第9話 すべてをオスにする魔女ですわ♡
「性別は生まれつき決まっている。そう思っていた時期が、私にもありましたわ♡」
「美食さん、そんなことより早く行きましょうよ!」
リーンさんに急かされ、私は森の奥へと足を進めた。
魔族大陸の小さな村で発生した奇妙な事件。
雌だった家畜が次々と雄になり、無性別のスライムさんにまでおちんぽが生えてしまうという、前代未聞の事態である。
さらに村人が三人、行方不明になっていた。
調査の結果、私たちは森の奥に魔王軍の秘密研究所が存在していることを突き止めた。
「師匠、見えてきました」
先頭のアリシアさんが立ち止まる。
木々の隙間から、巨大な石造りの建物が見えた。
高い塀に囲まれた灰色の研究施設。
周囲には見張り台が設けられ、武装した兵士たちが巡回している。
「……随分と厳重ですね」
リーンさんが小声で呟いた。
「まあ! 立派な研究所ですこと♡」
私は感心して建物を眺めた。
「いったいどんな研究が行われているのか、楽しみですわぁ♡」
「楽しむために来たんじゃありません!!」
「うふふ。もちろん分かっていますわ♡」
まずは村人の救出。
その後で、ゆっくり研究内容を調べさせていただきましょう。
◆
研究所の正門には、二人の見張りが立っていた。
「……どうする、師匠?」
アリシアさんが剣の柄に手を添える。
「正面突破なら、私に任せてください」
「中に囚われている方々がいるかもしれませんもの。ここは静かに参りましょう♡」
「《時間停止》」
カチンッ。
世界から音が消える。
見張りの兵士たちも、リーンさんもアリシアさんも、ぴたりと静止した。
「……さて」
私は門番たちの横を通り抜け、門の錠前を確認した。
「《絶対切断》」
ぱきんっ。
錠前を切断し、門を開く。
中庭には荷馬車が停められ、檻や薬品らしきものが入った木箱が並んでいた。
「……あら?」
木箱には、見覚えのある紫色の紋様が刻まれている。
森で助けた魔物さんたちの首輪と同じものだ。
「……やはり、ここで間違いありませんわね」
私は仲間の元へ戻り、時間停止を解除した。
「……あれ!? もう門が開いてます!」
「うふふ。お先に開けておきましたわ♡」
「さすが師匠!」
私たちは門番に気づかれないよう、研究所の中へ忍び込んだ。
◆
石造りの廊下には魔石の灯りが並び、薬品のような匂いが漂っていた。
途中、いくつもの部屋を通り過ぎる。
ある部屋には、奇妙な形をした魔物の骨格標本。
別の部屋には、透明な液体に浸された魔物の器官。
「……まあ!」
私は思わず足を止めた。
「なんて素晴らしい標本の数々でしょう♡」
「美食さん! 今は見学してる場合じゃありませんってば!!」
リーンさんに腕を引っ張られ、私は渋々その場を離れた。
……残念ですわ。
あとで少しだけ見せていただけないかしら。
さらに進むと、廊下の奥から呻き声が聞こえてきた。
「……うう……」
「師匠、あちらです!」
アリシアさんが指さす先には、鉄格子のついた部屋があった。
中には数人の人間が倒れている。
「皆さん! 大丈夫ですか!?」
リーンさんが声をかけたが、返事はない。
私は《絶対切断》で錠前を切り落とした。
中には男女が六人。
いずれも意識を失っていた。
「……この人たちは!」
アリシアさんが一人の男性を指さす。
「村長から聞いた特徴と一致します! 行方不明になった木こりの一人では?」
確認すると、三人の行方不明者が全員見つかった。
「よかった……!」
リーンさんが胸を撫で下ろす。
「でも、どうして誰も目を覚まさないんでしょう?」
彼女は男性の身体を調べ始めた。
「呼吸も脈拍も正常。外傷もほとんどありませんね……」
「眠っているだけ、ですの?」
「そう見えるんですが……」
その時、部屋の隅から声が聞こえた。
「……く、薬だ……」
壁にもたれていた老人が、うっすらと目を開けていた。
「……奴らに、眠り薬を飲まされた……」
「まあ!」
「起きても……また飲まされる……」
老人は再び目を閉じた。
「……なるほど。それなら、試してみます!」
リーンさんは男性の胸元へ手をかざした。
「《体内浄化》!」
淡い緑色の光が、男性の身体を包み込む。
