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家賃滞納地雷ちゃん  作者: leemero


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6/10

面積は一人で行ってください

 翌朝。


 神谷優人は、玄関の前で五秒ほど立ち止まっていた。


 理由は簡単だ。


 ドアの向こうに、絶対いる。


 そういう確信があった。


 地雷ちゃんという存在は、すでに優人の生活において天気予報に近いものになっていた。


 雨が降りそう。


 風が強そう。


 地雷ちゃんが廊下にいそう。


 そういう感覚だ。


 できれば外れてほしい。


 しかし、こういう嫌な予感ほど当たる。


 優人は小さく息を吐いて、ドアを開けた。


「おはよ」


 いた。


 予報的中である。


 202号室の前。


 地雷ちゃんが立っていた。


 昨日と違って、今日はちゃんと立っている。


 しかも手には履歴書が入ったクリアファイル。


 服もいつもより少しだけまともだった。


 まともというか、本人なりに頑張った感じがする。


 ただ、髪の片側が少し跳ねていた。


「おはようございます」


「どう?」


「何がですか」


「面接行く人っぽい?」


「髪が跳ねてます」


「第一声それ?」


「大事です」


 地雷ちゃんは慌てて髪を押さえた。


 だが、押さえた反対側が跳ねた。


 優人は少しだけ見ていられなくなった。


「くし持ってないんですか」


「ある」


「使いました?」


「見つからなかった」


「あるとは」


「部屋のどこかにはある」


「ないのと同じです」


 地雷ちゃんは唇を尖らせた。


「朝から厳しいな」


「面接に行くんですよね」


「行く」


「なら身だしなみは大事です」


「神谷、面接官みたい」


「普通のことを言っています」


「普通のこと言う人って、だいたい怖い」


「それはあなたが普通から逃げてるからです」


「現実ハラスメント」


「朝から使わないでください」


 優人は鞄から小さな携帯用のくしを取り出した。


 普段使うことはほとんどない。


 たまたま入っていたものだ。


「これ、使ってください」


「え、持ってるの?」


「一応」


「女子力高いな」


「社会人力です」


「言い方がつまんない」


「褒め方が失礼です」


 地雷ちゃんはくしを受け取り、廊下の壁にある小さな窓に映る自分を見ながら髪を整え始めた。


 不器用だった。


 髪をとかしているはずなのに、なぜか別の場所が崩れていく。


 優人は見ないふりをした。


 人には向き不向きがある。


 たぶん、地雷ちゃんは朝の身支度に向いていない。


「で」


 優人は時計を見る。


「面接は何時ですか」


「十時」


「場所は?」


「駅前のカラオケ」


「カラオケ店ですか」


「うん」


「接客、大丈夫ですか」


「いらっしゃーい」


「昨日も言いましたけど、それは居酒屋です」


「じゃあ、いらっしゃいませ」


「急に普通ですね」


「やればできる女だから」


「持続してください」


「持続が一番苦手」


「でしょうね」


 地雷ちゃんはくしを返してきた。


 少しは整った。


 少なくとも、寝起きで廊下に出てきた人間には見えない。


 面接に行く人に見えるかどうかは、相手の優しさ次第である。


「神谷」


「はい」


「ついてきて」


「嫌です」


「即答するなよ」


「昨日も言いました」


「でも寝たら気が変わるかもしれないじゃん」


「変わりません」


「心が強いな」


「あなたの図々しさほどではありません」


 地雷ちゃんは不満そうにクリアファイルを抱えた。


「一人で面接とか怖いだろ」


「普通、一人で行きます」


「普通、怖い」


「怖くても行くんです」


「神谷は面接怖くなかったの?」


「怖かったですよ」


「じゃあ分かるじゃん」


