第2話 おちんぽがありませんわ
「お、おちんぽがありませんわ~~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
私は愕然としていた。
目の前にそびえ立つのは、全長三メートルを超える巨大な岩の魔物、ゴーレムさん。
王都近郊の街道に現れ、旅人を襲っていたという恐ろしい魔物である。
しかし――。
「どこにもっ!どこにもありませんわ……!」
私は時間を止めた世界で、ゴーレムさんの周囲をぐるぐると歩き回っていた。
右から見ても、左から見ても、後ろから見ても。
ない。
どこにもない。
「……もしかして、無性生殖なのでしょうか?」
なるほど。岩から生まれる魔物なら、そもそも生殖器が存在しないのかもしれない。
「はぁ……残念ですわ」
私は深いため息をついた。
とはいえ、このまま放置すれば街道を通る人々が危険にさらされる。
「仕方ありませんわね」
私は右手をかざした。
「《絶対切断》」
そして時間停止を解除する。
ズズズズ……ドッシャーン!!
ゴーレムさんの巨体が真っ二つになって崩れ落ちた。
「す、すげえ!! 一撃でゴーレムを!!」
同行していた兵士さんたちが歓声を上げる。
私は足元に転がってきた岩の破片を拾い上げた。
「……せっかくですし」
女神様から授かったもう一つの能力。
どんなに硬いものでも噛み砕くことができる《オール・バイト》。
今こそ、その力を試す時!
ガリッ!!
「石を食ったァァァ!?」
「…………」
私はしばらく口の中の破片を噛みしめた。
「……石の味ですわね」
「当たり前だろォォォ!!」
残念ながら、美味しいものではなかった。
「ですが、これほど硬いものを噛み砕けるなんて……」
私は自分の歯に触れ、満足げに微笑んだ。
「これならどんなおちんぽも美味しく食べれらますわね♡」
こうして、私の異世界で二度目の魔物討伐は、少々物足りない結果に終わったのだった。
◆
「おお! 勇者殿! またしても魔物を討伐してくださったそうですな!」
王宮に戻ると、王様が大層喜んでくださった。
「いえいえ。当然のことをしたまでですわ」
「なんと謙虚な! さすがは女神様に選ばれし勇者!」
「うふふ♡」
私は丁寧に頭を下げた。
「ところで陛下、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「なんですかな?」
「魔王様は、どちらにいらっしゃるんですの?」
「……魔王ですか?」
「ええ。せっかく異世界へ参りましたし、ぜひ一度お会いしたくて♡」
「お、お会いしたい……?」
王様は少々困惑した様子だったが、やがて一枚の大きな地図を広げてくださった。
「魔王城があるのは、ここから西の海を越えた魔族大陸です」
「まあ! 海を越える必要があるんですのね!」
「ええ。まずは西の港町へ向かい、そこから船を探すことになりますな」
なるほど。
それならば話は早い。
「では、早速出発いたしますわ♡」
「お、お待ちくだされ!」
王様が慌てて私を呼び止めた。
「魔族大陸は恐ろしい魔物の巣窟! いかに勇者殿といえど、一人で向かうのは危険です!」
「まあ……」
「せめて、腕の立つ冒険者を何人か同行させましょう!」
「それは心強いですわね♡」
私としても、一人旅より賑やかな旅の方が好ましい。
何より、異世界の食材について教えてくださる方がいれば、これほどありがたいことはない。
こうして王様は、私と一緒に魔王討伐へ向かう冒険者を募ってくださった。
ところが――。
◆
「勇者様のお供……?」
「ええ。魔王討伐へ向かわれるそうです」
「……ああ、あの女か」
「王宮の宴でチンポが大好物だって言ってた……」
「オークのアレを煮込んで食ったって噂も……」
「しかも兵士に食わせようとしたらしいぜ……」
「…………」
「……俺は遠慮しとくわ」
「俺も」
「わ、私も……」
結果。
同行志願者、ゼロ。
「まあ……」
私は思わず肩を落とした。
「皆様、そんなにお忙しいんですのね……」
王様は何とも言えない表情をしていた。
「……勇者殿。お気を落とさず」
「ありがとうございます。ですが、心配には及びませんわ」
私はにっこりと微笑んだ。
「魔王様には、どうしてもお会いしたいんですもの♡」
「……そ、そうですか」