すると。
「……う、ううん……?」
男性がゆっくりと目を開いた。
「……あれ? ここは……?」
「成功です!」
リーンさんが嬉しそうに声を上げた。
「眠り薬にも効いたみたいです!」
「まあ! お見事ですわぁ♡」
「よかったです! ほかの皆さんも起こしますね!」
リーンさんは次々と魔法をかけていった。
やがて、倒れていた人々が全員目を覚ます。
「た、助かったのか……?」
「あなたたちは一体……?」
「通りすがりの勇者ですわ♡」
私はにっこり微笑んだ。
「皆様をお迎えに参りましたの♡」
◆
救出した人々から、研究所について話を聞いた。
「俺たちは森で突然、兵士たちに捕まったんだ……」
「ここへ連れてこられてから、毎日いろんな検査を受けさせられて……」
身体を測定されたり、血を採られたり、奇妙な魔法を浴びせられたりしたという。
「……許せないな」
アリシアさんが唇を噛む。
人間を無理やり実験台にするなど、言語道断である。
「……ところで、こちらではどなたが研究をなさっているんですの?」
私は老人に尋ねた。
「……研究所長という男がいる。だが、ほかにも魔女が一人いるらしい」
「……魔女?」
「若い女だ。研究所の奥に閉じ込められていると聞いた」
「……それはぜひとも、お会いしたいですわね♡」
「その方も助けないといけませんね!」
リーンさんが頷いた。
その時だった。
ガシャンッ!!
『侵入者発見! 侵入者発見!』
突然、壁に埋め込まれた魔石が赤く光り始める。
『施設内の全通路を封鎖します!』
重々しい音とともに、廊下の先に巨大な鉄扉が降りてきた。
「……閉じ込められた!?」
「まあ。随分と厳重な防犯設備ですこと」
「感心している場合ですか!?」
私は扉へ近づき、《絶対切断》を発動した。
鉄板の一部が、すぱりと切り落とされる。
「まあ。普通の鉄扉ですわね♡」
ところが、扉の向こうから複数の足音が聞こえてきた。
「侵入者はどこだ!?」
「実験体を逃がすな!!」
「……まずいな」
アリシアさんが剣を抜く。
「この人数を守りながら戦うのは厄介だ」
私は廊下の壁に掲げられた案内図へ目を向けた。
『魔術研究室』
「……まあ♡」
「アリシアさん、皆様の護衛をお願いできますか?」
「はい! 任せてください!」
「リーンさんも、こちらに残っていただけます?」
「分かりました。でも、美食さんは?」
「少々、魔女さんをお迎えに行ってまいりますわ♡」
「一人で大丈夫ですか!?」
「うふふ。ご心配なく♡」
◆
警備兵を避けながら進むこと数分。
ようやく魔術研究室へ辿り着いた。
私は《絶対切断》で扉の錠前を切り落とした。
中は巨大な実験室だった。
壁には無数の書物。机には複雑な魔導器具が並び、床には巨大な魔法陣が描かれている。
そして部屋の中央には、一人の女性が座っていた。
長い黒髪に、紫色の瞳。
魔女らしい黒いローブをまとい、両手には枷がはめられていた。
「……あなた、誰?」
「ごきげんよう♡」
私は優雅に一礼した。
「通りすがりの勇者、綾小路美食と申しますわ♡」
「……勇者? 本当に?」
「ええ。皆様を助けに参りましたの」
私は彼女の両手に目を向けた。
「その枷、お外ししてもよろしいかしら?」
「……え?」
「《絶対切断》」
ぱきんっ。
金属製の枷が真っ二つになった。
「……っ!? 魔力が戻ってきた……!」
女性は立ち上がり、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます! 私、メルティアと申します!」
「メルティアさん。素敵なお名前ですわね♡」
私は微笑んだ。
「ところで、こちらではどのような研究をなさっていたんですの?」
彼女の表情が曇った。
「……私の魔法を、軍事利用するための研究です」
「……軍事利用?」
「はい。私には、特殊な魔法があるんです」
「まあ! どのような魔法ですの!?」
メルティアさんはためらった後、小さな声で答えた。
「……生き物の性別を変える魔法です」
「…………」
「正確には、雄の身体へと変化させる《雄性変換》という魔法で……」
「…………!」
私は思わず息をのんだ。
まさか。
まさか、そんな……!
