第4話 勇者たるもの、食わねばならぬ!
「お金がなければ、チンポを食べればいいじゃありませんの♡」
「パンがなければケーキを食べればいい、みたいに言わないでください!!」
朝の宿屋に、リーンさんの悲鳴が響き渡った。
昨日、私たちは交易都市ベルガで雷角鹿さんの親子を救った。その際、子鹿さんのお代として、王様からいただいた旅費をすべて檻に置いてきたのである。
「宿代も食費も、魔族大陸へ渡る船代もないんですよ!?」
「まあ。困りましたわねぇ」
「なんでそんなに呑気なんですか!」
「お金なら、また稼げばよろしいではありませんか♡」
ちなみに今朝の食事は、宿の方が昨日の事件のお礼にと出してくださったものだ。こちらのご厚意がなければ、朝食さえままならなかったらしい。
「そういえば、お昼ご飯はどういたしましょう?」
「だから今から、それを考えてるんですっ!」
リーンさんが頭を抱えたところで、扉が叩かれた。
「失礼する」
現れたのは、昨日知り合った女勇者、アリシアさんだった。銀の鎧に長い金髪、背筋をぴんと伸ばした凛々しい女性である。
「おはよう。二人に相談があって……どうした、リーン?」
「聞いてください! 美食さんが旅費を全部使っちゃったんです!」
「全部? ……あの子鹿を救うためか」
「ええ♡」
「自分の財産を惜しまず命を救うとは、立派な覚悟だ」
「感心しないでください!!」
アリシアさんは少し考えると、一枚の依頼書を取り出した。
「ならば、ちょうどいい。冒険者ギルドに高額報酬の依頼が出ている。交易路を襲うグリフォンの討伐だ」
「まあ! 鷲さんと獅子さんが合わさった、あのグリフォンさんですの!?」
「ああ。空を飛ぶうえに力も強い。すでに何台もの馬車が襲われている」
「なんて興味深い……ぜひお会いしたいですわ♡」
「討伐に行くんだぞ?」
「もちろんですわ♡」
なんと素敵なご依頼でしょう。人々のお役に立てて、旅費も稼げて、伝説上の生き物まで観察できる。
「私も同行していいだろうか」
アリシアさんが言った。
「昨日、あなたの戦いを見て圧倒された。もう少し、あの強さを学びたいんだ」
「まあ! 大歓迎ですわ♡」
リーンさんはアリシアさんに「美食さんのお金の管理だけは任せない方がいいです」と念を押していた。あら、昨日の金貨の件は、そんなにいけなかったのかしら。
こうして、私たちは三人で町を出発した。
◆
グリフォンさんが現れるという山道は、片側が深い谷になっていた。崖の上には大きな巣らしき影も見える。どうやら、この辺りを縄張りにしているらしい。
アリシアさんによれば、昨日も旅商人の荷馬車が襲われ、積み荷が丸ごと失われたという。交易路が使えなくなれば、ベルガの町にも品物が届かなくなる。放っておけないご依頼なのだった。
「私が相手を地上へ引きつける。美食は隙を見て攻撃、リーンは負傷者の救護を頼む」
「はい!」
「頼もしいですわね♡」
歩きながら、アリシアさんが真剣な顔で尋ねてきた。
「美食。あなたは、どんな修行を積んできたんだ?」
「修行……ですか?」
「剣も杖も持たずに、あの強さだ。幼い頃から相当鍛えたのだろう?」
私は前世を思い出した。珍味を求めて山を越え、砂漠を渡り、時には密林にも分け入った。食べたことのない味を探すためなら、苦労を苦労とも思わなかったものだ。
「世界中を旅して、美味しいものを食べ歩いてきましたわ♡」
「……食べ歩き?」
「ええ! 食は人生の喜びであり、力の源ですもの♡」
「……なるほど。食事、か」
アリシアさんは顎に手を当てた。
「剣術、魔力制御、体力づくり……思いつく鍛錬は試してきた。だが食事には、そこまで注意を払っていなかったな」
「まあ、それはもったいないですわ! 食材を知るだけでも世界は広がりますのよ♡」
「ぜひ教えてくれ。強くなるためなら、どんな努力も惜しまない」
真摯な眼差し。なんと熱心な方でしょう!