 そう言われると、少しだけ返答に困る。


 面接は怖い。


 優人も就職活動の時、何度もそう思った。


 知らない大人の前で、自分をよく見せる。


 やる気があるふりをする。


 本当は給料と休日が大事なのに、社会貢献だの成長だのと言う。


 あれは、なかなか精神を削る作業だ。


「分かりますけど」


 優人は言った。


「だからといって、俺がついていくのは違います」


「外で待ってるだけでいいから」


「俺も仕事があります」


「休んで」


「嫌です」


「有給」


「あなたの面接で有給を使いたくありません」


「ケチ」


「会社員にとって有給は命です」


「命より地雷ちゃん」


「軽い命ですね」


 その時、一階から足音がした。


 きっちりした足音。


 この足音にも、優人は少し慣れてきた。


 黒崎真琴だった。


 今日も隙のないスーツ姿で、手には通勤バッグ。


 朝から姿勢が良い。


 同じ人類なのに、なぜこうも違うのか。


「おはようございます」


「おはようございます」


 優人が頭を下げる。


 地雷ちゃんはくるりと振り返った。


「黒崎さん、おはよ」


「おはようございます」


 黒崎は地雷ちゃんの服装を見て、少しだけ目を細めた。


「今日は面接でしたね」


「そう」


「髪が少し跳ねています」


「直したのに!」


「まだ少し」


「黒崎さんも第一声それかよ」


「身だしなみは大事です」


「神谷と同じこと言う」


「神谷さんが正しいです」


「正しい人間、多いなぁ」


「あなたの周りに少なかっただけでは」


「刺すねぇ」


 黒崎は鞄から小さな鏡を取り出した。


 そして地雷ちゃんに渡す。


「ここです」


「え、鏡持ってる」


「普通です」


「女子力」


「社会人力です」


「神谷と同じこと言う!」


 地雷ちゃんが心底嫌そうな顔をした。


 優人は少しだけ笑いそうになる。


 黒崎は表情を変えないまま、地雷ちゃんの髪の跳ねた部分を指差した。


「ここを押さえてください」


「こう?」


「もう少し」


「こう?」


「はい」


「なんか面接行けそうな気がしてきた」


「気だけではなく行ってください」


「厳しい」


 地雷ちゃんは鏡を返しながら、黒崎を見た。


「黒崎さんもついてきて」


「行きません」


「早い」


「仕事があります」


「有給」


「あなたの面接で有給は使いません」


「二人とも同じこと言う!」


「当然です」


 黒崎は淡々としていた。


 その淡々さが地雷ちゃんには効くらしい。


 地雷ちゃんは少ししょんぼりした顔になる。


「一人かぁ」


「一人です」


「心細い」


「面接は一人で受けるものです」


「じゃあせめて応援して」


 黒崎は少しだけ間を置いた。


 優人も地雷ちゃんを見る。


 昨日までの地雷ちゃんなら、面接なんて面倒だと言って逃げていただろう。


 でも今日は、服を整え、履歴書を持ち、朝から廊下に立っている。


 それだけでも、たぶん彼女にとってはかなり頑張っている。


「頑張ってください」


 黒崎が言った。


 短い言葉だった。


 けれど、真っ直ぐだった。


 地雷ちゃんは少し驚いたような顔をした。


「……うん」


 その返事だけは、いつもより素直だった。


 優人も少しだけ咳払いをする。


「まあ」


「なに」


「遅刻しないように行けば、それだけで半分くらい勝ちです」


「半分?」


「はい」


「じゃあ残り半分は?」


「ちゃんと挨拶して、ちゃんと話を聞くことです」


「難しいな」


「難しくありません」


「神谷も応援して」


「今しました」


「もっと」


「頑張ってください」


「棒読み」


「頑張ってください」


「二回言えばいいと思ってる」


「思ってます」


 地雷ちゃんは不満そうだったが、少しだけ口元が緩んでいた。


 たぶん嬉しいのだろう。


 分かりやすい。


 そのくせ面倒臭い。


「では、私たちは行きます」


