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“界”の残響(リフレイン)−断章編−  作者: 黒っぽい猫


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月夜に紡ぐおまじない

第8話前半 「悪夢明けの訓練と優しいおまじない」の時優奈は本に囲まれて調べ物をしていましたが何を調べていたのか何をしていたのかを中心に書きました。

 神書界の夜は静かだ。


 人間界のような街灯も、車の音もない。


 ただ、どこまでも広がる星空と、聖堂の高い天井から差し込む月光だけが、この世界を淡く照らしている。


 万書(ばんしょ)大書殿(だいしょてん)———


 神書界の中心に存在する、無数の魔導書や禁書、歴史書を保管する巨大な書庫。


 その中では、夜になると青白い魔術で照らされた灯だけがぼんやりと浮かび、本棚を静かに照らしていた。


「……うーん」


 積み上げられた本の山の中心で、優奈は頭を抱えていた。


 長机の上には、開きっぱなしの魔導書が十数冊。


 床にも本が散乱している。


 普段ならに整理するタイプなのだが、今はそんな余裕がなかった。


 ステンドグラス越しの月明かりが、青いリボンを結んだ薄桃色の髪を照らす。


「魂の侵食……前例が少なすぎるんだよなぁ……」


 ページをめくりながら、小さく呟く。


 熊川先輩の状態は異常だった。


 人間なのに大量の魔力を持ち、しかも属性が存在しない。


 さらに、あの悪夢。


 普通なら、無理やり魔力を注ぎ込まれた時点で魂が耐えきれず壊れる。


 仮に魔力が注ぎ、乗っ取りが成功してもほぼ魔力は残らない。


 実際、過去の記録でも“成功例”などほとんど存在していなかった。


 だからこそ、分からない。


「……悪夢についての記述もないし」


 開いていた本を閉じる。


 表紙には《魂魄侵食論》と書かれていた。


 だが中身は「大半が死亡した」で終わっている。


「参考にならん〜……」


 机に突っ伏した。


 そもそも、魂への侵食なんて研究自体が禁忌に近い。


 まともな資料が残っているわけがないのだ。


 しばらく悩んだあと、うちはゆっくり立ち上がった。


「……禁書エリア、行くしかないか」


 小さくため息を吐く。


 大書殿のさらに奥。


 そこには、危険な魔術や歴史、封印された知識を保管する“禁書区域”が存在する。


 普通の人なら入られない。


 だがユナリア・セレリーナはそこの管理人だ。


 だから自由に出入りできる。


 聖堂の奥へ進むと、巨大な扉の前に辿り着いた。


 銀色の鎖と複雑な魔術陣で封印された扉。


 魔力を流し込むと、魔術陣が淡く光った。


 ガコン、と重たい音を立てて扉が開く。


「相変わらず物々しいなぁ……」


 中へ足を踏み入れる。


 空気が違った。


 ひやりと冷たく、少し息苦しい。


 並ぶ本棚はどれも古く、禍々しい装飾が施された本も多い。


 うちは数冊を取り出し、ぱらぱらとページをめくる。


「……神にも天にも魔にも属さぬ力」


「無属性魔力……」


「魂と肉体の拒絶反応……」


 目を走らせる。


 だが――。


「……やっぱり、これだけ?」


 書かれている内容はどれも曖昧だった。


 “存在する”という記録だけ。


 詳しい性質も、対処法も、何もない。


 ただ一つ、どの本にも共通して記されていた言葉があった。


『神にも、天にも、魔にも属さぬ灰色の魔力』


 それだけだ。


「……」


 優奈は静かに本を閉じた。


 嫌な予感がする。


 だが、まだ確信は持てない。


「……一旦保留かな」


 これ以上調べても、今は答えが出そうになかった。


 優奈は禁書を元の場所へ戻し、禁書区域を後にした。


 そして次に向かったのは、魔術具を収めているエリアだ。


「えーっと……魔力安定系の魔術具は……」


 本棚を見上げながら歩く。


 熊川先輩には、近いうちに新しい魔術具が必要になる。


 今使っているお守りだけでは不安だった。


 棚から数冊の本を引き抜く。


 そのうちの一冊が、ぽろりと床へ落ちた。


「あ」


 拾い上げる。


 表紙には、丸い文字でこう書かれていた。


 《おまじない集》


「……なんでここに?」


 ぱらりとめくる。


 そこには魔術というより、“眠りを穏やかにするための小さな術式”が載っていた。


「……あ」


 優奈はページを止めた。


 “悪夢を和らげる魔術”。


 悪夢を見て精神が不安定な時、精神を落ち着かせる、かなり古い術式。


「これ、使えるかも」


 完全に悪夢を消すことはできなくても、少しは楽になるかもしれない。


 その時だった。


 ポケットから小さな音が鳴る。


 通信魔術具だ。


 そういえばポケットに通信魔術具を入れっぱなしだった。


「……はい?」


『ユナ様』


 聞き慣れた穏やかな声。


 エルだ。


「どうしたの?」


『今度、少し集まりませんか? ルミさんも含めて』


「あー……」


 うちは少し考える。


 そういえば、そろそろあの時期か…


「いいよ。予定合わせる?」


『ありがとうございます。では後日改めて』


「了解〜」


 通信が切れる。


「……エル、相変わらず丁寧だなぁ」


 苦笑しながら、今度は普通のスマホを取り出し、通話をかける。


 相手は優太くんだ。


『はい、弟です』

「いやその名乗り方なに?」

『冗談です。それでどうしました?』


「明日ぐらいにそっち戻るから、影武者人形回収したいんだよね」

『あぁ、例の人形ですか』

「うん。ベランダ辺りに置いといてくれれば回収するから」


『わかりました。……あ、ちなみに兄の影武者はだれも気づいてません』

「それはそれでどうなの?」

『まあ、あの人形は影武者用なだけあって兄にとてもそっくりですから』

「確かに魔力さえ込めたら大体真似てくれるように作ったからね」


 軽く笑って通信を切った。


 静寂が戻る。


 優奈は再び机へ戻り、本を開いた。


 窓の外では、月が静かに輝いている。


「……さて」


 悪夢。


 灰色の魔力。


 魂への侵食。


 分からないことだらけだ。


 それでも。


「先輩を助けなきゃね」


 ぽつりと呟き、うちは再び本へ視線を落とした。

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