「もちろんですわ♡」
「……お二人とも、話が噛み合ってます?」
後ろからリーンさんが怪訝そうに呟いた、その時だった。
「――上だ!」
アリシアさんが剣を抜いた。頭上から、巨大な影が落ちてくる。
「キエエエエッ!!」
鷲さんの頭と翼に、獅子さんの胴体。広げた翼は五メートル以上。まぎれもなく、グリフォンさんである。
「まああ! 本物ですわぁ♡」
「喜んでいる場合か!」
グリフォンさんは私たちを通り越し、前方の商人さんの馬車へ急降下した。
「うわああっ!」
暴れた馬が横へ跳ね、車輪が崖の縁に乗り上げる。荷台から商人さんが投げ出されそうになった。
「《時間停止》」
カチンッ。
空中の羽毛も、傾いた馬車も、すべて止まる。
「まずは安全を確保しませんとね」
私は商人さんを抱えて道の内側へ移し、車輪を塞ぐ岩を置いて馬車が転がらないようにした。馬の手綱も固定しておく。
そして時間を戻す。
「ひえっ!? な、なんで俺はここに!?」
「危険ですから、少し離れていてくださいませ♡」
商人さんが呆然とする間に、グリフォンさんが再び旋回した。
「私が相手だ!」
アリシアさんが一歩前へ出て、鋭い爪を剣で受け止めた。
ガキィン!
「くっ……重い!」
大きく羽ばたいたグリフォンさんが空へ逃れる。アリシアさんの籠手には、鋭い爪で削られた跡が残っていた。それでも彼女は一歩も下がらず、剣に魔力を込めた。
「《飛翔斬》!」
光の斬撃が翼をかすめ、グリフォンさんが体勢を崩す。巨体が地面に降り立った。
「美食、今だ!」
「はい♡」
私はグリフォンさんを見つめた。勇壮な翼、よく発達した四肢。もっと詳しく調べたいところだけれど、今は町へ向かう馬車の安全が先だ。
「グリフォンさん。あなたの命、ありがたくいただきますわ」
《絶対切断》。一閃。
巨体が地面へ崩れ落ちた。
◆
「……一撃、か」
アリシアさんが息をのむ。
「やはり、あなたの強さは桁違いだな」
「アリシアさんが地上に引きつけてくださったおかげですわ♡」
リーンさんは商人さんに怪我がないか確かめてから戻ってきた。
「よかった……皆さん、ご無事ですね!」
商人さんも何度も頭を下げてくださった。これで安心して調査ができますわね。
「少々、お身体を拝見しますわよ♡」
私はグリフォンさんの傍らに膝をつき、手帳を開いた。
頭と翼は鳥類型。一方、胴体の後半は獅子さんに近い。地球の鳥類の多くは外部に交尾器を持たないけれど、哺乳類型の部分はどうなっているのだろう。
「……まあ!」
調べてみると、このグリフォンさんは雄だった。下半身の構造も、獅子さんに近いらしい。
『グリフォン。頭部・翼は鳥類型。胴体後部は哺乳類型。雄個体』
体格から推測すれば、食感もなかなか特徴的なものになりそうだ。もちろん、実際に食べてみるまでは分からない。だからこそ、珍味探しはやめられないのですわ。
私は夢中で書き留めた。
「何を調べているんだ?」
「うふふ。地球にはいない生き物ですもの。未知の食材について、いろいろと♡」
「……なるほど。倒した魔物を観察して、身体の仕組みまで学ぶのか」
アリシアさんは感心したようにうなずく。
「そういう研究心も、強さの秘訣なのだな」
「何事も勉強が大切ですわ♡」
「……絶対、違う方向の勉強ですよ」
リーンさんの小声は、どうやら届かなかったらしい。
◆
ベルガへ戻り、討伐の証明をギルドに提出すると、受付嬢さんが目を丸くした。
「グリフォンをお三方で!? あの魔物には何組もの冒険者が苦戦していたんですよ!」
報酬は金貨が詰まった革袋だった。
「やったあ! これで港町へ行けます!」
リーンさんが嬉しそうに跳ねる。
「よかったですわね♡」
「今度こそ無駄遣いしないでくださいね!」
「もちろんですわ♡」
「……お金は私が預かります」
まあ。信用がありませんこと。
グリフォンさんの素材もギルドで買い取っていただいた。ただし、珍しい食材を一部だけ私が引き取ることにした。
「残りは買い取っていただいて構いませんが、こちらだけは手元に残したいんですの♡」
「は、はあ。食用になさるんですね?」
「ええ。とびきりのお料理にいたしますわ♡」
受付嬢さんは頬を引きつらせていたが、私は新しい味に出会える喜びでいっぱいだった。
