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第18話「兄に差す影」

「ここが、住所の病院みたいですね」


「…そうね」


日本支部から、電車を使って移動することおよそ30分程度か。

ちょっと古くて、コンクリートの色あせた病院の前に二人は立っていた。

舞はいつみを連れて、その病院に入りながら大きくため息をついた。


「…あのアンポンタン兄さん…じゃなかった、馬鹿兄さん…」


「それ、どっちも貶してる…」


「…連絡している分まだましよ。この前なんか足折ったのに普通に帰ってきたんだから」


「わ、ワイルドですね…」


舞は小声でいつみと会話しながら病院の受付で面会の受付をすませて病室に向かう。


その途中で、ふと病院のスタッフや患者が舞を見て、

少し驚いたような反応をしたり、ひそひそ話したりしてるのに気付く。


舞は何も気にせず、いつみと軽く話しをしながら病室へと向かった。


やがて舞は、受付で聞いた番号の病室にたどり着く。

そこはどうやら個室のようで、「秋家湊様」と書かれたプレートが一枚だけ下がっていた。


「兄さん、いるんでしょ?入るよ」


舞がガラッと病室の扉を開けると、そこは小さな個室。

ベッドに入ってケラケラと笑う舞の兄…湊がいた。

ギプスとかをしているわけではないが、肩口に白い包帯が巻かれている。


「おっ?舞か。なんだよ、もう来たのかよ」


「……(相変わらず馬鹿丸出し…もういや…)」


舞は軽く眉をしかめると、何を言うでもなくベッドのそばに寄った。


そこで気づいたのだが、兄の病室には既に先客がいた。

窓際に、椅子に座った若い女性がいたのだ。

10代後半から20代前半あたりに見え、

少し色が薄くて茶髪寄りの、ウェーブのかかった長髪で、

地味だが色合いがカラフルなカーディガンにロングスカートといった容姿の可愛らしい女性だった。

女性が舞に向かってどうも。とあいさつをする。

舞もこんにちはと会釈すると、荷物を部屋の隅においてベッドの横に仁王立ちする


「…で、兄さん。こちらの方は?」


「あっ、えっと、妹さん?」


舞が尋ねると、女性が湊と舞の顔を見比べながら言った。

それに対し、相変わらず陽気な笑みを浮かべて湊は言う。


「おーおー。この娘は今のバイト先の子で、安倍晴香ちゃんって言うんだ。

お見舞いに来てくれたんだよ。」


そういうと湊は晴香にも、舞のことを軽く説明した。


「…妹の舞です。馬鹿兄さんがいつもお世話になっています。」


「あ、どうも…。湊さんが、お怪我でしばらくお仕事できなさそうなので、怪我の調子と、バイト先のみんなからのお見舞いの品を、私が代表して持ってきたんです。」


少し自信がなさそうな感じの声だが、声ははっきりとスッととおっていた。


「……そう、ですか」


舞がそう返すと、湊はニッとした笑顔を浮かべながら腕を組んだ


「ふっふっふー。晴香ちゃんはスゲーんだぞ?今のバイト先で彼女はなぁ?

……ってあれ?今のバイト先、お前に話してたっけ?」


「…たとえ話してたとしても兄さんの妄言だって聞き流しているかも」


「おいおい、哀しいこと言うなよ…」


晴香はそんな兄妹のやりとりを、苦笑いを軽く含んだ微笑みで見ていた。


「劇団『スィズン』って言やぁお前も流石に知ってるだろ?

俺はあそこで大道具の手伝いしてたんだぜ?凄いだろう!?

……ま、これからしばらく休むんだがな…」


湊は、負った傷の包帯を軽く見ながらははは…と遠い目をしながら苦笑いした。


「……で、それが彼女と何の関係があるの?」


「そうそう。んで、晴香ちゃんはそこの女優さんなわけだ!

丁度今やってる公演で主演張ってるんだぜ?