 黒崎が言う。


「地雷ちゃんも、十時ならそろそろ準備した方がいいです」


「まだ時間ある」


「余裕を持って動いてください」


「黒崎さん、時計に支配されてる?」


「社会人なので」


「社会人こわ」


「あなたも社会人になります」


「ならないかもしれない」


「なってください」


 黒崎の圧に押されて、地雷ちゃんは小さく頷いた。


 優人と黒崎は階段を下りる。


 背後から地雷ちゃんの声が飛んできた。


「神谷ー!」


「何ですか」


「受かったら褒めろよ!」


「受かったらですね」


「黒崎さーん!」


「はい」


「落ちたら慰めて!」


「まず受かる努力をしてください」


「厳しい!」


 黒崎は容赦がなかった。


 優人は階段を下りながら、少しだけ笑った。


「黒崎さん、厳しいですね」


「甘やかすと駄目になるタイプです」


「それは分かります」


「神谷さんも、甘やかしすぎない方がいいですよ」


「俺、甘やかしてますか?」


「おにぎり」


「事故です」


「履歴書」


「事故です」


「髪のくし」


「……事故です」


「事故が多いですね」


「自分でもそう思います」


 黒崎は少しだけ呆れたように息を吐いた。


 だが、責める感じではなかった。


「でも」


 黒崎は言った。


「少しずつ前に進んでいるなら、悪いことではないと思います」


「地雷ちゃんがですか」


「はい」


「黒崎さん、優しいですね」


「違います」


「またそれですか」


「違います」


 きっぱり否定する。


 だが、優人には分かってきた。


 黒崎は厳しい。


 言葉も鋭い。


 けれど、根っこはたぶんかなり面倒見がいい。


 本人は認めないだろうが。


 その日の仕事は、いつも通りだった。


 会議。


 資料修正。


 上司からの確認。


 また修正。


 電話。


 謝罪。


 人類はなぜ働くのか。


 優人は心の中で三回ほど転職サイトを開き、三回とも閉じた。


 地雷ちゃんは今頃、面接を受けているのだろうか。


 ちゃんと挨拶できただろうか。


 履歴書を忘れていないだろうか。


 志望動機に「家賃」と書き直していないだろうか。


 そんなことを考えてしまった時点で、もうだいぶ巻き込まれている。


 認めたくはない。


 認めたくはないが、気になった。


 昼休み。


 スマホを見る。


 当然ながら、地雷ちゃんから連絡など来ていない。


 そもそも連絡先を知らない。


 知らないのに、なぜスマホを見たのか。


 自分でも分からなかった。


「何してるんだ、俺」


 小さく呟いて、優人はコンビニのおにぎりをかじった。


 鮭だった。


 なぜ鮭にしたのかは考えないことにした。


 そして夜。


 仕事を終えた優人は、おんぼろ荘へ戻ってきた。


 時刻は午後九時半。


 階段を上る。


 二階の廊下が見える。


 202号室の前。


 いた。


 地雷ちゃんが、体育座りで座っていた。


 手にはクリアファイル。


 朝と同じものだ。


 優人はゆっくり近づく。


「ただいま、ではないですけど」


「おかえり」


「面接、どうでした?」


 地雷ちゃんは黙った。


 優人は少しだけ身構えた。


 落ちたのか。


 何かやらかしたのか。


 途中で帰ったのか。


 いろいろな可能性が頭をよぎる。


 地雷ちゃんは顔を上げた。


 そして、クリアファイルを掲げる。


「受かった」


「……本当に?」


「本当」


「え、すごいじゃないですか」


「だろ?」


 地雷ちゃんは得意げに笑った。


 その笑顔は、いつもの図々しい笑いとは少し違った。


 本当に嬉しそうだった。


 優人も思わず笑ってしまう。


「おめでとうございます」


「もっと」


「よく頑張りました」


「もっと」


「すごいです」


「もっと」


「調子に乗るのでここまでです」


「ケチ」


 地雷ちゃんはそう言ったが、顔はにやけていた。


