第8話 おちんぽが増えてますわ!?
「おちんぽが増えて困っている? まあ、なんて贅沢なお悩みなんでしょう♡」
「贅沢でも何でもありませんよ!!」
リーンさんのツッコミが、のどかな農村に響き渡った。
魔族大陸へ上陸して数日。
私たちは港町ハルガードを出発し、内陸にある小さな村を訪れていた。
周囲には畑や牧草地が広がり、牛さんや羊さんがのんびり草を食んでいる。
しかし、村の人々は困り果てていた。
「実は……村の家畜がおかしなことになっておりまして」
村長さんが深刻な表情で説明する。
「今まで雌だった牛が、ある日突然、雄になってしまうんです」
「……まあ!」
「牛だけではありません。羊や鶏まで、次々と……」
「まあまあまあ!!」
なんてことでしょう!
「おちんぽが増えるなんて、素晴らしい村ですわぁ♡」
「村の人たちは困ってるんですよ!!」
リーンさんが私の肩をつかんだ。
「雌牛が雄になったら、お乳が出なくなっちゃうじゃないですか!」
「……あら」
「鶏だって、卵を産まなくなったら大問題ですよ!」
「……確かに、それは困りますわね」
珍味の研究家としても、雄と雌のどちらか一方ばかりになるのは望ましくない。
「それに、村人まで行方不明になっているんです」
村長さんが声を落とした。
「……人間まで?」
アリシアさんの表情が険しくなる。
「詳しく聞かせていただけますか?」
◆
まず私たちは、実際に性別が変わった家畜を見せていただいた。
牛舎には、立派な雄牛さんが一頭。
「……まあ! なんて逞しい牛さんでしょう♡」
「この牛は、つい三日前まで雌だったんです」
「本当ですの!?」
「ええ。毎朝たくさん乳を出してくれる、自慢の乳牛だったんですが……」
飼い主さんは困った顔で雄牛を見つめた。
「朝、牛舎に入ったら、この姿になっていましてね」
私は手帳を取り出した。
『雌牛から雄牛への変化を確認。原因不明』
「変化する瞬間を目撃した方はいらっしゃいますの?」
「いいえ。気づいた時には、もう……」
次に案内された鶏小屋でも、卵を産んでいた雌鶏さんが、立派な鶏冠を持つ雄鶏さんになっていた。
「コケコッコー!!」
「まあ! 元気なお声ですこと♡」
「師匠、感心している場合では……」
「ですがアリシアさん、生まれ持った性別そのものが、後天的に変化しているんですのよ? これは生物学的に、とんでもない現象ですわ!」
「……確かに、普通ではあり得ませんね」
リーンさんも頷く。
「でも、魔法なら可能なのでしょうか?」
「異常な変化を起こす呪術なら、聞いたことがある」
アリシアさんは腕を組んだ。
「しかし、家畜の性別を変える理由が分からない」
誰が、何のために。
「……ますます興味が湧いてきましたわぁ♡」
「美食さん、ちゃんと村の人たちを助けることも考えてくださいね?」
「もちろんですわ♡」
◆
村長さんによると、異変が始まったのは十日ほど前。
同じ頃から、村人が三人、行方不明になっているという。
「最初は薬草採りの若者でした。その後、森で働いていた木こりが二人……」
「魔物に襲われた可能性は?」
アリシアさんの問いに、村長さんは首を振った。
「遺体も血痕も見つかっていません。それに、夜になると森の奥から見慣れない馬車が出入りしているという噂も……」
「……馬車?」
「黒い布で荷台を覆った馬車です。武装した男たちが乗っていたそうで……」
魔族大陸の内陸部は、魔王軍の勢力圏である。
「……誘拐の可能性がありますね」
リーンさんが呟いた。
「そうだな。ならば、放置できない」
アリシアさんは剣の柄を握った。
「師匠。森を調べに行きましょう」
