌っ足らず気味な細い声でお礼を伝えてきた。
ルトと違っておとなしく、気遣い屋さんのタイプかな?
「お礼なんていいんだよ。おまえたちが元気になったならそれで十分だ。」
「……うん。」
ササは布団に少しだけ顔を沈めて小さく微笑んだ。
「そうだ、おみやげを買ってきたから、みんなで食べよう。」
俺はケーキを取り出し、みんなに分けた。
「やったー!ラーハのケーキね!」
お気に入りのお店のケーキとあって、アルネは一発で店名を見抜いた。
「うわ!こんなに美味しいもの、初めて食べた!」
「すごく甘くて美味しいね。」
ルトとササは初めて食べるケーキに感激し、目を輝かせてクルクル表情を変えている。子供は甘い物が好きだよな。
その微笑ましい光景に、俺はどこか暖かい気持ちになり、アルネと目を合わせる。
「……がんばったね!お疲れ様!」
アルネがにっこりと笑いながら小声で労ってきた。
俺も小声で返す。
「アルネもな!」
こうして人生最大の事件は幕を閉じた。
これから、冒険者として活動していくのであれば、たびたびトラブルに巻き込まれていくんだろう。今の俺が持つものはけして多くないが、大切なものを守るために強くなる必要があると、考えさせられる1日だった。




