第6話 勇者、チンポ断ちを命じられますわ!?
「私の辞書に『チンポ断ち』という文字はありませんわ!!」
「じゃあ今すぐ書き足してください!!」
魔族大陸への上陸を目前にして、私とリーンさんは激しく言い争っていた。
事の発端は、先日の食中毒事件である。
アビスシャークさんを生でいただいた結果、私は危うく二度目の人生を終えるところだった。
その一件を受け、リーンさんからしばらく珍味を食べることを禁止されてしまったのだ。
「もちろん普通の食事は構いません! でも、魔物の怪しい部分を食べるのは当分禁止です!」
「そんな……! あんまりですわぁ……!」
「師匠、私もリーンに賛成です」
アリシアさんまで、真剣な顔で頷いている。
「師匠の命を守ることも、弟子の務めですから!」
「まあ……お二人とも、随分と息が合っていらっしゃるのね」
「師匠が心配なんです!」
「分かりましたわ……」
私は観念して肩を落とした。
確かに、先日は二人をひどく心配させてしまった。しばらくの間は我慢するべきだろう。
「……ですが、食材の観察まで禁止というわけではありませんわよね?」
「……観察だけなら」
「うふふ♡ ありがとうございます!」
「……なんだか嫌な予感がします」
その時、甲板から船員さんの声が響いた。
「陸が見えたぞーっ!」
私は顔を上げた。
水平線の向こうに、巨大な大陸が広がっていた。
「まあ! あれが魔族大陸ですのね!」
長かった船旅も、ついに終わり。
新たな冒険の始まりですわ♡
◆
私たちが上陸したのは、港湾都市ハルガード。
魔族大陸に存在する、数少ない人間の領土の一つである。
大陸の大部分は魔物や魔王軍の勢力圏となっているが、沿岸部には人間の築いた港町や砦が点在しているらしい。
ハルガードもその一つだ。
港には多くの船が停泊し、頑丈な城壁の上には武装した兵士さんたちが立っていた。
「……思ったより、普通の町ですね」
リーンさんが呟く。
「港町としてはな。だが城壁の外へ出れば、そこは魔物の巣窟だ」
アリシアさんは周囲を警戒していた。
「魔王城までは、まだまだ長い道のりになりそうだな」
「うふふ♡ 楽しみですわねぇ」
「師匠……本当に怖いもの知らずですね」
港を出ようとすると、入国審査の兵士さんに呼び止められた。
「そこの三人、止まれ。渡航の目的は?」
「魔王様をいただきに参りましたの♡」
「…………は?」
兵士さんが固まった。
「魔王様のお身体には、以前から大変興味がありまして……♡」
「ちょっと待て。今、何と言った?」
「魔王様をいただきたいんですの♡」
「…………」
兵士さんの顔が険しくなる。
「お前、正気か?」
「魔王討伐です!!」
リーンさんが慌てて割り込んだ。
「この方は異世界から召喚された勇者なんです!」
「……勇者?」
「そうだ! 彼女の実力は私が保証する!」
アリシアさんも身を乗り出す。
兵士さんは私をじろじろと見つめた。
「……勇者というのは、こんな女なのか?」
「まあ! 失礼ですわね」
「……とりあえず、身元を確認させてもらう」
結局、入国を許可されるまで随分と時間がかかってしまった。
「美食さん! お願いですから、魔王を食べるとか言わないでください!」
「でも、本当のことですもの」
「言い方の問題です!!」
うーん。
異世界の皆様は、どうにも食文化に対する理解が足りませんわねぇ。