ギルドを出たところで、アリシアさんが私に向き直った。
「美食。頼みがある」
「なんでしょう?」
「私を、あなたの弟子にしてほしい」
「まあ!」
彼女は真剣な顔で続けた。
「幼い頃から剣を振り、努力だけは誰にも負けないつもりだった。だが、あなたの戦いを見て、まだ学ぶべきことが山ほどあると知った」
握りしめた拳が震えている。
「私はもっと強くなりたい。一人でも多くの人を守るために!」
なんて立派な志でしょう。私も、何かを極めようと努力する方は大好きだ。
「喜んでお引き受けいたしますわ♡」
「本当か!?」
「ええ! ではさっそく今夜から始めましょう。ちょうど素晴らしい食材が手に入りましたもの♡」
「……食材?」
「美味しいものをいただきながら、じっくりお話ししましょう♡」
「……なるほど。食事も修行の一環か!」
アリシアさんは目を輝かせた。
「どんな厳しい修行にも耐えてみせる!」
「まあ! 素晴らしい心がけですわ♡」
リーンさんが私の袖を引く。
「……美食さん。ちゃんと説明してあげてくださいね?」
「もちろん。食材の特徴から調理法まで丁寧に♡」
「そういう意味じゃなくて……」
なんだか難しい顔をしていらっしゃる。新しい仲間ができるのは、嬉しいことだと思いますのに。
◆
その夜。宿屋の厨房を借りた私は、持ち帰ったグリフォンさんの珍味を調理していた。
香草と香辛料で下味をつけ、十分に火を通す。肉質は締まっているが、煮込めば硬さも和らぐはずだ。
「うふふ。楽しみですわねぇ♡」
完成した料理を皿に盛り、食卓へ運んだ。
「お待たせいたしました♡」
「おお、いい香りだな!」
アリシアさんが嬉しそうに身を乗り出す。リーンさんには、別に用意した普通のお肉料理をお渡ししてある。嫌がる方へ珍味を無理強いするつもりはない。
「では、いただきますわ♡」
私は一切れを口へ運んだ。
「んんっ……♡」
噛み始めはコリッと硬い。しかし、噛みしめるほどに獣肉らしい旨味が広がり、後味にはどこか淡泊な風味が残る。鳥さんと獅子さん、その両方を思わせる不思議な味わいだ。
香草のおかげで強い獣臭は和らいでいるものの、鼻の奥にはほんのり野性的な香りが残る。硬さだけが先に立つかと思っていたけれど、意外にも脂には甘みがあった。地球で食べたどの珍味とも、少しずつ違う。
やはり、未知の味を知ることは素晴らしい。この感動を誰かと分かち合えたら、もっと幸せなのでしょうね。
「まあ……これは面白い珍味ですわ♡」
アリシアさんがフォークを持ち上げた。
「美食、一ついいか。これはグリフォンのどの部位なんだ?」
「まあ! いい質問ですわね♡」
早くも食材に興味を持ってくださるなんて、なんて熱心な生徒さん!
「グリフォンさんのおちんぽですわ♡」
「…………は?」
フォークが止まった。
「……い、今、何と?」
「おちんぽですわ♡」
「二度言わなくていい!!」
アリシアさんの顔が一気に赤くなった。
「そ、その……お、男の……あ、あの部分……なのか?」
「ええ♡ 雄のグリフォンさんでしたので」
「そ、そんなものを食卓に……!?」
「まあ! おちんぽは素晴らしい食材なんですのよ♡ 滋養強壮、精力増進、疲労回復! 食べれば身体の奥底から活力がみなぎり、お肌もぷりぷり、髪はつやつや! 美容と健康にもってこいの天然食材なんですの♡ しかも動物さんによって味も食感も千差万別! 美味しく食べて、身も心も元気になれる! まさに大自然が生んだ奇跡のスーパーフードですわぁ♡」
「なぜ急に早口で喋りだすんだっ!?」
アリシアさんはは両手で顔を覆った。
その様子は昼間の堂々たる女勇者とはまるで別人だ。魔物を前にしても動じなかった頬は真っ赤。視線は皿に近づいては逸れ、また恐る恐る戻ってくる。私は、初めて珍味に出会った方ならではの反応を微笑ましく眺めた。
「り、リーン! 知っていたのか!?」
「……何度も警告したつもりだったんですけど」
「なぜ、もっとはっきり言ってくれなかったんだ!」
「だって、修行だからって聞かなかったじゃないですか!」
アリシアさんは皿を見つめ、しばらく沈黙した。
「……美食。あなたは、いつもこういうものを?」
