第2話「大伴市」
タタンタタン…タタンタタン…
一定のリズムが、車内に響く
森を抜けて、トンネルを潜って、そしてまた山間の道
ここは、年を離れた地方ローカル線だ。
向かい合わせのボックスの席に二人が乗っている以外は、人気もまったくなくガラガラである。
乗っている二人というのは、UGN日本支部の特殊チーム・ジゼルの二人組
舞は静かに本を捲り、奏はその向かいで座りながら寝息を立てていた。
電車の走行音だけが響く、静かな空間。
しかし、おきている舞の肩に、小さななにかがよじ登ってきた。
よじ登ってきたそれは、舞の肩にたどり着くとちょこんと座って、切符サイズの路線図を広げた。
「舞ちゃん、舞ちゃん?目的地は次の駅だよ?」
「…わかってますって。」
このちび裕子(本人命名)は、毎回ミッションの度に裕子から渡される、…謎の生命体だ。
彼女のシンドローム…血液を操る「ブラム=ストーカー」の能力で作った「従者」というものに近いのだが、普通の従者とは違って特殊なものだ。
「でも、ドラゴンなんて凄いわね。目覚めちゃったら大変。でも、二人なら案外やっつけられちゃうかもね?」
ちび裕子が笑いながら軽く舞を小突いた。
今回、チーム「ジゼル」が請け負った任務は、こうだ。
『チーム「ジゼル」の創生の輝光、そして隠者。いつもお疲れ様です。顧問の千人隊も。』
日を遡ること、二時間前のこと。
裕子に通されて小さな会議室にやってきた奏と舞。
会議室で二人を待っていたのは、大きなプロジェクターに映されたUGN日本支部のトップ、“リヴァイアサン”霧谷雄吾の姿だった。
「………霧谷さん。次の仕事は?」
相変わらずの無表情でそう切り出したのは舞だった。
『はい、今回の任務ではT県にある大伴市というところに行ってもらいます。』
「T県、大伴市…東京からはずいぶん遠いところですね」
奏がそう言うと、画面越しに霧谷はひとつ頷いた。
『そうですね。海辺の町で都心からは大分離れていますが、でもそこまで閑散とはしてませんよ。ただ、僻地ではあるのでUGNの支部がないのです。』
「………そこに何が?」
『大まかにミッション内容を説明してしまうと、大昔に封印されたとされているレネゲイドビーイングが目覚めようとしているみたいなのです。
最初はただの伝承かどうかの確認のために調査チームを派遣しましたが、調査している段階で町のレネゲイド濃度が上昇していくのが確認されています。
今はまだ大丈夫ですが、このままでは危険区域に入るのも時間の問題でしょう。』
霧谷は真顔で淡々と、依頼の内容を告げていく。
『それに、くれはさんの話によれば、彼女はどうやらそのレネゲイドビーイングに関する知識を持っているようです。
戦いたがっているのが問題ではありますが…。
とにかく、万が一の事態に一番適切な対応を取れるのは「ジゼル」に間違いないでしょう。』
話の区切りがついたところで、奏は軽く頭の中で依頼内容を整理する。
「…大判市に行って、そのレネゲイドビーイングを何とかしてくる…ってことですか?」
『そうですね。われわれの目的は人々の混乱を防ぎ、人々をレネゲイドの危険から守ることです。
レネゲイド濃度を下げられるならそれに越したことはありませんし、その封印というものが解けないのであれば無理にどうこうする必要はないと思います。』
奏の問いに、霧谷は簡潔に答えた。
『大判市を管轄内に含む、現地に一番近い支部には既に連絡を取ってます。
奏さんと舞さんは、まず支部に向かい、彼らと共に大伴市に行ってください。
あそこの支部長は優秀な人物なので、冷静で的確な判断を下してくれるでしょう。是非お互いに協力し合ってください。』
「わかりました。」
「………了解。」
二人が霧谷に対して返事を返したところで、画面の向こう側からバタバタバタッと足音が聞こえてきた。
すると、バタッと霧谷のいる部屋の扉が開いて、入ってきた女性が大声で叫ぶ
『「霧谷さぁぁぁん!!また薬王寺さんの支部のエージェントが全滅しましたぁぁ!!」
な、なんですって!?す、すみません、緊急のトラブルが起きたようなので、私はこれで一旦失礼したします!舞さん、奏さん、御武運を祈ります!では!」
霧谷は慌しくその場を占めると、通信はぶちっと切れてしまった。
通信がきれた後、裕子が少しため息混じりにプロジェクターを片付けだす。
「また薬王寺ちゃんとこか…霧谷さんも大忙しね。」
「ほんとう、いつも大変ですよね…」
「あんな様子じゃ、いつか過労死しちゃうわよ。間違いなく。あ、そうそう、これは舞ちゃんに渡しておくわね?」
といって、片付けを軽く済ませた裕子は舞に近寄り、肩にちび裕子をぽん、と置いた。
「任務、よろしくね?」
「…………ん」
肩にちび裕子をのせたまま、舞は頷いた。
…………
「そんなわけで私たちは協力してくれる支部にディメンションゲートでひとっとびしたんだけど、
私たちが準備と化している間に大判市のレネゲイド濃度がぐーんとあがっちゃって、支部の協力者さんたちはとりあえず先に出発しちゃったんだよね。
で、残った支部の人から、現地合流を言い渡されて、支部に残ってた人にも、
私たちの中にもディメンションゲート使える日といなかったから、今電車に乗って揺られてるってわけ?
言っておくけど、これはただのじょうきょうかくにんなんだから」
裕子が舞の肩に乗ったまま状況を語る。
ちなみにディメンションゲートというのは、オーヴァードの能力で出来た「どこで○ドア」のようなゲートのことである。
「……ハァ」
舞は小さく溜息をつく。
この一ヶ月、舞は奏と行動を共にしてきて、ずっと疑問を感じていた。
たとえ自分たちが特殊なオーヴァードだからとしても、どうしてコンビを組ませられたのかと。
彼はまだ、オーヴァードとしては非常に経験が浅いのにもかかわらずいきなり実戦の連発。
オーヴァードは短命だ。力を使えば使うほど、レネゲイドは身体を蝕んでいく。
ただでさえ危険な任務に、レネゲイドによる身体の侵食。
限界を超えれば、ジャームとなる。
そんな、残酷な世界の真理。
以前、舞は奏に問いかけたことがあった。
「……『こちら側の世界』へ踏み込む覚悟…した?」
それは、舞と奏がチームを組むと裕子から聞かされたときのこと。
相変わらずの無感情な顔で、舞はじっと奏を見つめながらそう問いかけた。
その時、奏は少し戸惑いながら
「わからない。僕は、まだこの世界のことをよく知らないから…」
と答えたのだった。
あのときの答えはきっと今も変わっていないだろう。
だから、舞は奏に対し、信頼してみようという気はあるが、若干の不安を抱いているのだ。
彼は…この残酷な世界でどこまで抗えるのだろうか?
『まもなく、大伴駅~大伴駅~』
アナウンスが二人(+α)だけの車内に響く。
それを聞いた裕子が、舞の肩をぴょいっと降りて、膝に立った。
「そろそろ駅につくし、奏くん起こそうか?」
「………ん」
今は、奏のことよりも任務に集中しよう。
舞はそう頭の中で軽く決意し、眠る奏の肩を揺すった。
『大伴駅~大伴駅~お降りの際は、お忘れ物のございませんようお気をつけください…』
電車はホームに停車する。
この静かな町で、二人の新たな任務が始まるのだった。




