第3話「対面」(上)
「……誰もいないねぇ。」
駅を出て、周囲を見回したちび裕子は言う
大判駅の改札を抜けた先にある、駅前の小さな広場。
本来、現地の支部の協力者たちとはここで待ち合わせのはずだった。
しかし、駅前はまったく人通りがなくしーんと静まり返っている。
「まだ来てないのかな?」
「…………かもね」
「レネゲイド濃度が急に上がったとか言ってたし、トラブったりしてるのかもね~?
あ、ところでちょっといい?」
裕子が今度は奏の肩に乗って、奏の髪を軽く引っ張った。
「何?裕子さん」
「喉が渇いたから、ミネラルウォーターを買ってほしいな?」
駅のすぐ近くに置いてある、小さな自動販売機を指差して裕子は言った。
「うん、いいよ」
奏はひとつ頷くと、その自動販売機に近寄りお金を入れて、ひとつボタンをピッと押した。
ガコン、という音とともに取り出し口にボ◯ビックが転がってくる
「はい、どうぞ」
奏はちび裕子にペットボトルを手渡すと、ちび裕子は「ありがとー」と言うなりフタをあけた。
「いただきまーす。んっく、んっく、んっく、ぷはー」
ちび裕子はぬいぐるみサイズにも関わらず、自分より大きいペットボトルの水を逆さにして一気に飲みほした。
すると、水が減ると同時に身体がするすると一回り大きくなっていく。
「ちょっとまってて」
そういうと、大きくなったちび裕子の体がもごもごと蠢きはじめる。
そして、次の瞬間大きくなったちび裕子はぷちゅん、と音をたててまったく同じ姿に分裂した。
「よし…」 「これで準備完了?」
奏は突然分裂した裕子に目を丸くしてぽかんとしている。
対し舞は見慣れたような涼しい顔で裕子に尋ねた
「…………何しているの?」
「「二手に分かれたほうがいいかなと思って。
待ち合わせ場所はここだけど、ここでぼーっとしているわけにもいかないし、でも待ち合わせ場所を離れるのもよくないでしょ?」」
「確かに…そうだね」
ちび裕子二人は同じ声をハモらせながら提案して、奏はそれにうなずいた。
「だから私は奏くんと」「私は舞ちゃんといれば、効率的よ」
「…え、でもついていくって、その姿普通の人に見られても大丈夫…?」
奏が心配そうにそう訪ねると、ちび裕子は心配いらないといった風に首を振る。
「人がいたら人形の振りするよ??」「腕時計とかにもなれるしね」
「(それはそれでなんか変な感じにみられそう…)」
奏の肩に乗っていたちび裕子のひとりは、ぴょいっと舞の肩に飛び移る。
そして、ちび裕子を肩に乗せた舞は、奏を見て言った。
「…………君が思っている以上に、オーヴァードは身近にいるから」
「そう…なの?」
舞はそれには答えずに、すぐそばにあったベンチにすっと座ると鞄の中から文庫本を取り出し読みだした。
「…私は、ここにいる」
本に視線を落としたまま、彼女はそう言った。
「…わかった。じゃ、僕支部のひとがいないか見てくるね」
奏はそう告げてくるりと踵を返すと、小さな町へ繰り出していった
◇ ◇ ◇
ちび裕子を肩に乗せた奏は、大伴駅周辺を歩いていた。
平日の昼間だからか知らないが、特に誰ともすれ違わない。
駅周辺の店はシャッターが閉まっているのも多いが、ところどころ開いたりしていた。
「奏くん奏くん、あっちから美味しそうなパンの匂いがするね~」
「そうだね。……この町は空気もきれいだし、なんだかやさしい感じがする」
奏は少し顔を上げて空を仰いだ。
小さな大伴町は高い建物がほとんどといっていいほどないため、奏にはとても空が広く感じられた。
レネゲイドに脅かされつつあるとはあまり思えないほど、静かで綺麗な空と町。
そんな町を軽く歩いていると、やがて道の向こうから一人の人物がやってくるのに気づいた。
徐々に近づいてくるにつれはっきりと見えてくるその人物は、どうやらとても若い少年だ。
10歳前後か、はたまたそれよりもっと下だろう。
それに気づいた奏は、とっさに裕子に小声で囁く。
「あ、人だ…裕子さん、動かないで」
しかし、裕子は動かないどころか奏の肩に座って足をおもいきりゆらゆらさせながら余裕の表情である。
「いやいや、その必要はないよ。だってあの人は…」
子供用の黒いパンツにワイシャツにネクタイ。
ぱっと見社会人のような恰好ではあるのだが、着ている人物が人物なので、どうにもおめかしした坊ちゃんにしか見えない。
そして、お互いに手を伸ばせば届く距離まで少年は近づいてきて、そして二人を見上げながら口を開いた。
「あなたは“ジゼル”の槇原奏さんですね?幾度なる予定の変更、誠に申し訳ありません。」
声変わりもまだまだ先であろう高めの少年の声でそう言い、少年は深々とお辞儀をした。
「えっ?あ、いや、とんでもない」