「ええ♡ 珍しい味に出会うのが、私の生きがいですもの」
「…………なるほど」
その表情が、なぜか真剣なものへ変わっていく。
「普通の人間なら尻込みするような食事を、当たり前のように続けている……。だからこそ、あの強さが……!」
「いや、違いますよ!?」
リーンさんが椅子から立ち上がった。
「そんなものを食べても、強くなんてなりません!」
「だが、美食は日常的に食べているのだろう?」
「そうですけど、強さとは無関係です!」
「まだ試してもいないのに、決めつけるわけにはいかない!」
「試さなくていいです!!」
アリシアさんは、決意を固めた顔で私を見た。
「……師匠。私にも、それを食べさせてほしい」
「まああ! もちろんですわ♡」
私は喜んで一切れを取り分けた。
けれど、アリシアさんの手はフォークを握ったまま動かない。昼間、巨大なグリフォンさんと戦った時には一歩も引かなかった方が、今は小さな料理を前に固まっていた。
「……くっ」
「無理なさらなくて結構ですわよ?」
「い、いや……!」
彼女は真っ赤な顔で首を振った。
「私は勇者だ……! 魔物の群れにも、魔族にも立ち向かってきた……!」
「ええ、立派ですわ♡」
「こ、こんな……その……あんなものに、負けるわけには……!」
フォークが少しずつ口元へ近づく。しかし途中でぴたりと止まり、また遠ざかる。
「……普段の私は、剣を握る手を震わせたことなどないのに……!」
「食事は戦いではありませんわよ?」
「し、師匠には分からないんです……!」
リーンさんが「そりゃそうでしょうね」と呟いた。
「アリシアさん、本当にやめていいんですよ!?」
「私は……もっと強くなりたいんだ!」
震える声。それでも彼女の眼差しは真剣だった。
「一人でも多くの人を守るために……私は、逃げない!」
「何から逃げないんですか!?」
リーンさんの声を聞きながら、アリシアさんは深呼吸をした。
「……逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ……!」
「そこは逃げていいんですよ!!」
ぱくっ。
ついに一切れを口に入れた。
「…………っ!」
目を大きく見開き、ぎこちなく噛む。少しして、ごくん、と飲み込んだ。
「…………」
アリシアさんは両手で顔を覆った。
「……た、食べた……。私……食べてしまった……!」
「まああ! 初めての珍味体験、おめでとうございます♡」
私は思わず拍手してしまった。
「お味はいかがでした?」
「……あ、味?」
「ええ♡ 歯応えや香りは?」
「……緊張しすぎて……何も分からなかった……!」
なんと残念なことでしょう。
「でしたら、もう一口いかがです?♡」
「今は勘弁してくれぇぇぇ!!」
アリシアさんの悲鳴が食堂中に響き渡った。
◆
ようやく落ち着いたアリシアさんが、改めて私に向き直った。
「……師匠。私はまだまだ未熟だ」
「まあ?」
「食事一つであれほど動揺するとは……。だが、私は諦めない!」
彼女の眼差しには、昼間と同じ決意が宿っていた。
「いつか必ず、あなたのような強い勇者になる。これからも私を鍛えてほしい!」
「もちろんですわ♡ 一緒に美味しい珍味を探しましょう!」
「はい、師匠!」
こうして、私たちの旅に新たな仲間が加わった。
正義感が強く、努力家で、少々恥ずかしがり屋な女勇者、アリシアさん。
「次こそは、味を確かめられるようにならなければ……!」
まだ赤い顔で呟く彼女を見て、私は嬉しくなった。これほど意欲的な方が仲間になるなんて、きっと旅はもっと楽しくなるだろう。
「アリシアさん。珍味の世界は奥深いですわよ♡」
「覚悟しています、師匠!」
「……もう一人増えちゃった……」
リーンさんだけが頭を抱えていた。
「さあ、皆様! 明日も美味しいチン味を求めて参りましょう♡」
「はい、師匠!!」
「魔王討伐を忘れないでくださいねぇぇぇ!!」
私は新しい生徒さんのため、明日はどんな珍味を探そうかと考え始めていた。アリシアさんも、きっと喜んでくださるでしょう。
なお、アリシアさんが珍味を食べても強くならないと気づくのは、まだ先のお話である。
――第4話 完――




