第7話「春樹辰巳」
レネゲイド濃度上昇事件の会議室。
そこでは、狙われている舞の安全を考慮して、十数台のノートパソコンを持ち込み、それらを使って情報収集に励んでいた。
「……UGNのデータベースから情報を貰えましたよ。春樹辰巳の情報です。」
杉木がそういって、舞とビディに手招きする。
舞とビディがパソコンをのぞき込むと、そこには春樹辰巳のプロフィールが記されていた。
「春樹辰巳……シンドロームはバロール/ハヌマーン…」
「普通に入手駅るナイフを使って戦うタイプのオーヴァードみたいですね。一瞬で距離を詰めて戦うインファイトが特徴的みたいです。」
そこには、彼の所属するセル「トラベラーズ」についても書かれていた。
「トラベラーズ」はセルリーダーの存在しない珍しいセル。
なぜなら、このセルは所属メンバーが春樹を含んでもう一人しかいないから。
もう一人のメンバーの名前は“連なる鼓動”加東佐奈。
ただ、今回彼女は別の任務で大判市には来ていないらしい
二丁拳銃使いで、主に後方からの援護を得意とするようだ。
「今回、春樹辰巳の目的は……舞さんが彼から聞いていたことと、一致するみたいですね。」
杉木が資料を読みながらそう言った。
FHの目的は、彼の言う通り、舞の第二人格「くれは」の持つ遺産の情報が欲しいらしい。
その知識があれば、最終的に奏の持つ賢者の石も楽に手中に収められる算段もあるらしく、今は奏から手を引いているようだった。
だから今回の春樹の目的は、舞のFH勧誘、交渉失敗した時は実力行使の誘拐に移れとのこと。
だが、春樹本人はあまり乗り気ではない様子だった。
「……これは、結構厄介そうな感じですね。」
「…待ち構えて、狙撃?」
「あ、でも見てみて。狙撃された弾避けたって報告あるよ?」
ビディの発言に、裕子は難しい顔をして答える。
その資料を見ながら、舞も昨日であったあの軟派な男を思い出す。
「(…“あの子”の知識だけが目的、か。)」
4人が資料を読んでいると、杉木がある項目を見つけた。
「お、おお…、これは…」
その項目を見た杉木は、厄介そうに眉をひそめる。
「…どうしたんですか?」
「…ここを見てください。春樹辰巳の周りには、ありとあらゆる数奇な運命が、数多くの偶然が、まるで必然のように集結しているとの記録があります。」
杉木が示した項目には、確かに、春樹の周りには、運命が集まっているとの記録があった。
UGNは、これをある種の能力としてみていた。
「彼に会ったら、逃げの一手もありかもしれませんね。また、戦闘に入るのは極力避けて、交渉って手もあるかもです。ほらあれ、問題の先送りです。」
「…そうですね。…彼は、やっぱり厄介ですから。」
舞と杉木が資料を見ながら話していると、ことん、と茶碗を机に置いた。
「わ、わたしあまり役に立てなかったから…。これ、緑茶です。」
二人が話している間に淹れたお茶を置きながら、ビディは申し訳ない顔をした。
しかし、舞はそんな彼女にフッと笑いかけ、軽く頭を撫でた。
「…ん、ありがと」
ビディは、照れくさそうににこーと笑った。
◇ ◇ ◇
舞たちが宿で情報収集しているのと同じ時刻。
奏は裕子と弁当を食べた後、宿の前の砂浜に来ていた。
砂浜の砂は、湿り気があまりなく、さらさらとしており、太陽光を浴びて少しキラキラとしている、綺麗な砂だった。
海の方へと奏が視線を上げると、今は地続きとはなっていない島が見える。
昨日、奏が白昼夢で訪れた…
「はー。お腹いっぱい。午後も働きますか~!!」
ちび裕子は膨れたお腹をさすってから、奏の肩で背伸びをする
因みにこの小さな体で、ハンバーグ弁当を一人前たいらげた。
そんな裕子が、肩から話しかける。
「ねぇ、奏くん奏くん」
「何?」
「次二調べるのは濃度上昇の元手の特定だよね?」
「そうだよ。それが最大の目的だし。」
奏がひとつ頷くと、裕子はこう続けた。
「なら、私を海に投げてくれない?」
「……えっ?」
「いいから!いいから!」
裕子はそう言って、奏の肩でぴょんぴょんと跳ねる。
奏は少し驚いた顔をして、裕子に問い返した。
