第26話「八咫鏡争奪戦」
奏がトラベラーズの思惑……秋家湊の保護……を知り、
かみ合わなかった歯車がやっと潤滑に回りだした。
だが、その上でも、トラベラーズとの衝突は避けられないだろう。
近々戦うことになると、春樹も言っていたから。
それを重々覚悟の上で、奏と舞は、「スノーホワイト」公演当日を迎える。
「ジゼル」が座る席は、一番真ん中の最前列。
ファントムマザーが現れたらすぐに接触できる位置に陣取った。
「ぜぇ…ぜぇ…。しばらく水は飲みたくないわ……」
ふたりの席の横で、裕子がぐったりしてだらんと背もたれによりかかっていた。
何故裕子がここまで疲弊してるかというと、劇団の一般人に怪しまれないよう、
他の席は"全て従者で埋めてある"からだ。
奏は心配そうに裕子を見る。
「ほんと、すごいことやりますよね…」
「霧谷さんも無茶言う……」
ぐったりとした裕子をちらりと見て、舞は静かに始まる前の劇場を眺めていた。
やがて、少しすると少しばかりの緊張の中、ビーっと開始のブザーが鳴って部屋が徐々に暗くなる。
この公演の後、ファントムマザーが現れたら作戦実行だ。
「支配型のレネゲイドビーイングなら、ただ力任せに引っぺがすことはできないでしょうね」
裕子は始まる前に、二人に確認するようにそう言った。
そして目の前で、奏は2回目、舞は初となる白雪姫が繰り広げられる。
スポットライトに照らされる舞台。
世界観に観客を引き込む舞台装置。
華やかに着飾った役者たち。
演目は一見、全て普通に、滞りなく進んでいく。
あの時、裕子と奏が一緒に見たのとまったく同じ通りに。
だが、この空間はあの時とは全く違う、別世界だ。
やがて演目が終わり、従者たちの偽物の拍手が会場に響きわたる。
カーテンコールを迎え、普通ならここで徐々に照明がつく。
だが、照明の代わりに会場を包んだのは、キィンという耳鳴りと違和感。
《ワーディング》だ。
それと同時に、舞台には二人の人物が瞬時に現れる。
鏡を手に、現れたファントムマザーと…
その背後を取り、既に折り畳みナイフを広げて持つ、春樹がいた。
「春樹……!!」
反射的に立ち上がり舞台の上の春樹に噛みつくように真剣な面持ちの奏。
「……来てやったわよ。」
自分も立ち上がるが、奏とは違って至極冷静に構える舞。
春樹はそんな二人を流し見て、目元だけにやりと笑う。
それと同時に、春樹はファントムマザーに向かってナイフで背後から一撃を喰らわす。
『!?』
春樹の背後からの攻撃に、間一髪で気付いたファントムマザーはなんとかその一撃を回避!
それを見た春樹は、上等、と言った感じにニヤッと笑った。
「そううまくはいかないね」
ファントムマザー……に憑依された安倍晴香は、自分に攻撃をするものを確認すると、何歩か後退する。
そして、ファントムマザーが叫びにならない叫び声をあげる
レネゲイドの波動も元より、風圧が凄い!
『奴は私を撃ち殺そうとした! ああ、なんて憎らしい! 許せない!』
そう言い残すと、会場の奥へフッと去っていく
「それじゃあ、当初の予定通り早い者勝ちか…っ!」
そういうと同時に、春樹はすぐに駆け出して行った。
「ま、待てッ!」
「……『あぁ、面倒だ。』」
ファントムマザーの叫び声は、まるで呪いのようにずっと響き渡る。
それは、声が響くように設計された会場がそうさせてるのか、
ファントムマザー声そのものが、呪いを帯びているのか。
奏はその叫びに、思わず呻きを上げ耳をふさいだ。
だが、舞は呪いのようなファントムマザーの叫びに怯まず、最適なスタートダッシュを決めた。
いや、舞ではなく、ちょうどそのタイミングで“変わったから”かもしれない
しかし、ニヤリと笑う春樹が二人の先制を見逃しはしない。
駆け出そうとした舞の足元に、ナイフを投げて牽制してくる。
「………いくよ」
一瞬のうちに、意識を…落として、呼び起こす。
髪が白く染まりあがり、目が赤く開く。
変わった瞬間、迫りくるナイフを飛びのき、同時に流れるようにガシアスブレードを展開する。
「…もう俺の出番か。それくらいピンチなんだな…。」
もう一人の舞、くれはの姿だ。
それを見て、春樹は軽く焦るような表情を見せた。
「くっそ、もう出やがったのかよっ!!帰りてぇ!」
春樹がくれはに変わった舞を見て、走りながらナイフを何本も投げる。
くれはは、迫ってくるナイフを見て、ガシアスブレードを構える。
「んじゃ、いっちょやるか」
くれははニッと笑うと、迫ってくるナイフのすべてを、形なき刃で薙ぎ払う。
ナイフは全て刃にぶつかり、カン、カンと音を立てて床に落ちる。
だがしかしくれはが大量のナイフを払い落すと、そこにはもうファントムマザーどころか春樹の姿もなかった。
だが、春樹がかけていく足音は、まだかすかに響いている。
奏は舞台に飛び上がると、耳を澄ませて二人の方向を探りだした。
すると、耳を澄ました奏の元に、ズンと腹の底に響くようなファントムマザーの叫びが届く。
『奴は私を絞め殺そうとした! ああ、なんて憎らしい! 許せない!』
相変わらず、呪詛のように重く響くファントムマザーの声。
「っ…!!こっち!!」
怯む心を奮い立たせて、奏は声がする方向へと駆けだす。
くれはもその後に続いて、舞台上を駆けた。
走る足音が、劇場に響く。
やがて、横からフッと現れる人影。
それは、真っすぐにファントムマザーを追いかけていた春樹だった。
奏が見つけた道は、逃げたファントムマザーを追う最短距離だったのだ。
「うぇ!?」
ばったりと遭遇した春樹は、素っ頓狂な声を上げる
3人は、ファントムマザーを追いかけ並んで走る。
「鏡を渡すわけには…行かない…!!」
くれはが走りながらそう言う。どちらも下がれない、譲れない。
一歩手を抜いたら相手にすべてを持っていかれる、そんな攻防戦。
すると春樹は二人の妨害をすべく、再び懐からナイフを取り出した。
二人を足止めするつもりだ。
ナイフを投げる直前、前方を駆けるファントムマザーが再び叫ぶ。
『奴は私を刺し殺そうとした!ああ、なんて憎らしい!許せない!』
そして、再び3人を襲う風圧。
「っつぁー!うぜー!下は大火事上は大洪水ってか!!」
いつになく真剣に走り、鏡を追い、二人を食い止めようとする春樹は
やけっぱちのようにナイフを大量に投擲する。
重力使いの春樹のナイフは、そのまままっすぐに奏たちを狙う。
だが、奏も右手を迫りくるナイフに翳し、光を収束させる。
「させてたまるか!!」
いつもの大砲とは違い、細いレーザーがいくつも空中に射出され
ナイフと相殺、空中で甲高い音を立てながらいくつも火花を散らした。
だが、春樹も遅れを取らない!
