第6話「あの子の面影」
大判市立図書館。
奏とちび裕子は、ここに大判市にまつわる伝承や、関連しそうな情報を探るためにやってきていた。
営業時間内ではあるのだが、今この場所には客はほとんどおらず奏とちび裕子しかいない。
あろうことか、従業員も人っ子一人いない。
それもそのはず、ちび裕子がこの図書館全体に、一般人を寄せ付けないオーヴァードの能力“ワーディング”を展開しているからだ。
「さて、これで心置きなく調べられるわね」
「こんなことしていいのかな…」
「いいのよ誰も見てないんだから~。それよりも奏くん。
ちょっとあそこに連れてって~~」
ちび裕子が指さす先は、ウォータークーラーだった。
裕子をそこに連れてくと、踏んで水を出してくれとせがむ。
奏が下についてるペダルを踏むと、すかさず裕子は水の出る場所を口にくわえて、一滴もこぼさず水を
「んくっ…んくっ…んくっ…」
裕子は水を飲めば飲むほど、風船のようにどんどん大きくなっていく。
やがてウォータークーラーの水が尽きると、口を離して給水器から降りる。
そして、彼女の体がぼこぼこ言い出すと、やがて大量に分裂して図書館の床がちび裕子まみれになる。
「調査開始ぃ!!」
わーわーと、大量のちび裕子たちが本棚に雪崩れるように向かっていく。
「相変わらず、すごいことするね裕子さん…」
「これが私の十八番だからね~~。ほら、早く調べよ、奏くん!」
裕子お得意の血液の分身を使った、人海戦術。
それが彼女が“千人隊”と呼ばれる所以である。
「わーわー」「あっちはしらべたー?」
「なんだよこれかいけつゾロリじゃん」「とどかないー」「ちくわしかねぇ」
そんな、蜘蛛の子のように散らばる裕子たちを見ながら苦笑いして、
奏も本棚を調べ始める。
「奏くん奏くん、それっぽい本を見つけたよ
しばらく何冊かの本を調べていると、他の本棚を調べていた裕子の一人が、
自分よりも大きな本をえっさほいさと運んできた。
「ありがとう。…どれどれ」
タイトルや目次からして、確かにそれはこの土地の歴史にかかわる本だった。
奏はその本をじっくりと読んでみる。
……この大判市の「大判」という名前の由来は、「大納言大判御行」という人物が元らしい。
奏がその項目を見ると、裕子が覗き込んで軽く口を挟んでくる。
「予想外の人物が出てきてびっくりだよ」
「予想外…なの?」
「うん、奏くんは“かぐや姫”は知っているよね?」
「うん、まぁそりゃ。」
「かぐや姫の求婚者の一人、それが大納言大判御行。」
かぐや姫、もとい竹取物語の話は、奏もついこの前授業で習っていたから知っていた。
かぐや姫に球根を申し込んだ五人の求婚者は、かぐや姫にその愛が本物かどうか確かめると言って、5つの宝を要求した。
仏の意思、火鼠の衣、蓬莱の球の枝、燕の子安貝、そして、龍の顎の玉。
大納言大判御行は、龍の顎の玉を要求された婚約者だ。
彼はかぐや姫の要求の通り、玉を取りにこの町から海へと繰り出した。
しかし、海に出たはいいが、龍の怒りを買って大納言大判御行の乗った船は大嵐に遭う。
必死の祈りの果てに、彼は命からがら帰還した、という話。
奏がその話を思い出しながら本を続けて読んでいると、
この町近辺の海には、竹取物語の影響もあるのか龍の伝説が多いようだった。
「UGNは、ここに書いてある伝承の龍は、レネゲイドビーイングじゃないのかって意見が多いのよ~。
実際伝承にある物の怪の類がレネゲイドビーイングだったりジャームだったりする話は多いからね」
「その話、霧谷さんも言ってたね……あれ?」
奏はふとめくったページに、宿から見えたあの小島のことについて書かれていた。
あそこには、人は住んでいない無人の神社があるようだ。
祀っているのは、例の伝承に伝わっている、嵐の雷を司る龍。
奏はそのページを穴が開くほどまじまじと読むが、そこにはそれ以外には何も書かれてはいなかった。
あの少女について何か手がかりがないかと期待した奏は、少し落胆する。
「とりあえず、図書館でわかることはこんな感じかなぁ。そろそろ帰って報告する?」
「うん、そうだね。」
奏は大量のちび裕子がまた一つに戻ろうとしてるのを横目に、今まで自分が読んでいた本を本棚に返しに行った。
「(僕が調べたいことは、ここにはないのか…)」
昨夜、談笑した少女の顔が奏の脳裏によぎる。
あれは本当に夢だったのだろうか?
