第4話「対面」(下)
奏が杉木を探しに行き、無人となった駅のロータリー。
古ぼけた看板の横のベンチで、肩にちび裕子を乗せた舞は、一言も発せず文庫本を読んでいた。
「舞ちゃん、結構暇?また水飲んで分裂する?」
「………面倒が増えるのは嫌なの」
肩にのっかるちび裕子に、舞はそっけなく返す。
静けさだけが駅周辺を包んでいた。
その静寂を破ったのは、少しした後に聞こえてきた一つの足音だった。
舞が視線だけ音のする方を見ると、20代前半くらいの一人の男性が駅から出てきた。
この駅は一時間に一本しか電車は来ない。
来るとしたら、さっき二人が乗ってきたのと同じ電車だろう。
ただ、彼は相当物好きなようで、駅前の掲示板などを相当ゆっくり見ながら出てきたようだった。
ジーンズにパーカートレーナーという、とてもシンプルな恰好の男性は、パーカーのポケットに手を突っ込みながらぶらぶらと歩いていた。
「……お、人がいる」
駅から出てきた彼は、舞を見て一言そう呟く。
舞は男に対して完全に無視を決め込んで本を読み続けている。
「(………こっち来るな)」
そう頭の中で念じ続け、彼女の周りには来るな来るなというオーラが漂っていた。
だが、男はそれを察し、舞に近づいてくる。
「こんにちは。こんな辺鄙な場所に若い女の子が一人でどしたのん??」
軽く話しかけてきた男に、舞は殺気も含まんばかりの鋭い目つきでギロリとにらみつける。
だが、男はそんな舞に動揺すらしなかった。
「君の眼かわいーねー。
しかし、この大判駅は特に観光地的なものもないし、海辺もあんまり整備されていないから海水浴には不向きだよねぇ?」
「……何の用ですか?」
舞が低くいらだちのこもった声で言う。
それでも男は、軟派は態度を変えようとしない
「んー…。ナンパ、かなぁ?でもナンパだよなぁ。
まぁ、君の話聞かせてほしーなー、程度に声をかけたのさ♪」
へらへらと笑いながら男は舞を見下ろしている。
舞も下からにらみをずっときかせ続けていた
「……待ち人、いるんで」
それを聞くと、男は意外にも
「ふふふ。オーケーオーケー。読書の邪魔して悪かった。
俺は華麗に去るんで、優雅な読書の時間に戻ってくれ。
いや~、悪かったね。」
といって、あっさりと踵を返して町の中に消えていく。
「(…なんだったんだ、あいつ)」
舞は男が去って行った方を少しだけ眺め、すぐに本へと視線を落とした。
その時。
舞は感じた。冷たい気配が一気に自分に近付いてくるのを
一瞬でそれを感じ取った舞は、ばっと立ち上がり"刃のない刀"を引き抜こうとする。
しかし、柄に手を触れようとした瞬間、首筋に冷たい何かがピタリと当てられた。
一瞬が過ぎ去り、舞の首に充てられたそれがナイフの刃だとわかった。
舞が剣に手を伸ばそうとピクリと動くと、首筋のナイフにもグッと力が込められる。
「うん、反応は悪くないけど、ワンテンポ遅かったねぇ。
流石にここで襲われるとは思ってなかったかな?」
舞の首筋に、ナイフを当てながら……先ほど舞に話しかけてきた男は、目の前で笑っていた。
「……ナンパと思ったら、痴漢だったか」
身動きの取れない舞は、最大限の恨み言を目の前の男に向けて吐く。
「いや~、ナンパで合ってるよ。『ジゼル』の秋家舞。
つまり、UGNなんかより、FHはどうだい?ってお誘い☆」
男は変わらず砕けた軽い口調で応える。
その男の言葉を聞いて、舞は顔をしかめながらきっぱりと放つ
「…『私』はお断り。」
「うん、それは予想済み。
でも、『くれは』ちゃんはなんて言うだろうねぇ?
彼女の本質は、こっち側に近いと思うのだけれど…?」
「…無駄だと思うよ。」
「残念、フラれちゃった♪
でも俺は、それでも秋屋舞はこっち側の素質があると思うぜ?