◆
無事に町へ入った私たちは、まず宿を探すことにした。
大通りには食料品店や武器屋、酒場が立ち並び、人々が忙しそうに行き交っている。
そんな中、私の目は一軒の肉屋に釘付けになった。
「……まあ!」
軒先に吊るされていたのは、見たこともないほど大きな骨。
「ご主人! これは何の骨ですの?」
「おう、魔牛の大腿骨だ。内陸で獲れたやつだよ」
「まあ! 魔牛さん!」
私は骨を手に取った。
長さは五十センチほど。ずっしりと重く、表面には不思議な模様が浮かんでいる。
「これでお出汁を取ったら、さぞかし美味しいでしょうねぇ♡」
「……美食さん?」
リーンさんが警戒した表情で近づいてきた。
「まさか、それを食べるつもりじゃ……」
「いいえ。お出汁を取りたいだけですわ♡」
「……普通の料理に使うなら、まあ……」
「では、こちらを一本いただきますわ♡」
私は店主さんに代金を払い、骨を購入した。
「師匠、そんな大きな骨を持ち歩くのですか?」
「ええ。野営の時にスープでも作りましょう♡」
「なるほど。それは楽しみですね」
アリシアさんは素直に喜んでくださった。
こうして私は、立派な魔牛の骨を手に入れた。
◆
宿に荷物を置いた私たちは、情報収集のため酒場を訪れた。
店内には冒険者や傭兵、行商人などが集まっている。
「魔王城への道をお探しですか?」
酒場の主人さんが、私たちの話を聞いて目を丸くした。
「ええ♡ できれば魔王様についても詳しく知りたいですわ」
「……物好きなお客さんだ」
主人さんによれば、魔王城は大陸の遥か内陸にあるらしい。
道中には魔物の生息地が広がり、魔王軍の支配地域も存在する。
「人間が自由に出入りできるのは、この辺りの港町くらいだ。奥へ行くなら命がいくつあっても足りねえぞ」
「まあ……」
私は感心して頷いた。
「ところで、魔王様はどのようなお姿をしていらっしゃるんですの?」
「姿? 俺も直接見たことはねえが……人間に似た姿をした魔人だって話だ」
「魔人……!」
私は思わず身を乗り出した。
「それは人間と同じようなお身体なんですの?」
「いや、一口に魔人と言っても色々だ。角や翼の生えた奴もいりゃ、鱗に覆われた奴もいる。人間そっくりの奴だっているらしい」
「まあ! なんて興味深いのでしょう♡」
私は急いで手帳を開いた。
「ということは、繁殖の仕組みなども種族によって異なる可能性がありますわね!」
「……は?」
「例えば、生殖器の形状や数などは……♡」
「美食さん!!」
リーンさんが私の口を塞いだ。
「酒場で何を聞いてるんですか!!」
「むぐっ!?」
「師匠! そ、そのようなお話は後にしてください!」
アリシアさんまで耳を真っ赤にしている。
まったく、真面目な生物学のお話ですのに。
「……あんた、本当に魔王を討伐しに来たのか?」
「ええ♡ もちろんですわ」
私はにっこり微笑んだ。
「魔王様には、以前から食欲……いえ、興味が尽きませんもの♡」
「…………」
主人さんは何とも言えない顔をしていた。
◆
その時だった。
カンカンカン!!
町の外から警鐘が響いた。
「負傷者だ! 誰か手を貸してくれ!」
慌ただしい声に、私たちは酒場を飛び出した。
城門の前では、傷だらけの兵士さんたちが馬車で運び込まれていた。
「どうしたんですの!?」
「内陸の偵察隊が魔物に襲われたんだ!」
その瞬間。
バキンッ!