「ええ。もちろんですわ♡」
私は村長さんに向き直った。
「ご安心くださいませ。行方不明の方々を捜してみせますわ」
「……ありがとうございます!」
◆
村の北側に広がる森は、鬱蒼としていた。
高い木々が陽光を遮り、足元には湿った落ち葉が積もっている。
「……気味の悪い森ですね」
「魔物の気配がする。二人とも警戒を」
アリシアさんが剣を抜いた。
その時だった。
ぷるんっ。
茂みから、青いスライムさんが現れた。
「まあ! スライムさんですわ♡」
「師匠、危険です!」
「少し観察するだけですもの♡」
私はしゃがみ込み、半透明の身体を見つめた。
ところが、よく見ると妙な部分があった。
「……あら?」
身体の一部に、奇妙な突起がある。
どう見ても生殖器を思わせる形状だった。
「…………」
私は目を擦った。
もう一度見る。
やっぱりある。
「……まあ!」
「スライムさんにおちんぽが生えてますわぁぁぁ!?」
「えええっ!?」
リーンさんが飛び上がった。
「な、何を言ってるんですか!?」
「見てくださいませ! こちらですわ♡」
「見せなくていいです!!」
アリシアさんも顔を赤らめている。
「し、師匠……! スライムには、そもそも性別がないのでは……?」
「ええ。通常は分裂によって増殖すると考えられていますわ」
人間や動物のような雄雌の区別はないはずだ。
「……これは、実に興味深いですわね」
私は手帳を開いた。
『スライム。通常は無性別。生殖器と思われる突起を確認』
「……これも、村の異変と関係しているのでしょうか?」
「恐らくな。自然現象とは考えにくい」
さらに観察すると、スライムさんの内部には、かすかな紫色の光が揺らめいていた。
何らかの魔力が残留しているように見える。
私が指先を近づけると、スライムさんはぷるんっと震え、茂みの奥へ逃げていった。
「……残念ですわ」
「追いかけないでくださいね!?」
「うふふ。分かっていますわ♡」
◆
さらに進むと、地面に馬車の轍が残されていた。
「……師匠、こちらを」
アリシアさんがしゃがみ込む。
「新しい跡です。恐らく昨夜か、今朝のものでしょう」
轍を辿ると、人の声が聞こえてきた。
「……急げ! 日が暮れる前に運び込め!」
「分かってる! だが、この荷物は重すぎる!」
私たちは木陰に身を隠した。
前方には黒い布をかぶせた荷馬車と、武装した男たちが三人。
男たちは大きな檻を運んでいた。
「……師匠。どうします?」
「まずは、お話を伺いましょう♡」
私は木陰から姿を現した。
「ごきげんよう、皆様♡」
「……あ? なんだ、お前ら!」
「突然申し訳ありません。この辺りで行方不明の方々を捜しておりますの」
「……知らねえな。さっさと失せろ!」
「まあ。そうですの?」
私は荷馬車へ目を向けた。
「ところで、そちらの檻には何が入っているんですの?」
「……関係ねえだろ!」
男の一人が剣を抜いた。
「余計な詮索をするな!」
「武器を下ろせ。こちらは行方不明者を捜しているだけだ」
アリシアさんが前へ出る。
「うるせえ!」
男が剣を振り上げた。
しかし。
「《時間停止》」
カチンッ。
私は静止した男の横を通り過ぎ、檻を覗き込んだ。
「……まあ」
中には傷だらけの鹿型の魔物さんや、小さな魔物たちが閉じ込められていた。
いずれも首には、不気味な紫色の首輪が取りつけられている。
「……これは、いけませんわね」
私は《絶対切断》で錠前を切り落とし、首輪も慎重に切断した。
時間停止解除。
「……なっ!? 檻が開いてる!?」
「魔物さんたちを解放しただけですわ♡」
「ふざけるな! それは研究所の大事な実験体だぞ!!」
……研究所?