「……泳げる?」
「モノホンの裕子ちゃんはカナヅチだぜい?」
「大丈夫かなぁ…」
ほれほれ、早く早くって目で裕子は奏を見る。
奏は、わかったよ、と不安な顔をしながら承諾し、ちび裕子の背中を持つように軽くつかんだ
「えっと…いくよ?」
「かもーん!!」
奏はハンドボール投げの構えで、裕子を握って、海に向かう。
「えいっ」
そして、そのまま思い切りちび裕子を海に向かって投げた。
ちび裕子はそのまま空に放りだされ、やがて重力に従って落ちていく。
そして、ぼちゃんっと音と細い水柱を立てて、海に落ちた。
「…ほんとに大丈夫かな、溺れてないかな」
奏は心配そうに海を眺める。
しばらくすると、ちび裕子が落ちたあたりの海から、赤黒い何かがもこもこと盛り上がってくる。
そして、するとそこから、何かが空に向かって飛んでいく。
奏が目を凝らしてそれを確認してみると、それは雀だった。
そうやって見ている間にも、赤黒い塊から雀がどんどんどんどん生み出されて、空に飛び立っていく。
どうやら、ちび裕子は海水の水分を使って増量・分裂・変身を行ったようだ。
やがて、雀の一匹が奏の肩にとまる。
そして、奏に向かって話しかけてきた。
「それじゃあ、濃度の発生源を直接調べてくるね?多分三十分くらいで終わると思う?」
「あ…うん、わかった。」
そして、海から発生した雀が空にパーッと散って大判市の各地へと飛んでいった。
奏の肩に乗った雀もやがて飛び去っていき、奏は一人砂浜に取り残される。
静かになった砂浜で、しばらく奏は例の島と海をじーっと眺めていた。
時間がゆっくりと流れていく。
その静寂を破ったのは、
「やっぱ、あの島が怪しーよなー。」
という、隣から聞こえてきた声だった。
奏が驚いて隣を見やると、そこには20代前半の男が手を目の上にやりながら島を眺めていた。
その男は、杉木から見せてもらった写真にあった男。
……春樹辰巳だ。
「…!あ、あんたは…」
奏はとっさに一歩下がり、右手の石を隠す手袋を抜く構えを取る。
「おっとおっと!別に喧嘩しに来たわけじゃないぞ!?ほれほれ!」
といって、あっさり春樹は両手をホールドアップした。
奏はそんな春樹に予想外といった感じで拍子抜けする。
「え…?」
「あんたが喧嘩したいってんなら、俺は全力で逃げるだけさ。まぁ、適当に雑談でもしないかい?」
奏はまだ警戒を解ききらない目で、春樹を見つめる。
「……ほんとに何もする気ないの?」
「そっちが俺のこと調査してるって聞いてきたから知ってるとは思うんだけど…?
FHはしばらく君の誘拐から手を引くんだってよ。」
奏は、誘拐、という言葉を聞いて再び顔をしかめる。
「……前に、あんんたがそう言ってたってことは聞いてたけど……いまいち信用できない。
あんたんとこには、いい思い出が全然ないから」
あの時の、恐怖を思い出す。
日常にいきていた奏が、この世界に引きずり込まれたことを実感した、一か月前のあの日。
「オーヴァード歴一か月だっけ?ならまだピンとこないと思うが、FHはUGNと違って、組織って感じじゃないんだよ。」
そういいながら、春樹はどっこらしょ、と砂浜に腰掛ける。
「そうだなー。たとえばさ、日本の経済の中心に、東証ってあるじゃん?いろんな会社が株交換してるやつ?」
「……それが何?」
「これはあくまで俺のイメージなんだけど、FHはその東証に近い感じのものだと思ってる。んで、東証にはいろんな会社が取引してるだろ?それが“セル”ってやつだ。」
「……」
「東証に出てる会社でも、いい会社もあれば、法を犯してる会社だってあるじゃん?UGNみたいな明確な目的のある組織じゃあないんだよ。」
奏はその話を、俯きながら聞いている。
「そういえば知ってる?京都にあるとあるセルが、しばらく前に世界救ったりもしてるんだぜ?セルは本当にピンキリなのさ。
……さて、ここで聞かせてほしいんだけど、君はUGNで何がしたいんだい?」
春樹は、ずっと海を眺めながらそう問うた。
「……何を、って…」
「だから、UGNは『戦いに身を投じても護りたいモノがある』人らの集まりだろ?