演目は、『スノーホワイト』!あれだあれ、白雪姫だよ!」


「……へー」


舞は、それを聞いて先ほどの裕子の持っていたチケットを思い出すが、

特に表情は変えず棒読み風に返した。


「お土産の品の中に『スノーホワイト』のチケット入れておきました。

公演期間も長いので、お兄さんのお怪我が治ったら、もしよかったら一緒に身に来てください」


「…お気遣いどうも」


舞が晴香に対して頭を下げると、再び湊に向かって悪態をついた。


「…で、馬鹿兄さんはあの女優さん見て鼻伸ばしてたら事故って現在こうなったと…」


「んにゃ?怪我の理由は別よ。それよりもな。お前に話しておきたいことがあるんだ」


するとそこで、ガラガラッと病室の扉が開かれる。

そこから入って来たのは、あまりにも意外な人物だった。


「湊さーん、花瓶の水変えてきましたよー」


まるで看護師かなにかのように、春樹辰巳が平然と湊の病室に花瓶を持って入って来た。

湊は、意外にも彼に対しておー、どうもどうもと自然に話しかける。


当然、舞はすぐに春樹に気づいて、無意識に彼を鋭く睨みつける。


しかし、やはり春樹は相変わらず軟派な態度で、超自然体で話しかけてきた。


「…お?来た来た。大判市ぶりだな。元気にしてたー?」


「(なんか見たことある人出てきた…)


今まで傍らで見ていただけのいつみも、春樹を見て舞と春樹の顔をきょろきょろと見やる。

舞は自然と絡んでくる春樹を無視して、湊だけを見て言う。


「何?生活ならバイトでどうにかできるけど」


「まぁまぁ待て待て」


「そうだよ。お前は少し急ぎすぎるきらいがある。」


湊と春樹は、まるでずっと前からの付き合のように息ぴったりに舞をなだめる。

その雲行きが怪しくなるような微妙な空気を察した晴香は、すっと座っていた椅子から立ち上がる


「あ、あの…大事そうなお話があるなら、私はそろそろ退散しますね?

湊さん、お大事に。春樹さんも失礼します。」


「はいはい。お見舞いありがとさん。」


「それじゃあ、さよならー」


そういってぺこりと頭を下げて彼女は病室を後にする。

扉が閉まり、病室には依然として重い濁った空気が流れている。


部外者がいなくなった空間で、最初に口を開いたのは舞だった


「…で、この人とはどういう関係で?」


舞が春樹を指さしながら湊に問うと、二人ともうーーんと唸った。


「それなんだよなー…」


「どっから話したもんかねぇ…」


二人は少しの間顔を見合わせた後、湊が舞の顔を見ながら問いかけた。


「まず、舞。」


「…なにさ」


「なんで、レネゲイドってのに関して俺に黙ってたんだよ」


その湊の言葉を聞いた瞬間、舞は咄嗟にまた春樹を睨みつけた。

春樹は、軽く舌を出して、顔で「話しちゃった☆てへぺろ☆」と語っている。


その顔を見た舞は、手を額に当ててさっきメールを受けた時よりもさらに深いため息をついた。


「兄さん、本当に馬鹿な人。」


「うるせェ。……俺が、自分から春樹さんに聞いたんだ。てか、その人は恩人だよ」


それを聞いた舞は、もう一度恨みや云々がこもった目で春樹を睨みつける。


「…随分と、私に恩を売っておきたいんだね」


「うるせーよ。感謝こそされ文句言われる謂われはねーぞ?

自分の兄の動向くらいちゃんと把握しとけっつーの」


文句を言われた春樹がムッとした顔をする。

そんな二人を見ながら、湊は「まぁ、順番に話すか」と呟いた。


「まず、お前が何か隠してるのはずーーっと前から気づいてたっつーの。」


湊は、舞をじっと見て真剣な顔つきでそういった。

それは、湊が舞のことをずっと心配してたからわかったことだろう。

舞はそれには、何も返せず言葉にぐっと詰まる。


「だけど、それが何かわからねぇし、お前は聞いたところで話すような奴でもないしな。

だから、休みの時になんか問題抱えてないかとか調べてたんだよ。

んで、なんだ?お前がなんか別の名前?コードネームだっけ?