「いつからですか」


「明後日から」


「早いですね」


「うん」


「ちゃんと行けますか」


「行ける」


「本当に?」


「たぶん」


「そこは言い切ってください」


「行く」


 地雷ちゃんは少しだけ真面目な顔で言った。


 その顔を見ると、信じてもいい気がしてしまう。


 危ない。


 何度も言うが、相手は地雷ちゃんである。


 油断してはいけない。


「でさ」


「はい」


「受かったから」


「はい」


「お祝い」


「嫌な予感がします」


「ご飯」


「やっぱり」


「祝い飯」


「自分で買ってください」


「金ない」


「採用されただけで、まだ給料は出てませんからね」


「そうなんだよ」


「でしょうね」


 地雷ちゃんはお腹を押さえた。


「面接で緊張して、昼食べてない」


「それは食べてください」


「金ない」


「だからといって俺に」


「お祝い」


「理由を変えないでください」


 その時、一階から足音がした。


 今度は軽い足音。


 そしてやたら元気な声。


「おーい! 神谷くーん!」


 熱田翔だった。


 相変わらず声がでかい。


 優人は顔をしかめた。


「夜なので声を小さくしてください」


「おっと、すまん!」


 小さくなっていない。


 翔は階段を上がってくると、地雷ちゃんを見た。


「お、地雷ちゃん! 面接どうだった!」


「受かった」


「マジか!」


「マジ」


「すげえじゃん!」


 翔は本気で嬉しそうに笑った。


「祝勝会だな!」


「だよな!」


「駄目です」


 優人は即座に止めた。


 この流れは昨日見た。


 そして危険だ。


「何でだよ!」


「明後日から仕事なんですよ。初出勤前に飲んでどうするんですか」


「景気づけ!」


「駄目です」


「神谷、厳しいな」


「普通です」


 地雷ちゃんが横から言う。


「じゃあ飲みじゃなくて飯」


「飯ならいいんじゃないか?」


 翔が乗る。


「俺、カップ焼きそばあるぞ!」


「祝勝会がカップ焼きそば」


「俺の中ではご馳走だ!」


「いいじゃん」


「良くないです」


 とは言ったものの。


 優人は少し迷った。


 地雷ちゃんは面接に受かった。


 これは確かに前進だ。


 ほんの少しなら、祝いという形にしてもいいのかもしれない。


 甘い。


 自分でもそう思った。


 だが、何でもかんでも否定していると、本当にやる気が折れそうな気もする。


 面倒臭い。


 人を少しだけ応援するというのは、意外と面倒臭い。


「……じゃあ」


 優人は言った。


「飲みなし。ご飯だけ。短時間。明日の準備もする。それなら」


「やった!」


「よし!」


 二人が同時に喜んだ。


 なぜ自分が許可を出す立場になっているのかは分からない。


 分からないが、もうそういう流れになっている。


「神谷も来いよ」


 地雷ちゃんが言った。


「俺は」


「来いよ」


 翔も言う。


「祝いなんだから!」


「……少しだけです」


「来るんじゃん」


「監視です」


「素直じゃないなぁ」


「うるさいです」


 三人で103号室へ向かった。


 部屋に入ると、翔は本当にカップ焼きそばを出してきた。


 しかも三つ。


「なぜ三つあるんですか」


「常備!」


「独身男性の強さですね」


「褒めてるか?」


「たぶん」


 お湯を沸かし、カップに注ぐ。


 三分待つ。


 その間、地雷ちゃんは面接の話をした。


「最初さ、いらっしゃーいって言いそうになった」


「言わなくて良かったですね」


「寸前で、いらっしゃいませに変えた」


「偉い」


「褒めた?」


「褒めました」


「もっと」


「面接中にちゃんと言い直せたのは偉いです」


「やった」


 地雷ちゃんは嬉しそうだった。


「志望動機は?」


 翔が聞く。


「生活を安定させるため、責任を持って働きたいと考えました」


「おお!」


「神谷が考えた」