王様から旅費と地図をいただき、私は一人で西の港町を目指すことになった。
魔王様。
待っていてくださいませ。
いつか必ず、そのお姿を拝見しに参りますわ♡
◆
王都を出発して数時間。
私は西へ続く街道を歩いていた。
「ふふっ……いいお天気ですわね」
道の両側には緑豊かな森が広がり、聞いたことのない鳥の鳴き声が響いている。
まさに異世界。
どこを見ても珍しいものばかりだ。
「この森にも、きっと未知の珍味が……♡」
そんなことを考えながら歩いていると、後ろから声をかけられた。
「あ、あのっ!!」
「……はい?」
振り返ると、そこには若い女性が立っていた。
年の頃は二十代前半だろうか。
栗色の短い髪に、澄んだ緑色の瞳。
白いローブをまとい、背中には小さな荷物。
手には木製の杖を握っている。
「あの! もしかして、あなたが異世界から来た勇者様ですか!?」
「ええ。そうですけれど……」
「やっぱり!!」
女性はぱあっと顔を輝かせた。
「オークの群れを一瞬で倒して、巨大なゴーレムまで一撃で討伐したって聞きました!」
「まあ。もう噂になっているんですのね」
「はい! その強さは本物だって、街の人たちが話していました!」
……どうやら、嬉しい方の噂だけが伝わっているらしい。
「それで……あのっ!」
女性は私の前で深々と頭を下げた。
「お願いします! 私を仲間にしてください!!」
「……まあ!」
これは驚いた。
まさか向こうから仲間になりたいと申し出てくださる方がいるなんて!
「もちろん大歓迎ですわ♡ ですが、まずはお名前を伺っても?」
「はい! リーンと申します! 治癒術師です!」
「まあ! 治癒術師さん!」
私は思わず彼女の手を握った。
「ということは、回復魔法が使えるんですのね!?」
「は、はい! 傷の治療ならお任せください!」
「素晴らしいですわぁ……♡」
ついに!
ついに回復魔法を使えるお仲間が!
これで、未知の食材にもより大胆に挑戦できるかもしれない!
「あの……勇者様?」
「ちなみにリーンさん、食中毒や未知の感染症なども治せますの?」
「えっ? そ、それは……」
リーンさんは困ったように首を傾げた。
「申し訳ありません。普通の怪我なら治せますけど、未知の病気までは……」
「…………」
「……勇者様?」
「……残念ですわ」
「えっ!? 何がですか!?」
「いえ、こちらの話ですわ♡」
どうやら、生食への道のりはまだ遠いようだ。
まあ、焦ることはない。
「ところでリーンさん。どうして魔王討伐に?」
「……実は、私の故郷は魔王軍に襲われたんです」
リーンさんの表情が曇った。
「村は焼かれて、たくさんの人が家を失いました。私はもっと強くなって、いつか故郷を取り戻したいんです」
「……そうでしたのね」
「でも、私には攻撃魔法の才能がなくて……回復魔法くらいしか使えなくて……」
私はそっと彼女の手を握り直した。
「そんなことありませんわ」
「えっ?」
「傷ついた方を癒やせるなんて、とても素晴らしい能力ですもの」
「勇者様……」
「きっと私にも、リーンさんのお力が必要になる時が来ますわ♡」
リーンさんの瞳が潤んだ。
「あ、ありがとうございます! 私、精一杯頑張ります!」
「うふふ。こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ♡」
こうして、私に初めての旅の仲間ができた。
◆
それからしばらく、私たちは森沿いの街道を進んだ。
リーンさんは明るく、お話好きな方だった。
この世界の歴史や魔法、魔物の種類など、私の知らないことをたくさん教えてくださる。
実にありがたい。
「ところで勇者様、魔王を倒した後はどうなさるおつもりですか?」
「そうですわね……。できれば世界中を旅してみたいですわ♡」
「まあ! 素敵ですね!」
「ええ。まだ見ぬ珍味を求めて……♡」
「珍味?」
「うふふ♡」
私が微笑んだ、その時だった。
「うわああああっ!!」
前方から悲鳴が聞こえた。
「な、何でしょう!?」
リーンさんと一緒に駆けつけると、街道の脇で荷馬車が横転していた。
その傍らには、足を怪我した商人らしき男性。
そして――。
「シャアアアアアッ!!」
巨大な蜥蜴のような魔物が、馬車へ迫っていた。
「バ、バジリスク!!」
リーンさんが叫ぶ。
「勇者様! 危険です! あれは猛毒を持つ凶悪な魔物なんです!」