夢にしては、何かが奏の中で引っかかっていた。
本を戻した後、奏はちび裕子を肩にのせ、図書館を後にした。
「ねーねー奏くん。お昼ご飯を買いにどっかお店行こうよ~。」
「あっ、そういやもうこんな時間なんだね。」
奏がふと今までいた図書館の外壁の時計を見るともう、時刻は正午を回っていた。
「おなかすいたぜ~~」
「そうだね…確か、さっき美味しそうなお弁当屋さん見つけたんだ」
「本当!?じゃあ、そこ行こう!」
「はいはい。わかったよ。」
奏は肩に裕子を乗せ、来た道を戻っていく。
やがて商店街に出ると人の行き来が少し出てきたので、ちび裕子は奏の腕時計に姿かたちを変えて、一般人の目につかないようにした。
やがて、目的地のお弁当屋さんが見えてくる。
そのお弁当屋さんは、個人経営だが中は割と広く、
お昼時なのも相まって、何人かの人でにぎわっている。
メニューを眺めていると腕時計に化けた裕子が小声で言う。
「私はハンバーグ弁当がいいな?」
「わかったよ。」
奏も軽く小声で返すと、店の人にハンバーグ弁当をふたつ、注文した。
二十番の番号札を持って、奏は入り口とレジの間で待っていた。
注文してから一分くらいか。
お弁当屋の扉が開いて、一組の親子がお店にやってきた。
「ねぇねぇ、お母さん!私、コロッケ弁当がいいな!」
奏は、たった今入って来た明るく母親にねだる少女を二度見する。
「はいはい。お惣菜は買わなくていいの?」
「うん!」
その少女は、昨夜の白昼夢で出会った少女…龍宮殿いつみにそっくりだった。
服装は普通の子供服だったから一瞬スルーしかけたが、確かにあの少女にそっくりだった。
「奏くん、どうしたの?」
「……あ、ううん、何でもない。」
裕子の小声に、奏は軽く平静を取り戻し、自分に言い聞かせた。
「(…まさか、ね。変なこと沢山起こるけど、さすがにこればっかりは…)」
そう奏が自己暗示してると、少女の母親が財布を取り出そうとして何かを思い出す。
「あ、お母さんお金おろしてくるの忘れちゃった…。“いつみ”、悪いけどお母さん郵便局行ってくるから、ここで待っててくれる?」
「はーい」
そういって、少女の母親は店の外に出て走り去っていく。
奏はもう一度、あの母親が言っていた名前を思い返す。
それは間違いなく、それは昨夜の彼女と同じ名前だった。
「(…え…?)」
奏は再び、その少女のことを横目で見る。
少女は、持ってきた携帯ゲーム機を取り出していじっていた。
奏の頭の中で、いろいろな困惑が入り混じる。
「(いや…ないないない。あれも夢なのかどうなのかわかんないくらいなんだから…)」
奏がそんな感じでもだもだしていると、眼鏡とオールバックの髪をした男性店員が言う。
「番号札20番、ハンバーグ弁当二つでお待ちのお客様~?」
「あっ…はい。」
奏は突き動かされたようにレジに向かい、商品を受け取った。
そして、入り口付近で立ち母親を待つ少女をもう一度見て、お弁当屋さんを後にした。
「(…偶然、だよね?)」
奏はずっとそう自分に言い聞かせ、宿への帰路についた。