なんかそんなんで呼ばれてるとか、よーするにお前の裏の顔を知ってるっぽい情報屋見つけたんだよ。

それが、フィルムハーツ、だっけか?」


「FH(ファルスハーツ)ですよ。こっからは俺が」


春樹がそう言うと、湊は、ああ、お願いしますといって言葉のバトンが春樹に渡った。


「よーするに、お前のおにーさんは自力でレネゲイドのことまでたどり着きそうになったわけよ。

FHは非オーヴァードでも人手取り入れようとしてるからな。


んで、この前話した通りFHはセル次第で全然スタイルが違う。

湊さんが顔を突っ込んだのは、一般人勧誘してオーヴァード化の実験施そうとしてる過激派だったんだよ?

そろそろ事態飲み込めたか?」


舞は春樹の説明をすると、もう一度大きくため息をついた。


「…皆まで言わなくても、わかったわ。」


「帰ったらUGNで裏を取りな。あそこは俺らがちゃんと潰しといた。」


「…で、貴方が兄さんを助けた気まぐれには何か理由があって?」


舞がそういうと、春樹は大きくうなずいた。


「あるぜ。」


春樹はいつもの軟派な態度とはうってかわった真剣な顔つきで続ける。


「ほかの連中が、狙ってやがる」


その言葉に、舞も眉がぴくっと動いた


「俺らはお前のことを調べてる過程でまぁ、兄さんの事も知ったんだが、この間

俺がお前の引き抜きしくじったからな。ほかのセルがお兄さん捕まえて盾にしてお前に圧力かけようと企んでるぜ?

信じられないならUGNで裏取れ以下略。」


舞は、訝しげな顔をして春樹を見る。


「……何?兄を保護してやるから俺らに協力しろとでも言うの?」


「んなわけねーよ」


春樹はきっぱりとそう言った。


「もう、俺はお前に任せることにしたわ。

あれだけ力があれば、『紅れ葉』のこともどーにかできるだろ。

UGNお得意の、愛と絆のスーパーパワーとやらで。」


「皮肉を言うのが得意ね、FHの犬が。」


「お前さんに言われたかないねぇ」


そう言いながら、春樹はニッと笑みを見せる。


「ま、俺は今、FHの方向性が気に入らないのさ。つまり、敵の敵は?ってやつ。

因みにここ、うちのセルの傘下の病院。この部屋まで来るとき視線感じなかった?」


「…感じたけど気にはしなかったわ」


舞がそういうと、そうかい。と春樹は言って、話題を切り替える。


「んで、今後の方向性だ。

お兄さんを危険にさらさない一番の方法はなんだと思う?」


「くっくっく。春樹さんは中々悪いことを考えるな…!」


湊は、悪い笑みを浮かべて春樹の顔を見た。

そんな兄に、舞はやれやれと言った感じで肩を下ろした。


「…兄さんも馬鹿だけど、私も対外馬鹿ね。」


何も意見してこない舞に向かって、春樹は言った。


「さっきの答えだが、FHに『秋家湊が人質としての価値がない』とわからせることだ。

UGNで保護しようが、強硬手段大好きなあいつらにはこっちの方が効く。


…で、だ。今俺は上層部になんて言ってるか知ってる?」


舞はそのまま、春樹の答えをまった。


「『例の過激派セルに接触しそうになっていた対象を未覚醒の状態で保護。

最大のタイミングで、人質として秋家舞に圧力をかける予定です。』ってな」


そこで、つまりだな、と湊が話し出す。


「俺、怪我しちゃってしばらく働けないだろ?