「まあ……!」
私は思わず目を輝かせた。
「蜥蜴さんですのね♡」
「か、感心している場合じゃありません!」
バジリスクさんは大きく口を開き、こちらを威嚇した。
「シャアアッ!!」
「勇者様! 逃げましょう!」
「大丈夫ですわ」
私は一歩前へ出た。
「リーンさんは、あちらの商人さんをお願いいたします」
「えっ!? ですが……!」
「ご安心くださいませ♡」
私は右手を上げた。
「《時間停止》」
カチンッ。
世界が静止した。
◆
「……さて♡」
目の前にいるのは、体長四メートルほどの巨大な蜥蜴型モンスター。
全身を硬そうな鱗が覆い、長い尻尾が地面を這っている。
「まあまあ……なんて立派な蜥蜴さんでしょう!」
私はじっくりと身体を観察する。
地球の爬虫類とは明らかに異なる特徴が多い。
まず、鱗。
金属のような光沢があり、通常の蜥蜴さんより遥かに頑丈そうだ。
「この鱗……もしかすると、硬い食材なのかしら?」
私は指で軽く叩いてみた。
コンコン。
まるで石のような音がする。
「ふむふむ……」
そして、ふとあることを思い出した。
「そういえば、地球の蜥蜴さんには、生殖器が対になっている種類もいましたわね……」
爬虫類の生態は実に奥深い。
もちろん、バジリスクさんが同じ身体構造とは限らない。
「……これは調べがいがありますわ♡」
私は手帳を取り出し、観察結果を書き込んだ。
前世の動物たちと比較できるなんて、なんという幸運!
「さて……」
私は改めてバジリスクさんを見上げた。
この方を放置すれば、商人さんの命が危ない。
食材への敬意も大切だが、人命はもっと大切である。
「バジリスクさん……」
私は静かに手を合わせた。
「あなたの命、ありがたくいただきますわ」
そして――。
「《絶対切断》」
◆
ドサァッ!!
「シャッ!?」
時間が動き出した瞬間、バジリスクさんの巨体が倒れた。
「…………え?」
リーンさんが目を丸くしている。
「バ、バジリスクが……!?」
横転した馬車の近くでは、商人さんも呆然としていた。
「た、助かった……!?」
「うふふ♡ もう大丈夫ですわ」
私はリーンさんを振り返った。
「それより、商人さんの治療をお願いいたします」
「は、はいっ!!」
リーンさんは慌てて駆け寄り、治癒魔法を唱えた。
淡い緑色の光が、商人さんの傷を包み込む。
「おお……! 痛みが引いていく……!」
「もう大丈夫ですよ。少し休めば歩けると思います」
「ありがとう……! 本当にありがとう!」
商人さんは何度も頭を下げた。
リーンさんも嬉しそうに微笑んでいる。
「リーンさん、お見事ですわ♡」
「い、いえ! 勇者様が魔物を倒してくださったおかげです!」
「うふふ。お互いの力を合わせた結果ですわね」
「……はい!」
なんとも頼もしいお仲間である。
さて。
商人さんも助かったことですし。
「それでは……」
私は倒れたバジリスクさんを振り返った。
「今夜はご馳走ですわね♡」
「…………え?」
◆
その夜。
私たちは森の中で野営することになった。
焚き火の上には、ぐつぐつと煮える鍋。
バジリスクさんの肉を使った香草煮込みである。
リーンさんから毒のある部位について教えていただき、食用にできる部分だけを取り分けた。
地元では毒腺を取り除いたバジリスクの肉を食べることもあるらしい。
とはいえ、未知の部位を口にする以上、油断は禁物だ。
「……ふふっ♡」
鍋から立ち上る香りに、私は思わず頬を緩ませた。
「勇者様って、お料理も得意なんですね!」
「ええ。前世では珍味ハンターをしていましたの♡」
「珍味ハンター……?」
「世界中の珍しい食材を探して、食べ歩くお仕事ですわ」
「へぇ~! 素敵ですね!」
リーンさんは感心した様子だった。
どうやら、この世界にも食への探究心を理解してくださる方がいるらしい。
私は嬉しくなった。
「それでは……いただきます♡」
完成した料理を小皿に盛りつけ、まずは香りを確かめる。
「くんくん……」
「…………」
「くっさぁ……♡」
強烈な獣臭。
しかし、オークさんとはまるで違う。
深い森のような香りの奥に、独特の青臭さが混じっている。
「これは……爬虫類ならではの風味なのかしら?」
私は一切れを口に運んだ。
「…………!」
コリッ。
ぷるん。
「んん~~~っ♡」
なんという不思議な食感!
