[トウエンの町-13] スリ集団を追え!
翌日の夜。
俺はミャクリから聞いた繁華街の路地裏を調査するため、一人で出かけることにした。
深夜の繁華街は賑やかで、昼間とはまた別の顔を見せる。酔っ払いの男が肩を組みながら酒場の前で歌い、露店の灯りが薄暗い道を照らしている。娼館の前では華やかな衣装を着た女性たちが通行人に声をかけ、怪しげな賭博場の入り口では男たちが小声で囁き合っていた。
繁華街の騒がしさを抜け、目的の路地裏を回ってみたが、特に怪しい奴はいなかった。
手がかりすらなしに帰るのも惜しい。情報収集のため適当な酒場に入り、カウンター席に腰を下ろした。
中は比較的落ち着いていて、奥の方では客が数人、入口に1人、皆んな静かに酒を飲んでいる。俺は店主に軽く会釈すると、適当なドリンクを頼んだ。
グラスが目の前に置かれたとき、店主が俺に目を向けボソリと呟いた。
「兄さん、初めて見る顔だな。」
「まあな。最近こっちに来たばかりだ。」
俺がそう答えると、店主はカウンターを布で拭きながら、興味深げに目を細めた。
「へぇ……。」
その視線に気づいて俺は一瞬警戒したが、どうやら俺のフードの隙間から見えた黒髪に気づいたらしい。
「兄さん、アマオチかい? この国じゃ珍しいな。」
店主はそう尋ねると酒用のグラスを手に取った。それから俺の前に差し出し、高い位置から中身を注ぎグラスを満たしていく。
注文後の始まりから終わりまで…その流れるような動きは、長年の経験が会得させた匠の技であった。
店主の言葉に、俺は少し考えながら聞き返す。
「他の国では多いのか?」
「そうだな。ここみたいな大陸内に単一の国家じゃ少ないけど、複数の国家が併存する本土には結構いるらしいぜ。」
本土――文化の異なる国がひしめき合う、一番大きな大陸。
世界の中心的な存在だ。交易も盛んで、人の流れも多いと聞く。
「ここだけの話な……最近、この辺で誘拐事件が頻発してるって噂がある。」
「誘拐?」
「あぁ、どこかの国で奴隷を集めてるって話だよ。特にアマオチは珍しいからな、そりゃもう高く売れるらしいぜ。」
思わずグラスを握る手に力が入る。
「……それはどこの国なんだ?」
「さぁな、そこまでは知らねぇ。あくまで噂だしな!」
そう言って、店主は肩をすくめる。
(誘拐事件か……。それもアマオチが高く売れる? )
確かに、俺が目立つ存在だということを改めて認識させられる話だ。
店主はグラスを拭きながら、少し真剣な表情になり低い声で言った。
「最近は何かと物騒だ。兄さんも気をつけなよ。」
「……忠告、感謝する。」
しばらくすると、店の扉が開き、一人の男が入ってきた。
役人の制服を着た男は、辺りを見回しながらカウンターへと歩み寄ると、店主に声をかけた。
「見回りだ。何か異常はないか?」
「異常なしだよ。毎晩ご苦労さん。」
「そうか、ならいい。」
役人はそれだけ言うと、店の中を一瞥してから出ていった。
俺は少し考えた後、何気なく聞いてみる。
「あの役人はよく来るのか?」
「最近はよく見回りに来るな。毎日ってわけじゃねぇが他の奴と交代で、週に何度かは顔を出してるよ。」
「ふうん……。」
グラスを傾けながら、店の様子を眺める。
しばらくすると、入り口近くの席に座っていたフードを深くかぶった男が静かに立ち上がり、カウンターへと向かってきた。
「支払いを。」
男は静かにそう言うと、小袋から数枚の硬貨を取り出し店主に渡す。
店主は代金を受け取ると、硬貨を確認して頷いた。
「まいど。お客さんも見ない顔だな。」
その言葉に、フードの男はわずかに動きを止めたが、何も言わずに店を出ていった。
店主はしばらくその背中を見送った後、小さく唸る。
「あの訛り、あいつもこの国のやつじゃねぇな。」
「どこの訛りかわかるのか?」
「はっきりとは分からねぇが、北の方の国の発音に似てる気がするね。」
北の国の訛り――そう聞いて、真っ先に思い浮かんだのは、赤の国ファイユームだった。
ファイユームは本来、気候が良く、暮らしやすい国だったと聞く。しかし、星君も聖女も不在のまま、無能な摂政王が国を治めており、現在は混乱の最中にある。 治安は悪化し、盗賊や傭兵崩れが横行し、国の各地で反乱の火種がくすぶっているとらしい。
誘拐事件と関係があるとすれば、ファイユームの現状を考えると辻褄が合う。国が荒れている今、裏社会が奴隷貿易を活発化させていてもおかしくはないからだ。
「……俺も会計してくれ。」
「おう、また来てくれよ!」
代金を払って店を出ると、夜の繁華街の喧騒が耳を打った。
俺は賑やかな通りと反対側へ向かい、薄暗い路地裏へ足を踏み入れる。
人気の少ない道をしばらく歩いていると、建物の影の中でコソコソ話している二人組が目に入った。
(ーーーー いた!)
一人は先ほどの役人。もう一人は、店にいたフードの男だ。
俺は物陰に身を潜め、聞き耳を立てる。
「首尾は?」
フードの男が低い声で尋ね、役人が答える。
「ああ、頼まれてた人数より二人足りないが、すぐに補充する。当初の通り二日後の深夜出港の予定で動いてくれ。」
「わかった。」
二人はそれだけ短く言葉を交わすと、素早く別々の方向へ消えていった。
……二日後の出港。
どうやら、ただのスリ集団を調べるつもりが、想像以上に大ごとになりそうな予感がする。
何かが動いているのは間違いない。
俺は静かに夜の闇へと溶け込んだ。