「言わなくていいです」


「神谷くん、すごいな!」


「普通です」


「普通が一番すごいんだよ」


 翔が何気なく言った。


 優人は少しだけ黙る。


 地雷ちゃんも一瞬だけ黙った。


 このうるさい男は、たまに妙なところを突いてくる。


「はい、三分!」


 翔が明るく言って、空気が戻った。


 カップ焼きそばを食べる。


 安い味がした。


 だが、疲れた夜には妙にうまい。


 地雷ちゃんは一口食べて、満足そうに目を細めた。


「うま」


「祝勝会だからな!」


「カップ焼きそばだけど」


「勝ったら何でもうまい!」


「分かる」


 地雷ちゃんは笑っていた。


 昨日よりも、少しだけ晴れた顔をしていた。


 優人はそれを見て、まあいいかと思ってしまった。


 本当に甘い。


 自分でも呆れる。


 けれど、今日くらいはいいのかもしれない。


 家賃はまだ払えていない。


 仕事もまだ始まっていない。


 何も解決していない。


 でも、地雷ちゃんは面接に行った。


 受かった。


 それは確かに、昨日より前に進んだ証拠だった。


「神谷」


「はい」


「私、ちゃんと働けるかな」


 急に、地雷ちゃんがそんなことを言った。


 翔も黙る。


 優人は少し考えた。


 大丈夫です、と軽く言うのは簡単だ。


 でも、無責任な気もした。


 だから、少しだけ正直に言うことにした。


「分かりません」


「そこは大丈夫って言えよ」


「でも」


「でも?」


「明後日、ちゃんと行ったら、その分だけ働ける可能性は増えます」


「何それ」


「一日行けたら、次の日も行けるかもしれない。次の日も行けたら、少し続くかもしれない。そういうものだと思います」


 地雷ちゃんは焼きそばを見つめた。


「一日ずつ?」


「はい」


「地味だな」


「現実なので」


「現実ハラスメント」


「今日は控えめにしたつもりです」


「じゃあ許す」


 地雷ちゃんはそう言って、また焼きそばを食べた。


 翔が缶ジュースを掲げる。


「じゃあ、地雷ちゃんの採用を祝って!」


「酒じゃないんですね」


「神谷くんが怒るからな!」


「正解です」


「かんぱーい!」


 三人で缶ジュースを軽く合わせた。


 安い音がした。


 でも、悪くない音だった。


 その後、優人は本当に短時間で会を終わらせた。


 地雷ちゃんは文句を言ったが、今日は意外と素直に部屋へ戻った。


 202号室の前で、地雷ちゃんは振り返る。


「神谷」


「何ですか」


「今日、ありがと」


「翔さんに言ってください。焼きそば出したのは翔さんです」


「翔には言った」


「ならいいです」


「あんたにも言ってる」


 また、こういう言い方をする。


 ずるい。


「……どういたしまして」


「明後日、起こして」


「嫌です」


「初出勤だぞ」


「自分で起きてください」


「不安」


「目覚ましをかけてください」


「三個かける」


「五個にしてください」


「信用ないな」


「ありません」


 地雷ちゃんは笑った。


 そして、ドアを開ける。


「でも、行くよ」


 小さくそう言って、部屋に入った。


 ドアが閉まる。


 優人はしばらくその場に立っていた。


 行くよ。


 その言葉が、妙に耳に残った。


 たったそれだけのことだ。


 仕事に行く。


 普通の人なら当たり前のこと。


 でも、地雷ちゃんにとってはたぶん、大きな一歩なのだ。


 優人は自分の部屋の鍵を開ける。


 今日も疲れた。


 仕事でも疲れた。


 おんぼろ荘でも疲れた。


 だが、不思議と最悪ではなかった。


 部屋に入る直前、下の階から翔の声が聞こえた。


「神谷くーん! 明後日、俺も起こしに行くぞー!」


「来ないでください!」


 優人は即答した。


 やっぱり、おんぼろ荘は最悪かもしれない。

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