第17話「束の間の安息」
ここはUGN日本支部。
奏はここで日々ミッションをこなしており、今日は先日行ったとある小さなミッションの報告がてら、チーム「ジゼル」の専用室に向かって支部の廊下を歩いていた。
もう、この廊下を歩くのも何度目だろうか。
あの龍の事件があってから、奏の中ではもう大分この仕事がこなれてきてしまっていた。
まるで、いつも学校の授業を受けているのと、同じような慣れ。
…世界の裏側に、馴染んできてしまったということだろうか。
そんなことを考えながら、奏は廊下の角を曲がろうと足を進める。
すると、目の前にいきなり人が現れ、避ける間もなくその人物とぶつかってしまった。
「うわっっ!!」
「わっ」
どんっという身体がぶつかる音と、ファイルがばさぁっと落ちる音。
奏はぶつかった衝撃でその場に尻餅をついた。
ぶつかってしまった相手もまた、尻餅をついている。
「ってて…あの、大丈夫ですか?」
奏はすぐに起き上がると、ぶつかってしまった相手を見た。
「っとと…眼鏡落ちちゃったよ…」
それは、20代であろう女性だった。
スーツ姿に、隣には落としたファイルケース。
肩下まである緑がかった長髪をハーフアップにしているのが特徴的な人物だ。
奏は、自分の足元に転がっていた彼女のものであろう眼鏡を拾い上げると、彼女に差し出した。
「あの、どうぞ」
「あら、ありがと」
彼女は眼鏡を受け取ると、すっとかけなおす。
「いえいえ、僕が気づかなかったので…」
「それはお互い様。」
「あっ、はい………?」
女性は、眼鏡をかけなおしてから、ずっと奏の顔を見ていた。
意外なものを見たような、ちょっとだけ見開いた目で
「あの…僕の顔に、なにかついていますか?」
「ん?別に何もないわよ?それよりちょっと悪いけど、引っ張ってもらえる?」
と、まだ尻餅をついたままの女性が右の掌を前に差し出した。
「あ、わかりました。」
奏はそういうと、無意識に右手の方を差し出した。
UGNの支部の中では、“それ”を隠す手袋はしていなかった。
女性は、それを待ち構えてた言わんばかりに手を取ってほぼ自力でスッと立ち上がり、
すかさず奏の手をぐりんと裏返す
「わっ…!」
予想外の動きに、奏は少しよろめきそうになるが、何とか踏みとどまった。
女性は、そのままじっと奏の手の甲にある石を、じっと見つめている。
「ふむ、これが“カンマシェイプクリスタル”…。原因由来一切不明の賢者の石。直訳すればそれなりなんなのか予想は付くけどまぁ早計は駄目よね。そして何より特筆すべきなのがこの小さな石に込められたレネゲイド濃度。ただでさえ高レネゲイド濃度である賢者の石なのに、このカンマシェイプとやらは、“少なく見積もって”通常の5倍、てかぶっちゃけどのくらいの濃度圧縮がされてるかすら不明。そんな物質が特に周りに影響も与えず平然と在り続けることがまず理解不能と研究チームが泣き言を言っている……」
そして、奏に聞こえるかどうかの小声でむつかしいことをワッと呟いた。
ブツブツと何かの呪文のように唱えだした女性に、奏は疑問を浮かべながら声をかける。
「あ、あのー…?」
「ん?」
次の瞬間、彼女は何事もなかったかのようににぱーっと笑う。
「ああ、起こしてくれてありがと♪」
「は、はい…」
僕全然引っ張ってませんでしたよ。という言葉が出そうになったが、その笑顔を見て言葉は飲み込まれた。
女性は手を放した後、足元のファイルケースを拾い上げ、
崩れた髪を片手ですっとかき上げながら
「手間取らせちゃってごめんね?」
というと、颯爽と隣を通り過ぎて行った。
「……」
たったほんの少しの間ではあったが、彼女の放つ毅然としたオーラと雰囲気に、
奏は少しの間呆然と、去っていった彼女の背中を見つめた。
そして奏がぽかんと突っ立っていると、横から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「“家政婦は見た”…!」
角になっている壁から覗きこむようにして、裕子がこちらを見ていた。
奏はそれに気づいて振り返ると、少し呆れたような顔をする。
「……何してるの、裕子さん」
「えっ?奏くんのナンパ現場を目撃しちゃったから、舞ちゃんにチクるかいつみちゃんにチクるか悩んでいたところだけど??」
「な、ナンパなんてしてないよ!!」
裕子は奏をいじりながら笑うと、壁の角から出てきて奏の肩をぽんと叩く。
「まー、あの人はやめておきなさい。あれで意外とモテるから。」
「だから違うってば…」
奏は、裕子にいじられちょっと嫌そうな顔をする。
だが裕子は、あー、と言ってぶつぶつと独り言をつぶやいた。
「でもひさむ~はどうなんだろう?彼はただの世話焼きかもしれないからなぁ…」
裕子はその独り言を言いながら歩き出す。
奏にはよく聞こえなかったが、とりあえず裕子に質問した。
「…というか、裕子さんあの人のこと知ってるの?」
「あの人も私も管理職なのよ。まぁ、お世話になったり、世話焼いたりしてるから…。それなりには、ね?