誰かの他人の平和のためより、自分の中に確固たる欲望を持つタイプの人間じゃないかな、君は?」
舞はそれを聞いてほんの少しだけ、発言に間を置く。
「……否定は、しないよ。
だけど、肯定もしないから。」
それを聞くと、男は笑いながら、少し真剣な目をした。
「……オーケー。最初に言った通り、“今回”の目的はナンパだけだからさ」
と、言いながら舞の首筋に添えられたナイフを引いた。
自由になった舞は、まだ柄に手を添えながら立ち上がる。
「本当はこーゆーの趣味じゃないんだけど、こーでもしないと、君はすぐに斬りかかってくるって評判だしww」
「……それは『あの子』に対する嫌味?」
「さぁ、どうだろうねぇ。でも残念だが、俺自身としてはそこまで君“たち”に関心はまだないよ?上からのお仕事で来た、自由人なもんで」
肩をすくめながら、男は答える。
「…なんで“私たち”を選んだ?」
「そだね、ワンクッション置くのも面倒だから、FHとしての目的を君に話しておきますか。まぁ、それをFH側の人間から聞いたところで全然信用ならないだろうから、後で確認がて調べときな。
ま、コレ本当はUGNに話しちゃ怒られるやつなんだけどwwww」
ニヤニヤと笑う男に対し、そろそろ面倒臭くなってきた舞はとてつもなき大きな溜息をつく。
「…もういいや、さっさと消えて。
『私』だって気が長いほうじゃないから…」
「うぇいうぇーいw たった今俺に背後取られてた癖にww」
男は笑うが、舞はそれに対しても微動だにしない。
「私は面倒ごとが嫌いなだけ・・・」
そこで、男はからかうような笑いを少しだけやめ、改めて話し出す。
「……ウチの目的は、君“たち”じゃない。君の中にいる“彼女”だけみたいよ」
それを聞いて、また、舞の視線が鋭くなる
「……『あの子』をどうするつもり」
「さぁ? 末端の俺が知るわけないでしょー。ただでさえ俺は組織のいざこざから距離置いてるんだから」
男は折り畳みナイフを折りたたんだり伸ばしたりしてパチン、パチンと音を立てながら軽くその場を歩き回り、答える。
そしてふとパチン、とナイフの音を止めその場に立ち止まってこう言った。
「ただ、以前他の連中が君の相棒を連れてこうとしたけど、“ちょっと事情が変わった”らしいぜ。“最終的にいればいいから、今すぐに必要じゃない”んだって。
……ま、俺はこれがどーゆーことかもよくわからんのだけど」
「そう」
やれやれと肩をすくめて、男が言うのに対し舞は眉ひとつ動かさない。
「は〜、めんどくせぇな〜。まぁ、無理だとはおもってたけどよーぅ」
男が溜息交じりに何もない空中を叩くと、そこには真っ黒い闇のような空間が出現する。
ディメンションゲートだ。
「……FHがどうとかは知らないけど」
門に向く男の背中に、舞は言葉を投げかける。
「……『私たち』の生き方は『私たち』が決める、貴方たちが口出ししないでほしいね」
「はいはーい。…だがよ?」
男は、意地悪そうなニヤッとした笑みを浮かべる。
「俺の意思とは関係無く、交渉失敗に終わった連中(FH)が次にどう出るか、知らないわけじゃないよな?」
舞は、ガシアスブレードの柄を握りなおす。
「……『私たち』がそれを捻り潰す、それだけ」
「オーケー、そーゆーの大好き。んじゃ、次は攫いに行くぜお姫様? せいぜい王子様に頼っときな」
「……あんな頼りない王子がいなくても大丈夫」
「強気な姫だねェ、それじゃあな。」
男はそこまでいうと、自らが作り上げた門の中に消えていく。
男が居なくなって、辺りは元の静かな田舎の風景が戻った。
やがて舞の肩から、ちび裕子が申し訳なさそうに舞の顔を覗き込んだ
「…………う、うう。な、なにもできなくて、ごめん…?」
「……………別にいい、謝らなくてもいい」
そういいながら、無表情のまま舞はちび裕子の頭を撫でた。
「むにー」
小さな裕子がほんわりとした顔をする。
そこに、また一つ後ろから聞こえる、声。
「可愛らしい子ですね? レネゲイドビーイングですか?」
「…!」
ほぼ条件反射といってよかった。
舞は無言でガシアスブレードを引き抜くと、声のした方へと刃先を向ける。
「わっ、わっ」
向けた刃の先には、自分の背丈よりずっと高いライフルを背負った、金髪の少女がいた
突然向けられた刃に驚き、戸惑っている様子だ。
「…率直に聞くわ、FH?」
まだ小学校中学年相当の背丈と顔をした少女は、全身黒のスニーキングスーツを着ている。
そのアンバランスな格好は、この田舎の風景の中で明らかに浮いていた。
「いいえ。本来ここに来るべき者ですよ」
「………」
向けた刃を、元に戻す
「私はUGN出雲支部のエージェント、ブリジット・マーティーンというただの狙撃手です。」
そう言うと彼女は、少し離れたところにある高い木を指差す
舞は少し疑問を持ちながら、彼女の言葉を待った。
「チーム『ジゼル』の秋家舞さん、あなたがFHエージェントの“兇刃” 春樹辰巳と接触してたのを確認して、あそこで狙撃体勢に入っていました。我々が遅れたことで、貴女に危険が及んでしまったこと、誠に申し訳ございません」
「…成程、要は覗き見してたんですね」
「すみません。私は接近戦ができないので…」
彼女は、申し訳なさそうにしゅんとした顔になって、舞に頭を下げる
「…構いませんよ、私は無事ですし…それよりここに来た理由を知りたいです。」
「それは、我々の任務の話ですか?」
「…まぁ、そんな所です」
「では、まもなくここに支部長と奏さんが到着するはずですので、任務については支部長から詳しく説明させてください。私はまだまだ十を超えたばかりの若輩者ですので…」
「…そうさせてもらいますか」
「はい。あと、ブリジットでは長いので、私のことはビディとでもお呼びください。よろしくお願いしますね、舞さん」
「…えぇ宜しく、ビディさん。」
ビディが差し出した小さな手を、舞は軽く握り返した。
(上)(下)となっている話は、一つのシーンだけど長いので分けたものです。




