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放課後バーガー  作者: あしゅ太郎


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6話 初舞

 文化祭二日目の朝は、一日目より少しだけ空気が張っていた。


 校舎の中は相変わらず騒がしい。


 展示を見に回る生徒、片づけをしているやつ、ステージ発表の時間を確認して走っていくやつ。


 昨日と同じようで、でもどこか違う。


 たぶん今日は「見る側」じゃなくて「出る側」がいるからだ。


 俺は朝からなんとなく落ち着かなかった。


   教室にいてもそわそわするし、廊下に出てもざわつく。


 何なら自分の手まで少し落ち着いていない。


 発表前って、こんな感じになるのかと思った。


 お笑い研究部の集合場所になっている空き教室へ向かうと、凪先輩はもういた。


 ネタ帳を膝に置いて座っている。ぱっと見はいつも通りで、眼鏡の位置も、足を組んでいる感じも自然だ。


「あ、おはよ。サク、顔かたくない?」

「凪先輩は普通っすね」

「普通のふりしてるだけ。朝、家出る時に眼鏡かけたまま眼鏡探してたし」

「やっぱ緊張してるんじゃないっすか」

「してるよ。だって文化祭の舞台だし」


 あっさり言って、凪先輩は少し笑った。


 凪先輩はそういう時、ほんとにぶれない。


 変な先輩だし、押しは強いし、妙な理屈も多いくせに、こういう場面ではやけにまっすぐだ。


 体育館の袖へ向かうと、中は思ったより人が多かった。


 袖からステージを見ると、客席の明るさと舞台の明るさが思ってた以上に違う。


 あそこに立つのか、と改めて思った瞬間、喉が少し乾いた。


「先いくね」


 八坂先輩が園児帽子をかぶり直しながら振り返る。


「ちゃんと笑ってよ」

「お前らのはたぶん大丈夫だろ」


 凪先輩が言う。


「入りの『物騒だねえ』強いし、最後の締めもきれいだしな」

「次、お前らだよ。入りちゃんと決めればいける」


 櫻葉先輩がこっちを見る。


「決めれば、って」

「決めろってこと」

「分かってます」


 そう返した声が、少しだけ硬かったのは自分でも分かった。


 舞台に「百均前線」が出た瞬間、八坂先輩の園児姿だけでもう空気が変わる。


 コントは、ネタ見せの時よりずっとはっきりウケていた。


「動くな! この子がどうなってもいいのか!」

「おほんっ……いやあ、物騒だねえ」


 最初のこのやり取りで、客席がもう笑っている。


 そこからはもう、彼らの独壇場だった。


 犯人役の櫻葉先輩が脅すたびに、園児役の八坂先輩が妙に達観した口調で返す。


 どれも一発で状況が伝わるし、何より櫻葉先輩の受けがうまかった。


「最後、ちゃんと謝ったら許してあげるから」


 きれいにオチが決まり、拍手がしっかり起きた。


 戻ってきた八坂先輩は汗をかいていたけど、顔はめちゃくちゃ満足そうだった。


「どう!?」

「めっちゃよかった。園児出てきた瞬間、もう強かったっす」


 俺が言うと、八坂先輩は「でしょ!」と笑った。


 いよいよ、放課後バーガーの番になった。


 司会の声が遠く聞こえる。


 コンビ名が呼ばれて、袖から一歩踏み出す。


 照明の明るさが一気に目に入る。


 客席は暗くて全部は見えないのに、人がいることだけははっきり分かる。


 横を見ると、凪先輩がいた。


「いける?」


 口の動きだけでそう聞かれて、俺は小さく頷いた。


 舞台の真ん中に立つ。


 マイクの前に立つと、逃げ場がない感じがした。


 凪先輩が、一拍置いてから口を開く。


「いらっしゃいませ! こんにちは! マイクに向かってこんにちは!」


 反射。ここは迷わない。


「こんにちは!……じゃなくて、ご注文をどうぞ、だろ!」


 客席が笑った。


 その瞬間、少しだけ視界が開けた気がした。


 いける、と思った。


 そのまま、ねぎらいのくだり、安心感のある飲み物、スマイル二倍。流れは悪くない。


 なのに、中盤に差しかかったあたりで、一瞬だけ頭が真っ白になった。


 次、何だっけ。


 ほんの一瞬。なのに、その時間だけやけに長く感じた。


 凪先輩のボケが耳に入る。でも、返すべき言葉が引っかからない。


 まずい、と思った時にはもう遅かった。


 その瞬間、凪先輩が一歩分だけ前に出た。


「さてはお客様、初めてのドライブスルーで少し混乱しておりますね?」


 客席が笑う。


 え、と思う間もなく、凪先輩がそのまま続けた。


「ご安心ください! 当店、初めてのお客様にも優しく対応しております!」

「いや、そっちが言うなよ!」


 気づいたら、口が動いていた。


 凪先輩がこっちをちらっと見た。その目で、『戻れ』と言われた気がした。


 そこからは、なんとか繋がった。


 さっき一瞬飛んだことすら、流れの一部みたいに見えるくらいには。


 最後の「もういいよ!」を言い切った瞬間、拍手が聞こえた。


 舞台袖に戻った瞬間、膝の力が少し抜けた。


「……やば」


 思わずそう呟くと、凪先輩が横で笑った。


「お疲れ」

「すみません。途中、飛びました」

「飛んだな」

「すみません」

「二回言った。まあ、初めてだし」


 凪先輩はそう言ってから、軽く俺の頭をぽんと叩いた。というか、撫でた。


「初めてにしては上出来」


 その言い方が、思ってたよりずっとやわらかくて、なんか一瞬だけ何も返せなくなった。


「……凪先輩。普通に助けられたんですけど」

「助けたからな」

「自信満々だな」

「だって相方だし」


 その言い方は、ずるい。


「よかったじゃん! 途中ちょっと危なかったけど」


 八坂先輩たちが駆け寄ってくる。


「凪、繋ぎうまかったな」

「だろ」

「自分で言うな」


 そのまま四人で感想を言い合う。


 けど、俺の耳にはその全部が少し遠く聞こえていた。


 まだ心臓が落ち着いていないんだと思う。


 舞台の上で、台詞が飛んだ。


 でも、凪先輩が繋いでくれた。ただ助けるんじゃなくて、ちゃんと笑いに変えて。


 あれができるの、単純にすごいと思った。


「次、演劇部だっけ」


 八坂先輩が体育館のほうを見ながら言う。


 その会話の中で、俺はもう一度だけ凪先輩の横顔を見た。


 舞台を終えたばかりなのに、案外いつも通りの顔をしている。


 でも、さっき俺の頭に置かれた手の感触だけが、まだ少し残っていた。


 初めてにしては上出来。


 たぶん、その一言で十分だった。


 完璧じゃなかった。むしろ失敗しかけた。  



 それでも、隣にこの人がいたから最後までやれた。


 そういうのを、ちゃんと嬉しいと思ってしまったのが、なんか少し悔しかった。


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