「実験体、ですの?」
「……あっ!」
男がしまったという顔をした。
その隙に、アリシアさんが動く。
「《飛翔斬》!」
光の斬撃が武器を弾き飛ばした。
「ぐあっ!?」
「抵抗するな! 命までは取らん!」
男たちは逃げようとしたが、あっさり取り押さえられた。
「……さて」
私は男たちへ微笑んだ。
「詳しくお話を伺ってもよろしいかしら?♡」
◆
男たちを問い詰めると、森の奥には魔王軍が管理する秘密研究所が存在していると判明した。
彼らはそこで使う魔物を運搬していたらしい。
「……人間も連れ去っているのか?」
アリシアさんが尋ねる。
「……俺たちは命令に従ってるだけだ!」
「質問に答えてください!」
リーンさんが声を強める。
「……ああ。人間も何人か運んだ。だが、何に使われるのかなんて知らねえ!」
行方不明の村人たちも、研究所へ運ばれた可能性が高い。
「……許せないな」
アリシアさんが険しい顔になる。
「早く助けに行きましょう!」
「ええ。そういたしましょう♡」
本人の意思を無視して人間を連れ去るなど、許されるはずがない。
「……ところで、その研究所では何を研究しているんですの?」
「……知らねえよ! ただ……」
男は顔をしかめた。
「運び込まれた魔物が、別の姿になって戻ってくることがあるらしい」
「……別の姿?」
「雌だった奴が雄になったり、身体の形が変わったり……気味の悪い研究だ」
「…………!」
私は思わず息をのんだ。
まさか。
そんな魔法が、本当に存在するというのでしょうか。
「……これはますます、調べる必要がありますわね♡」
「美食さん。目的は村人の救出ですよ?」
「ええ。もちろんですわ。ですが、研究の内容にも大変興味がありますの♡」
「……やっぱり」
リーンさんが頭を抱えた。
◆
男たちを縛り上げ、逃げ出した魔物たちの様子を確認していた時だった。
「……キュウウ……」
先ほど檻から助け出した鹿さんが、苦しそうな声を上げた。
「……あら?」
鹿さんは地面に倒れ込み、身体を震わせている。
すると、その身体から紫色の光が溢れ始めた。
「……っ!?」
「師匠! 離れてください!」
アリシアさんが叫ぶ。
しかし、私は目の前の光景から目を離せなかった。
鹿さんの身体が、みるみる変化していく。
細かった四肢が逞しくなり、頭部から立派な角が伸び始めた。
そして、雌だったはずの身体が、雄の特徴を備えたものへと変わっていく。
「…………」
リーンさんもアリシアさんも、言葉を失っていた。
魔法によって、生き物の身体そのものが作り替えられたのだ。
しかも首輪を外した後にも、変化が続いている。
鹿さんはやがて落ち着きを取り戻し、ゆっくりと立ち上がった。
「……信じられない」
アリシアさんが呟く。
「魔法で、性別そのものを変えたというのか……?」
「……ええ」
私は震える手で手帳を取り出した。
『雌から雄への完全な肉体変化を確認』
『原因――魔王軍の研究所に関係あり』
なんてことでしょう。
もし、どんな生き物でも雄に変えられるのだとしたら……。
「……まあ」
私は思わず頬を押さえた。
「いったいどんな素晴らしい魔法なんですのぉぉぉ!?♡」
「素晴らしくありません!!」
リーンさんが叫んだ。
「家畜を勝手に変えて、人間まで連れ去ってるんですよ!?」
「……ええ。もちろん、それは許せませんわ」
私は手帳を閉じた。
「ですが、この魔法そのものには罪はありませんもの」
魔法は、使う者の意思によって誰かを傷つける道具にも、誰かを幸せにする力にもなり得る。
「参りましょう。まずは捕まっている皆様を助けなくては♡」
「はい、師匠!」
「私も頑張ります!」
私は森の奥へ目を向けた。
この先に、魔王軍の秘密研究所がある。
そこにはきっと、とんでもない研究者が待っているに違いない。
「……うふふ♡」
まだ見ぬ魔法。
未知の生態。
そして、新たな珍味の可能性。
「世界はまだまだ、おちんぽの可能性に満ちていますわねぇ♡」
「だから! 今は人助けの話ですってばぁぁぁ!!」
――第8話 完――