「も、もちろん、元に戻すこともできます。ただ、あまり理解してもらえなくて……」
「……メルティアさん」
「……はい?」
私は彼女の手を両手で握りしめた。
「あなたは天才ですわぁぁぁ!!♡」
「ひゃあっ!?」
メルティアさんが飛び上がった。
「えっ!? あ、ありがとうございます……?」
「なんて素晴らしい魔法なのでしょう!!」
生物の根本的な特徴を、魔法によって書き換えてしまう。
これは、まさに奇跡!
「……ということは、メルティアさん!」
「は、はいっ!」
「スライムさんのように、性別のない生き物でも雄にできるんですの!?」
「え? ええ。できますけど……」
「……まああああ!!♡」
私は思わず天を仰いだ。
「無性別のスライムさんまで雄にできるなんてぇぇぇ!!」
「……そんなに喜ばれるとは思いませんでした」
「ちなみに、ゴーレムのような魔導生物でも可能なんですの?」
「……魔力で仮の肉体を作れば、一応……」
「……っ!!」
かつて私は、石のゴーレムさんにおちんぽが存在しないという悲しい現実を突きつけられた。
しかし、この方の魔法があれば……!
「メルティアさん……あなたは私の恩人ですわ♡」
「えっ!? ま、まだ何もしてませんよ!?」
「いいえ! あなたは私に、新たな希望を与えてくださいましたの♡」
「……は、はあ」
メルティアさんは、ますます困惑しているようだった。
◆
少し落ち着いたところで、私は事情を尋ねた。
メルティアさんは元々、各地を旅しながら魔法を研究していた魔女だったという。
ところが、その能力を魔王軍に知られ、捕らえられてしまった。
「研究所長は、私の魔法を利用して、生き物の身体を自由に作り替えようとしているんです」
「……なるほど」
「でも、そんなことのために使いたくなくて……断ったら、魔法を封じられてしまって……」
「村の家畜が変化したのも、あなたの魔法によるものですの?」
「……はい。研究所の装置で増幅された魔力が、周辺に漏れ出してしまったんです」
メルティアさんは悲しそうに俯いた。
「私のせいで、たくさんの生き物が……」
「……メルティアさん」
私は彼女の肩へ手を置いた。
「あなたが望んでなさったことではないのでしょう?」
「……はい」
「でしたら、ご自身を責める必要はありませんわ」
私はにっこり微笑んだ。
「魔法そのものに善悪はありませんもの。大切なのは、どう使うかですわ♡」
「……美食さん……」
「まずは、ここから脱出しましょう」
メルティアさんの瞳に、少しずつ光が戻ってきた。
「……はい! 私、研究所の構造を知っています! ご案内します!」
「まあ! 頼もしいですわぁ♡」
◆
私たちは仲間たちの元へ戻った。
「美食さん! 無事だったんですね!」
「ええ。素敵な魔女さんをお連れしましたわ♡」
「は、初めまして。メルティアです!」
私は二人に、彼女の魔法について説明した。
「……性別を変える魔法?」
リーンさんが目を丸くする。
「そんな魔法、本当にあるんですか!?」
「はい。元に戻すこともできます」
「それなら、村の家畜たちも助けられますね!」
一方、アリシアさんは何やら考え込んでいる。
「……師匠。その魔法で雄になれば、身体能力も変化するのでしょうか?」
「……まあ?」
「もしそうなら、修行に応用できるかもしれません!」
私は思わずアリシアさんを見つめた。
この子……!
なんて勉強熱心なのでしょう!