君は、そこまでして護りたいモノは何かな、って聞いてるのさ。
あと、突っ立ってないで、座ったら?」
ニヤニヤしながら春樹がそう言うで、奏は依然として俯いたまま砂浜に体育座りをした。
奏はその間、ずっと黙ったままだ。
「俺の事を、話そうか」
「…あんたのこと?」
奏は、そこで軽く顔を上げて、春樹を見た。
「おう。俺のいるセルはな、『トラベラーズ』っていって、まあ君らの『ジゼル』みたいに二人組のセルなんだよ。」
春樹は、続けて言う。
「相棒と二人で気ままにやって、たまーにFHから仕事が来たら、気が乗ればする。別に人を傷つけようとも、『オーヴァードは進化した人類ナノダ?☆』なんて言うつもりはねぇよw」
「…FHなのに、変なの」
奏は、春樹から目を反らす。
「だから、FHって括りで見るからだよ。世の中にはいろんな企業があるように、いろんなセルがあるのさ。
んでだ。今回の仕事を受けたのはな、誘拐はともかく、あんたら『ジゼル』は、UGNよりFHの方が合ってるんじゃないかって俺は思ってよ。
とりあえず交渉だけでも金はもらえるし受けたわけさ」
ま、女の子に刃物向けるのはあんまいい気持しなかったけどよー、とつぶやいた。
「……そんなこと…」
「だから、俺はお前にUGNにいる理由が効きたいんだよ。言っとくが、そのまま戦いに身を投じれば、寿命で死ねるとは思わないことだな。」
「……」
「いずれ戦死するって話じゃねぇ。衝動と浸食は、戦うほどお前を襲ってくるぜ?」
奏は再び俯いた。
そして、呟く。
「……そんなこと言われても……わからないよ…」
春樹はそれを聞くと、一旦話すのを置いた。
だが、またすぐに口を開いた。
「……俺は、オーヴァードになっちまったけど、おもしろおかしく生きて、畳の上で寿命を迎えたいって思ったのさ。
それが俺のFHとしての欲望さ。UGNには、理解してもらえない話さ。
だから俺は、志を同じにする相棒と今のセルをつくったわけ。」
「……普通の人みたい。」
奏は、軽くあきれたように言う。
「オーヴァードになったところで、人間じゃなくなっちまうなんてイヤだろうよ。
いいじゃん、普通。ありふれた幸せを愛して何が悪い?」
世界の裏側なんてクソくらえ、だ。
そう、自分に言い聞かせるように春樹は言った。
「……確かに、あんたの言ったとおりかもしれない。」
奏は、海に視線を落としながらそう答える。
「秋屋さんはともかく…僕はあんたのいうこと、よくわかるよ。」
それを聞くと、また一拍おいてから春樹はまた言う。
「まぁ、急に何かを決めろってのも無茶な話さ。
今日は話を聞いてもらいたかっただけだ。」
春樹はそういいながらよいしょ、と立ち上がる。
そんな春樹に、今度は奏から言葉を発す。
「……僕は、わからないんだ。」
「……そりゃあ、一か月そこらじゃ、俺だってまだ混乱してるさ」
「うん、わからないよ。この世界のこと、レネゲイドのこと、UGNのこと、FHのこと、秋家さんのこと…そして、僕自身のこと。」
春樹は黙ったまま、奏の話を聞いている。
「僕は、記憶がなく無意識にここに放り出された。そのまま流れるままに流されて、今ここにいるだけなんだ。
……だから、まだ何も決められない。決める材料がほとんどないから。」
迷うようなその言葉に、春樹は返す。
「……もし、おまえがじっくりこのレネゲイドの世界を見極めたいって言うのなら、ウチのセルで預かってやってもいい。これでも俺らはけっこー強いんでね。ほかのセルに何を言われたところで動じないだけの力は持ってる。
奏が驚いたような表情をちらっと見ながら諌めるようにこう続ける。
「…ま、今は答えは出さなくていい。じっくり考えてくれ。」
奏は少し考えると、口を開いた。
「……時の運と、僕の気次第、ってところかな…」
そういうと、奏も砂浜から立ち上がった。
そして、春樹の顔を見ながら、きっぱりと言う。
「言っとくけど、本気にはしないでね。僕はまだあんたらを信用したわけじゃない。」
「そうかい。」
春樹はまたへらへらと笑いながら答える。
「…あと、もう一つ。お前に伝えとくことがあってだな。」
「…何?」
「俺は俺でいろいろ調べてるわけよ」
「何を?」
「秋家舞のことだ。」
奏は、秋家さんを?と呟くと、春樹は頷く。
「……彼女の中にいる『くれは』は、このままほっといたらマズイ存在だってのはよくわかった。
……お前には悪いが、次会う時は秋家舞をたとえ強硬手段になろうとしても連れていく。」