子供にしてはとても大人びた少年の態度に奏は急に緊張して、ぺこりとお辞儀をする。
そしてお互いが顔を上げたあと、少年はまたしゃべりだす。
「私はUGN出雲市支部長、杉木愛人と申します。遠路遥々、ご足労ありがとうございます。」
奏は彼のした自己紹介にぎょっとした。
その幼い容姿は、奏が想像していた支部長のイメージとはあまりにも食い違っていた。
「支部長…さん?」
「ええ。この容姿でいきなりこれを信じろというのはなかなか無茶な話ですが…」
と言いつつ、彼は奏の肩に座っているちび裕子を指さした。
「レネゲイドの力は千差万別です。あなたの肩に乗ってる可愛らしい方が、素敵な大人の女性であるように、こう見えて私も結構な年なんですよw」
「…そ、そうなんですか」
奏が驚いていると、指さされたちび裕子が奏の肩で立ちなおし、小さく頭を下げた
「杉木支部長もお疲れ様です。事態のほうはどうでしょうか?」
「そうですね。つい先ほどレネゲイド濃度が急上昇しましたが、まだ危険視するレベルではありません。
今は落ち着いていますし、先にこの町で何が起きているのか調べるのが先決でしょう……と、私は思うのですが、槇原さんはどう思いますか?」
「え、あ、はい…僕もそう思います」
急に自分に目を向けてきた小さな少年のような支部長に、奏はまだ緊張が解ききれていなかったが、なんとか返事を返した。
「わかりました。後で追々詳しく話しましょう。ところで秋家さんは別行動ですか?
もしかしたらうちのエージェントが駅前に向かったので合流しているかもしれませんね」
「そうですね… 僕たちが到着した時はまだ誰もいなかったんですけど、もしかしたらすれ違ったかも…」
「なるほど、なら早く戻ったほうがよさそうですね。では行きましょうか」
そういって、杉木は奏が来た方へと歩を進める。
奏もそれに習い、もと来た道へと踵を返した。
人通りの少ない道を歩きながら、奏はふと杉木に話しかけた。
「あの…杉木さん。」
「どうしましたか?槇原さん?」
「杉木さんって、おいくつなんですか?」
明らかに奏のほうが外見年齢は上なのに、
彼の紳士的で大人びた雰囲気と「支部長」という肩書のせいで、奏は少し緊張しながら言う。
それを聞き、そしてその態度を見た杉木はくすりと笑って答えた。
「そんなに改まらなくても大丈夫ですよ、槇原さん。
…私の年齢ですかー。もうざっと4桁は超えてますかね」
「よ、4桁!?」
「えぇ。この世界を知ってまだ間もない槇原さんが驚くのも無理はありませんね。
そもそも私は人間ではないですし。」
「人間じゃない…?」
奏がそう聞き返したところで、肩に乗っていた裕子がぺちぺちと奏の頬を叩く。
「ほらほら奏くん、裕子さんレクチャーの時教えたでしょ?“レネゲイドビーイング”のこと」
「レネゲイドビーイング……レネゲイドから生まれた生き物、でしたっけ」
「えぇ。そうです。私は木から生まれた《オリジン:プラント》のレネゲイドビーイングなんですよ。
ある日私にレネゲイドが宿り、私は意識を持つようになりました。これもまた、大分昔の話ですが。」
杉木は歩きながら奏を軽く振り返って笑う。
その笑顔は、千年以上生きてるとは思えないほど子供らしい、だがどこかに大人びた感覚を思わせる不思議な笑顔だ。
「実は私、性別もないんですよ。」
「えっ?そうなんですか…?」
「はい。生まれてくる赤ちゃんの性別がわからないように、私も人間化するまでどっちかわからなかったんですよ」
「まぁ、レネゲイドビーイングにはよくある話なのよ~。
性別不明なのもあるし、それに基本的に人間じゃないから、人間じゃない形をしたり、人間の人格として存在するものいるの。
その性質は、まだほとんど人間には解明されてないの。」
奏は、二人の説明をしていく中で、一つの疑問が浮かび上がった
「あの、裕子さん」
「なあに?」
「ひょっとして、くれはさんって…レネゲイドビーイングってことはありますか?」
奏のその質問に、ちび裕子は次の瞬間きっぱりと答えた
「違うわ」
「そうなんですか?」
「えぇ。レネゲイドビーイングは“レネゲイドの塊が知性を持ったもの”なのよ。
くれははそうじゃない。レネゲイドの力を扱えはするけど、彼女はレネゲイドではないの。」
裕子の答えを聞いて、奏は軽く返すと、軽く黙り込んだ。
レネゲイドビーイング……。
それでもないなら、くれははいったい何者なんだろう。
奏の心にも残る、彼女に対する疑問。
まだほんの少ししか出会ったことはないが、やはり彼女たちは不思議な存在だった。
「あ、そろそろ駅につきますね。行きましょう。」
杉木の後をつき、奏は軽く頭を振って気持ちを切り替える。
今は、任務のことに集中しよう。
奏はそう自分に言い聞かせ、相棒の待つベンチへと急いだ。