奏の攻撃を捌きながら二人を出し抜こうと駆ける!
お互い、一歩も譲らぬ攻撃に、痺れを切らし始める。
「あーもう!!邪魔だよ!!」
「いい子はおうちに帰ったらいかがですかーっ!!?」
「絶対嫌だね!!」
ナイフとレーザーの雨は、走るごとに激化していく。
カーテンを破り、壁を抉りながらも、二人は全く互角の攻防を繰り広げていた。
「ぐわーっ!しつこい!!」
「それはこっちのセリフだよ!」
と、奏が放ったレーザーが春樹の足元に
春樹は、こんなの軽々避けれるわ、と言わんばかりにジャンプして交わす。
だが、着地したところに…
「(……………おい、誰だよ。こんなとこにハンカチ落としたやつ)」
世界が一瞬スローに見えた気がした
すってーーーーん!
「っ痛ぇぇええええ!!!?」
足を滑らせ、綺麗に転んだ春樹は、後頭部を床に強打し、その場でのたうちまわる。
それが大きな遅れを生んだ。
舞と奏チャンスと言わんばかりに春樹を置いて、ファントムマザーを追いかけて独走していった。
春樹をどんどん引き離し、やがてファントムマザーは一つの部屋に入り込んでいった。
二人がそこに続いて飛び込むと、そこはそれなりの広さの小道具部屋。
出入口は、二人が入って来た扉のみ。
つまり、袋小路だ。
「…やっと、追い詰めたぞ」
二人の目の前には、逃げ場をなくし、背中を見せて佇むファントムマザーがいた。
ゆらり、と彼女は二人を見据える。
「…もう、逃げられないぜ。ファントムマザー。」
くれはが、ガシアスブレードの切っ先をファントムマザーに向ける。
ファントムマザーの目元は仮面でわからないが、口音を憎悪に歪ませて叫ぶ。
『奴は私を毒殺しようとした!ああ、なんて憎らしい!許せない!』
彼女が叫ぶと同時に、ファントムマザーは舞がかつて深夜の劇場で見た幻影の分身を、部屋中に大量に展開した。
これでは、本物がどれかわからない。
「!」
「…またか、しつこいやつめ」
群がる幻影。
だが、一度幻影を見て、今回本物を見た舞。
その記憶を、くれははしっかり受け継いでいるのだ
「あいつ越しできっちり見てるんだよ俺は…!!」
くれははガシアスブレードをブンと、一振りする。
すると、剣圧で、他の偽物は全て吹き飛ばされた。
偽物なんて、この程度で十分だった。
『あ…!ぐ…!』
ファントムマザーは、仮面を押えてふらつく。
なにせ、本体はあくまで仮面で、その力は安部晴香の体を乗っ取るのにそれなりの力を使っているのだ
その上にさっきの大量分身。奴は疲弊しているだろう
「これで終わりだよ」
奏が一歩、ファントムマザーに近づいた。
『あ…! うう…!』
苦しみながらも、ファントムマザーは再び叫ぶ。
『や、奴は…。奴はッ! 私を! 毒殺しようとした! 憎らしい! 憎らしい憎らしい! 許せないッ!!』
「…白雪姫の残骸が、人の体乗っ取っていい気になってるんじゃねぇよ…」
くれはも、一歩、ファントムマザーに近づく。
大分憔悴しきっているファントムマザーから、切っ先を外した。
「…奏、あとはお前に任せる。」
「…わかった。」
奏は、ゆっくりとファントムマザーに近づき始める。
ぶるぶると肩を押え、ファントムマザーは震えていた。
そんな彼女に、奏は優しく声をかけた。
「大丈夫だよ。何度も何度も殺されそうになるけど、君は助かる。白雪姫は、幸せになれるから」
ファントムマザーは、継母ではないのだ
何度も、継母から殺されそうになった白雪姫、その人のこと。
ファントムマザーは、奏の言葉に、呻きを漏らす。
もう、何も抵抗してこない。
そして、奏の手はファントムマザーの仮面に触れる…
FS判定シーンです。
中々長くなるかと思ったけど、案外分けなくても済みました。
案外さくさく進行して、GM泣いてましたなここ