奏の顔が険しくなるのを見て、春樹はははっと笑った。
「別に殺したりとって食おうってわけじゃねぇぞ?そーゆーのは趣味じゃねぇ」
奏は、それを聞いても険しい顔を変えない。
「…仮にくれはさんが危険だって言っても、僕は黙っておかないからね。
…彼女は僕の仲間だから」
「……おう、お前はそれでいいよ。」
ニヤリと笑って、春樹は奏の顔を眺めた。
「俺は俺の欲望のために戦う。UGNみたいな大層なもんじゃねぇが、俺にも護りたいもんがあるんだ」
それだけいうと、春樹は踵を返し奏に背を向けて歩き出す。
「じゃーな、槇原奏。次会う時は、きっと戦場だろーなぁ」
「……容赦は出来ないからね」
「ははっ、手加減なんて、いらねーよ。」
背を向けたまま、ひらひらと片手を振りながら春樹は砂浜を歩いて去って行った。
再び、奏が砂浜に取り残される。
すると、パタパタパタと羽音が聞こえたかとおもうと一匹の雀が奏の肩に止まった。
奏が振り向こうとすると、次の瞬間には手乗りサイズのいつものちび裕子がいた。
「あ、裕子さんおかえり。」
「ただいま?」
裕子は去っていく春樹の小さな背中を見ながら言う。
「うーむ…。噂通りの変わり者だね…?」
「聞いてたの?」
「そりゃあ、この地域全土に分身放ったわけだから。この近くだって調査してたんだよ?」
あぁ、そっか。と奏は納得する。
「まぁ、あの人も説得の余地はあるってことでいいのかな?」
「多分ね。話の分からない人じゃないってのはわかった。」
「まぁ、彼のことは何もないのを祈るだけだね。それより、わかったよ。濃度上昇の原因。」
それを聞いた奏が、はっとした顔になって裕子に聞く。
「どうだった?」
「驚いたことに、二か所あった。ひとつは、アレ」
といって、ちび裕子は目の前の島を指さす。
「…あそこから?」
「うん。島の真ん中に神社があるんだけど、そこに下に“何か”が埋まってるね。
ちょっとずつだけど、レネゲイドを放出してる。」
「何かって?」
「それは地面を抉らないとわからないわねぇ。それより問題はもう一つの要因」
ちび裕子は困った顔をしてそういった。
「なんだったの?何が問題?」
奏がそう聞くと、ちび裕子は少し躊躇って、でも答えた。
「……人だったのよ。」
「人?」
「町にいる、普通の女の子だったわ。あの子から、あの島に埋まってる“何か”と同じ波動のレネゲイドが出てる。しかも、その子から出てる濃度の方が、濃い」
「その子って、どんな子?」
奏がそう聞くと、裕子は教えてくれた。
「大判市立小学校に通う六年生の女の子。特にオーヴァードでもなかったわ。名前は……」
裕子の口から、名前が、告げられる。
「龍宮殿いつみ」
そう、確かにその名前だった。
◇ ◇ ◇
視点は変わり、再び宿の二階。
当然、ここにもちび裕子は何体かいた。
そして、そのうちの二体が、テーブルの上にいた。
「……彼女の中にいる『くれは』は、このままほっといたらマズい存在だってのはよくわかった。……お前には悪いが、次会うときは秋家舞はたとえ強硬手段になろうとも連れて行く」
ちび裕子のうちの一人が、…フッと、春樹のしぐさを真似して真似をした。
それを聞いて、作業中の杉木は必死に笑いをこらえようと震えている。
「仮にくれはさんが危険だって言っても、僕は黙っておかないからね。」
もう一人のちび裕子も、奏を大分真似してまっすぐ険しい顔をして言う。
そして、謎のタメを置いてハッキリと真似をした。
「彼女は僕の仲間だから」(キリッ
「…裕子さん、いつでも狙撃できる、よ?」
ちび裕子の芝居を見ながら、ビディはライフルを取り出して構えてる。
そんな様子を見ながら、舞ははぁ、と大きなため息をついた。
彼女の肩に乗っているもう一人のちび裕子が、こっそりと舞に囁く。
「………護ってくれるってよ?」
しかし、舞は視線も変えず、淡々と返す。
「…護ってもらうほど私は弱くありませんから。」
冷たい切り返しに、ちび裕子が反論する。
「…違うよ。」
裕子は、やたら真面目な顔をして続けた。
「護るだけが、強さじゃない。護られるのも、強さなの。
貴女がちゃんと護らせてくれないと、実は貴女も誰のことも護れないの。」
舞は、黙ったままだ。
「……なーんて、少しだけ真面目な裕子さんでしたー!」
そんな裕子に、舞は、また一つため息をついて、作業に戻る。
……心のどこかで、奏のことを思い出しながら。