春樹さんのセーフハウスえハウスキーパーしようと思うんだが。

これなら怪我した肩に影響ないし。あと給料いいし。」


相変わらず陽気に話す湊に、舞は難しい顔を向ける。


「……なんていうか、とことん不幸だわ」


舞のぼやきをよそに春樹はぴんと人差し指を立てて舞のほうに手を伸ばす。


「まぁ、つまりだ。お兄さんを既にこっちの手札にあると錯覚させる。

まあ切らない切り札があると勘違いさせる。


…これでどうだ?それでもお前が意地でもUGNで保護したいってんなら止めない。

だが、そろそろマスタークラスが動くぞ?ちょーつよい俺様がしくったからな。」


「…とことん性格の悪いやり方を選ぶのね」


性悪な笑みを浮かべる春樹に対して、舞は拳を握った。


「こちらの選択権がないことわかって言ってるじゃない…」


「一番の平和主義と言ってもらいたい。」


「どの口がそれを言う。私を狙ってきたストーカーさんが。」


舞がそういうと、湊は大きな声を上げて大笑いしだした


「あっはっはっはっはwwww」


「兄さんうるさい、ここFHの管轄だからと言っても病院だからね?」


舞が今度は軽く湊を睨んだ。

兄が首を突っ込まなければ、こんなことにはならなかったのだ。

だが、こうなってしまった以上、先ほど自分でも言った通り、舞に選択肢はなかった。


「まぁ、あくまで『敵の敵は味方』理論だ。ちゃんと落ち着き次第お兄さんはそっちに返すし、

そもそも近いうちにまた対峙するだろうなぁ」


「なんか、違う会社でお宝争奪戦してるんだって?」


「そんなとこっす」


春樹が湊の言葉に軽くうなずく。

舞の行き場のない憤りと事を招いた自分の責務が重なり、再び鋭い視線となって春樹に向けられる。


「…あの時は直接叩き潰せなかったけど、今度会ったら直々に叩き潰してあげる」


「うーん。お前は急ぎすぎる一方、話が早くて助かるぜ」


春樹が満足したようにうんうんと頷いた。


「舞」


ふと、湊が横から舞の名前を読んだ。

何?とそっけなく返すと、彼はいつになく優しい顔をして言う。


「俺はこっち側にいるけど、ちゃんとお前のこと応援してるから。

……お前は、餓鬼のころに大分しんどい想いさせちまったからな。

あのころのことは本当に申し訳なく思ってる。だが、そのおかげで大抵の事には動じない奴になってるとも思ってる。


…だから、死ぬな。俺からはそれだけだ。」


湊の、妹を想う優しい言葉に、舞は少しむずかゆいような照れくさいような感情を抱きながらも、

やっぱり表情だけはそこまで変わらないままで。


「……わかったわ。だけど兄さん。」


「うん?」


すると、舞は刃物のような鋭さを効かせた声で言う。


「次に首突っ込んだらその頸、胴から離れてるかもしれないから気を付けてね」


その冷たさや否や、湊だけでなく春樹も背筋にガシアスブレードを突き付けられた感覚を覚えた。


「「怖えぇ……」」


そこで舞は置いてあった荷物を手に取った。

そろそろ帰ろうと思ったのだろう。


「あ、そうそう。帰る前にこれ持ってけ」


それを見た春樹が、ポケットからメモを取り出して舞に投げる。


「…なにこれ。」


「俺のケー番。流石にセーフハウスの住所書くと、どっから漏れるかわからんからな。

信用してないわけじゃないが、安全のためだ。

愛しのおにーちゃんに会いたいときには連絡してくれ」


湊はそれを聞き、口を押えて笑い出す。

舞は軽く湊を一瞥するが、すぐに春樹に向かう。


「…手を出したら殺すよ。」


「前にも言った。殺しは趣味じゃねぇ。」


「…信用はしないけど、兄さんは任せるわ。」


舞はそういうと、病室の扉まで行き扉に手をかけた。


「あ、そうだ。舞舞。」


「…まだ何かあるの?」


舞が手をかけたまま振り向くと、湊の方から紙飛行機が飛んできた。

舞がとっさにそれを受け取ると、それは『スノーホワイト』のチケットだった。


「晴香ちゃんのくれたチケット。俺、こんな状況になっちゃったし怪我もあるし、お前友達でも誘って行けよ。」


「…わかったわ。」


「んじゃ、身体には気ぃつけてな」


「…今の兄さんじゃ説得力ないわ。…じゃあね、兄さん」


舞はそう言うと個室のドアを開け放ち、

ぴしゃんと閉めて去っていった。



病室の窓の外は、舞の心を現したかのような曇り空だった。

このシーン意外と長かった…

上下にするにはちょっとキリのいいところがなかったので一括で。

NPCキャラの中では春樹くんが一番好きです。

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