噛み始めは歯を押し返すような弾力があるのに、噛み続けると次第に柔らかくほどけていく。
しかも、鼻を抜けるこの独特のえぐみ!
地球にいたどの爬虫類とも違う味わいがある!
「んんっ……! なんて癖の強いお味……!」
オークさんとは違って淡泊だけどコクがある。
決して万人受けする味ではない。
しかし、その癖の強さこそが珍味の魅力!
「地球の蜥蜴さんとも違う、まったく新しい味わいですわね……♡」
私は夢中になって食べ進めた。
「ああ……美味しい……♡」
なんて素晴らしい世界なのだろう。
私の知らない食材が、まだこんなにも存在するなんて。
「……勇者様?」
「はい?」
リーンさんが不思議そうに首を傾げた。
「それ……そんなに美味しいんですか?」
「ええ! とっても♡」
「へぇ……」
「リーンさんも召し上がります?」
「えっ? あ、いえ……」
私はにっこりと微笑んだ。
「遠慮なさらず♡」
「あの……ちなみに、それって何のお肉なんです?」
「バジリスクさんのおちんぽですわ♡」
「…………」
「…………」
「…………え?」
「おちんぽですわ♡」
「えええええええええええ!?」
リーンさんの絶叫が、夜の森に響き渡った。
「ち、ちちち、ちん……って!? あの!?」
「はい♡」
「そ、そんなもの食べてるんですか!?」
「まあ! そんなものだなんて失礼ですわ!」
「だ、だって……!」
「バジリスクさんが大切に育んだ、立派な食材ですのよ♡」
「そ、そういう問題じゃありません!!」
リーンさんは頭を抱えた。
「……もしかして、王都で噂になってた勇者って……」
「?」
「オークのチン…を食べたっていう……」
「まあ! ご存じでしたのね♡」
「ほ、本当だったんだ……!」
リーンさんは絶望したような顔をしていた。
なぜだろう。
私はただ、美味しいものを食べているだけなのに。
◆
それからしばらくして。
食事を終えたリーンさんが、改まった様子で私に向き直った。
「あの……勇者様」
「はい?」
「一つだけ、約束していただけませんか?」
「もちろんですわ。なんでしょう?」
リーンさんは真剣な顔で告げた。
「私に、変なものを食べさせないでください!」
「…………」
私は少し考え込んだ。
なるほど。
どうやらリーンさんは、珍味料理にあまり慣れていらっしゃらないようだ。
「ご安心くださいませ」
「……!」
「嫌がる人に無理強いするのは失礼ですもの」
「……よ、よかったぁ……!」
リーンさんは心底安心した様子で胸を撫で下ろした。
しかし――。
「ただ……」
「?」
「好き嫌いをせず、いろいろな食べ物に挑戦することも大切だと思いますの♡」
「…………え?」
私はにっこりと微笑んだ。
そして、まだ鍋に残っている珍味を小皿に盛りつける。
「だから、試しに一口だけでも……♡」
「嫌です!!」
即答だった。
「まあ……」
なんとも食わず嫌いな方である。
しかし、食の好みは十人十色。
今はまだ理解していただけなくとも、いつの日かきっと、珍味の素晴らしさが伝わることだろう。
私は微笑みながら、そっと手帳を開いた。
『リーンさん――珍味への理解度:ゼロ』
『今後の成長に期待♡』
「何書いてるんですか!?」
「うふふ♡ こちらの話ですわ」
こうして、私に初めての旅のお仲間ができた。
魔王様の待つ大陸までは、まだまだ遠い。
けれど、焦る必要はない。
この世界には、まだ見ぬ珍味が山ほど存在するのだから。
「さあ、リーンさん! 明日も美味しいチン味を探しに参りましょう♡」
「魔王討伐を忘れないでくださいね!?」
焚き火の明かりが、二人の顔を照らしていた。
私の新たな旅は、まだ始まったばかりである。
――第2話 完――