しっかし、日本支部に来るなんて、今日は何の用かしら??」
裕子は、軽く彼女が去った方を不思議そうに振り返る。
「日本支部の人じゃないの?」
「えぇ。都内の支部の支部長さんよ。まぁ、報告か連絡かなんかでしょう。」
そう雑談をしていると、いつものジゼルの個室に到着した。
ガチャリとドアを開けると、相変わらずの生活感のある部屋の中で、舞が本を読みながら座っている。
「あら?舞ちゃん一番乗りね?」
舞は何も言わず軽くお辞儀してから、再び本に視線を落とした
「お疲れ様です。」
彼女の後ろには、幽霊のようないつみがふわふわと漂っていた。
「お疲れ様。秋家さん、いつみちゃん」
「……ん」
奏の挨拶に、舞は軽く生返事した。
そこで、裕子が声を出す。
「さて、書類関係は適当に片付けちゃうとして…」
と言いつつ、裕子はスーツのジャケットの内ポケットをごそごそと探る。
「じゃじゃーん!!見てみてーー!!」
そういったかとおもうと、2枚の細長い紙きれを取り出した。
奏も舞も、出されたその紙切れに視線を向ける。
「それ…チケット?」
「そう!!聞いて驚け、見て笑え!これはあの“劇団『スィズン』”の公演チケットでーす!!」
いつになくハイテンションになった裕子が、高々とチケットを掲げた。
それを見た舞は、チケットを横目にハッと鼻で笑った
「わ、笑わないでよっ!!裕子さんこれでもナイーブなんだから!!泣くよ!?泣いちゃうよ!?」
「…笑えって言ったの、そっちじゃないですか…」
ハァ、とため息をついて舞はまた本に視線を落とした。
その間、奏はチケットに書かれてる公演内容を軽く読んでいた。
「『スノーホワイト』…。あ、これ今、CMでよくやってる奴ですね。
少し小耳に挟んだくらいだから僕も全然知らないけれど…」
「そうそう!!…というか、舞ちゃん本好きな割にはミュージカルとかの芸能は興味ない方なのね…。こーゆーのむしろ奏君の方が興味ないと思ってた…」
「演劇は好きですよ…でも、文学の方が楽しいですから。」
舞は視線を外さずに言う。
裕子はそんな二人をみて、ごほんと一つ咳払いをしてから言う。
「とりあえず!これはお友達が私にくれたチケットなのです!二人分!つまり、お二人のどっちか、今度私とデートしない!?というか、見に行こう!!是非!!!」
「…なんで僕らなの?」
奏の質問が、裕子にぐさりと刺さった音がした。
「…平日に休みの友達がいないからですぅ…」
凹む裕子に追い打ちをかけるように
「…奏と行って来れば?」
「でも僕も平日だから学校あるかも…」
舞は顔を合わせず、奏はうーんとうなりながらそう言った。
「(冷たい!?思春期の少年少女的には、大人のお姉さんとのお出かけはハードルが高いというの!?)」
裕子が二人の反応にショックを受けていると、
突然、デフォルトの携帯のメール受信音が鳴り響く。
それは、舞の携帯に届いたメールだった。
「…失礼」
舞は本を閉じて携帯を開くと、メールを確認する。
すると、こんな内容が書かれていた。
『from:湊
to:舞
件名:(non title)
ちょっとばかり事故りましたー。
しばらく家にはいないから、実家に戻る時は注意してくれ。
何かあったらこの病院にいるから連絡してくれー。
○×病院
電話番号×××-×××-××××
住所:~~~~~』
「………ハァ~……」
それを読んだ舞は、今日で一番大きいため息をついて、携帯を閉じる。
そのため息を聞いた奏は、何があったのかと声をかける。
「どうしたの?」
「……すいません、ちょっと早引けします。」
すると、舞はさっさと荷物をまとめ、かなりの早足で部屋を後にする。
「えっ!?あっ、お、お疲れさまです…」
「あ、うん…またね?」
二人がさっさと出ていく舞の後姿を見送った。
「(もしかして、遠回しに拒否られた…!!??)」
突然の舞の退室に少し驚いた二人は、そのまま黙る。
そして、奏と裕子だけの、気まずい雰囲気が流れる
取り残された裕子の視線は、じっと奏に向かれていた。
「…じー………」
「………」
「じー………」
段々、裕子の目にうっすらとうるうる涙が出てくる。
それを見た奏は、また乗せられたなと実感しながらも、肩の力を抜く。
「…舞台、いつですか?」
それを聞いた裕子は、その瞬間にぱぁぁぁあと表情が輝き
そして、奏にがばっと抱き着いた
「奏くんっ、大好き!!」
「わ、わっ、ちょ、やめてくださいよぉ!!」
穏やかな日常
束の間の平和
変わらないこの日々が、ずっと続けばいいと思っていた。
しかし、非日常はいつ、どこからでも顔を出すのだった…
第二章、スタートです。
今回出てきたあの女の人は、実はこんな登場の仕方しといて結構出番少なかったりします…
奏くんはかなり押しに弱いです。
ヘタレ要素もどっかしら入ってると思います。