「素晴らしい着眼点ですわ、アリシアさん♡」
「ありがとうございます、師匠!」
「ちょっと待ってください!!」
リーンさんが割って入った。
「二人とも、変なことを考えてませんよね!?」
「私はただ、より強くなるために……」
「私も純粋に、生物学的な興味から……♡」
「美食さんが一番怪しいんですよ!!」
「……あの、そろそろ脱出した方が……」
メルティアさんが遠慮がちに口を開いた。
「……あっ! そうでした!」
◆
メルティアさんの案内で、私たちは研究所の裏手へ向かった。
「こちらに、物資搬入用の通路があります。森へ抜けられるはずです!」
分厚い鉄扉の錠前を《絶対切断》で切り落とす。
ぎぎぎ……。
扉の向こうには、森へ続く細い通路が伸びていた。
「よかった……!」
リーンさんが安堵の息を漏らす。
「皆さん、こちらです!」
救出した人々が通路へ入ろうとした、その時だった。
「……待て」
背後から、低い声が響いた。
「誰が出て行っていいと言った?」
廊下の奥から、一人の男が歩いてくる。
白衣のような長い上着をまとった、痩せた中年男性。
細い眼鏡の奥で、鋭い目がこちらを睨んでいた。
「……研究所長!」
メルティアさんが声を上げた。
「ほう。メルティアまで解放したのか」
男は冷たい笑みを浮かべた。
「随分と好き勝手やってくれたようだな」
「……あなたが研究所長さんですのね?」
私は一歩前へ出た。
「ごきげんよう。綾小路美食と申しますわ♡」
「……勇者か?」
「ええ。そう呼ばれておりますの♡」
「忌々しい……! せっかく集めた実験体を逃がし、貴重な研究を台無しにしおって!」
「研究そのものは素晴らしいことだと思いますけれど、人を無理やり捕まえるのはいけませんわね」
「何を馬鹿な!」
男は吐き捨てた。
「偉大な研究には犠牲がつきものだ! 魔王軍の勝利のためなら、人間の命などいくら使い潰しても構わん!」
「…………」
……なるほど。
どうやら、この方とは分かり合えそうにありませんわね。
「師匠。ここは私が!」
アリシアさんが剣を抜いた。
「ええ。お願いしますわ♡」
その時。
「……くくく」
研究所長が不気味に笑い始めた。
「勇者ども……まさか、これで勝ったつもりか?」
男は懐から、小さな魔石を取り出した。
「私の研究の、最高傑作を見せてやる!!」
魔石が赤く輝く。
ゴゴゴゴゴ……!!
突然、研究所全体が激しく揺れ始めた。
「きゃあっ!?」
廊下の奥から、重々しい金属音が響いてくる。
ガシャンッ!!
ガシャンッ!!
そして、巨大な鉄扉がゆっくりと開き始めた。
「……あ、あれは……!」
メルティアさんの顔が青ざめる。
扉の奥には暗闇が広がっていた。
ずるり。
ずるり。
やがて、巨大な爪が姿を現した。
続いて現れたのは、異様なほど巨大な魔獣だった。
牛とも獅子ともつかない頭部。
岩のように分厚い四肢。
背中には無数の突起が生え、身体のあちこちに不気味な紋様が刻まれている。
その巨体は、廊下いっぱいに広がっていた。
「……なんだ、あの化け物は……!」
アリシアさんが息をのむ。
「くくく……! 恐れ入ったか!」
研究所長は満足げに笑った。
「これこそ、我が研究の最高傑作!」
「魔王軍が誇る、究極の魔獣だ!!」
「グオオオオオオオオオオッ!!」
凄まじい咆哮が研究所を震わせる。
「……師匠!」
アリシアさんが剣を構えた。
「来ます!」
「……まあ」
私は巨大魔獣を見上げた。
なんて逞しい身体。
なんて雄々しい姿。
地球では決してお目にかかれない、未知の生物。
「……うふふ♡」
私は思わず微笑んだ。
「なんて食べ応えのありそうな魔物さんなんでしょう♡」
「師匠!? 今は食べることを考えてる場合じゃありません!!」
悪しき研究を終わらせ、囚われた人々を解放する。
そして、目の前に現れた未知なる魔獣さんを……。
「ありがたく、いただきますわぁ♡」
――第9話 完――