馬車の車軸が折れ、大きく傾いた。
積み荷が崩れ、近くにいた子供へ降りかかろうとしている。
「《時間停止》!」
カチンッ。
私は動かなくなった子供を抱き上げ、安全な場所へ移動させた。
時間停止を解除する。
「うわあっ!?」
崩れた荷物が地面へ落ちた。
「アリシアさん! そちらを!」
「承知した!」
アリシアさんが傾いた馬車を支える。その間に兵士さんたちが負傷者を救出した。
「リーンさん!」
「はい! 《ヒール》!」
リーンさんが負傷兵の治療を始める。
骨折していた腕が光に包まれ、傷がゆっくりと塞がっていった。
「……助かった……!」
「無理しないでくださいね!」
ほかの負傷者も次々と治療していく。
どうやら、全員助かったようだ。
「……すごいな、あんたたち」
駆けつけた警備隊長さんが感心した様子で呟いた。
「船から降りてきた妙な勇者の一行だと聞いていたが……」
「まあ。妙な勇者だなんて失礼ですわね」
「……いや、悪かった。礼を言う」
私は微笑んだ。
「困っている方を助けるのは当然ですもの♡」
「そういうことなら、少し話を聞いてくれないか?」
◆
救助した偵察兵さんの一人が、私たちに事情を説明してくださった。
「……黒い獣だ」
「黒い獣?」
アリシアさんが聞き返す。
「ああ。巨大な犬のような魔物だった。森の中から突然現れて、俺たちの部隊を襲ったんだ」
「まあ! 犬さんですのね♡」
「普通の犬じゃない! 大人の男よりも大きく、恐ろしく素早かった……!」
兵士さんの顔が青ざめる。
「しかも、頭がいい。罠にはかからないし、魔法で足止めしようとしても、すぐにこちらの隙を見つけてくる」
「……厄介な相手だな」
アリシアさんが腕を組んだ。
「最近、この街道で何人もの行商人が襲われている。あいつを何とかしなければ、内陸へ進むのも難しいだろう」
「そうですか……」
リーンさんが不安そうに私を見る。
「美食さん。できれば別の道を探しませんか?」
「ですが、魔王城へ向かうには内陸へ進まなければなりませんわよね」
「それはそうですけど……」
私は少し考えた。
犬型の魔物。
しかも、非常に賢く、強い。
いったいどのような生態をしているのだろう。
「……興味深いですわねぇ♡」
「……師匠?」
「異世界の犬さんは、まだ詳しく観察したことがありませんの♡」
「……また変なこと考えてません?」
「うふふ♡ 何のことでしょう?」
リーンさんが深いため息をついた。
◆
その夜。
私たちは宿屋の食堂で夕食をいただいていた。
今夜の献立は、野菜のスープに焼きたてのパン、そして鶏肉の煮込み料理。
「……美味しいですわねぇ♡」
「ほら! 普通の料理だって美味しいでしょう?」
「もちろんですわ♡ 私は普通のお料理も大好きですもの」
アリシアさんが嬉しそうに頷いた。
「師匠! 今日も珍味を我慢なさいましたね!」
「まあ……子供扱いしないでくださいませ」
「でも、ちゃんと我慢できて偉かったですよ!」
「……お二人とも、私は二十九歳ですのよ?」
二人は顔を見合わせて笑った。
まったく。
すっかり保護者気取りですわね。
けれど……。
こうして三人で食卓を囲む時間も、悪くありませんわ。
「明日は街道の様子を見に行きましょう」
アリシアさんが言った。
「魔王城へ向かうためにも、あの魔物を放置するわけにはいきません」
「……危険ですよ?」
リーンさんの言葉に、アリシアさんが頷く。
「分かっている。だからこそ、三人で協力しよう」
「ええ♡ それが一番ですわね」
私は笑顔で応えた。
ところで、明日の旅には、先ほど購入した魔牛さんの骨も持っていこうと思う。
野営の際に、きっと良いお出汁が取れるだろう。
うふふ♡
楽しみですわねぇ。
◆
その頃。
港町から離れた森の奥。
「グルルルル……」
巨大な黒い獣が、静かに歩いていた。
赤く光る双眸。
鋭い牙。
そして、人間の背丈を優に超える巨体。
その足元には、壊れた馬車の残骸が転がっている。
「……グルルル……」
獣は港町の方角へ顔を向けた。
そして。
「ウォオオオオオオオン!!」
不気味な遠吠えが、夜の森に響き渡った。
――第6話 完――




