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放課後バーガー  作者: あしゅ太郎


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8/10

7話 余熱

 文化祭が終わった次の放課後、俺は少しだけ肩の力を抜いて部室へ向かっていた。


 二日続いた文化祭も終わり、発表もなんとか乗り切った。


 昨日までずっと騒がしかった校舎も、今日は嘘みたいに静かだ。


 飾りの一部はまだ残っているけど、空気はもういつもの学校に戻りつつある。


 こういう日は、たぶん少しだらっとするもんだと思っていた。


 少なくとも、俺はそう思っていた。


 部室の引き戸を開けた瞬間、その考えが甘かったと分かった。


「だからそこ、もっと一拍置いてからのほうがいいんだって!」

「分かってるけど、その前にお前が近いんだよ」

「距離感も演出!」

「うっとおしいな」


 いつもの声だった。


 八坂先輩と櫻葉先輩が、もうコントの練習をしている。


 しかも普通に熱が入っていた。


「……え」


 思わず声が漏れる。


 八坂先輩が振り向いて、ぱっと笑った。


「あ、サク!」

「え、何してるんすか」

「練習」

「いや、見れば分かるんすけど」


 俺は部室の中を見回した。


「文化祭、終わったはずじゃ……?」


 櫻葉先輩が、だるそうに肩をすくめる。


「終わったよ」

「だったらなんで、もうやってるんすか」

「キングオブコント」


 八坂先輩が胸を張って言う。


「出るから!」

「え」

「文化祭は文化祭。大会は大会」

「そんなテンションで切り替わるもんなんすか」

「切り替わるっていうか、そもそも別だし」


 櫻葉先輩が言う。


「お笑い研究部なんだから、文化祭で終わりじゃないでしょ」


 その言い方があまりにも当然で、逆にこっちが取り残された感じになる。


「まさか休めると思ってた?」


 八坂先輩がにやにやしながら聞いてくる。


「ちょっとは」

「甘いなあ」

「八坂先輩に言われると腹立つっすね」

「なんで!?」


 そこへ、引き戸がまた開いた。


「だから言っただろ」


 凪先輩だった。


 鞄を肩にかけたまま、こっちを見て笑っている。


「文化祭が終わったばかりで休めると思ったら大間違いだぞ」

「うわ、出た」

「出たとは」

「言いそうなことそのまま言ったなと思って」

「だって本当のことだし」


 凪先輩は部室の中へ入ってくると、そのまま俺の前で立ち止まった。


眼鏡の奥の目が、妙に楽しそうだ。


「次は俺たちもM-1に向けてネタを作るぞ」

「即次だな」

「即次だよ」

「ちょっとは余韻とかないんすか」

「ある」

「あるんだ」

「でも余韻だけで終わるのはもったいないだろ」


 凪先輩は軽く笑う。


「せっかく舞台立ったんだし」


 その言い方は、なんかずるい。


 文化祭のことを思い出すと、まだ少しだけ胸の奥がざわつく。


 あの拍手とか、台詞が飛んだ時の焦りとか、凪先輩が繋いでくれたこととか。


 全部まだ生々しいのに、本人はもう次を見ているらしい。


「行くぞ、サク」

「どこへ」

「ホーム」

「出た」

「ハンバーガー屋」

「分かってますよ、それくらい」


 そう返すと、凪先輩は満足そうに笑った。  



 八坂先輩がその横で、わざとらしく手を振る。


「いってらっしゃーい! 俺らはKOC!」

「いや発音ネイティブ!」


 俺が言うと、櫻葉先輩がぼそっと返した。


「形から入るの好きだから」

「聞こえてるよ!」

「聞こえるように言ったんだよ」


 いつものやり取りを背中で聞きながら、俺は凪先輩と一緒に部室を出た。


 駅前のハンバーガー屋は、文化祭明けでも変わらず明るかった。


 窓際のいつもの席に向かい合って座る。


外はまだ夕方の色を少し残していて、人通りも多い。


「で」


 凪先輩はトレーを置くなりネタ帳を開いた。


「次のネタ、無人島のやつでいこうと思う」

「お、あれっすか」

「うん。M-1の予選用に、もうちょい長さが調整しやすいやつ」

「たしかに、ドライブスルーより展開広げやすそう」

「だろ?」


 そう言って、凪先輩は少し嬉しそうに口元を緩める。


 こういう顔を見ると、この人ほんとにネタ好きなんだなと思う。


「最初の入りから好きなんだよな」


 凪先輩がネタ帳をめくる。


「もし無人島に流されたらどうするか練習しよっか、ってやつ」

「その時点でもうだいぶ変だけど」

「そこに対してサクが、生命の危機というより、野外実習が延長された気分じゃない?って返すの、強いと思う」

「俺が変なほうやるんすか」

「やってほしい」

「なぜ」

「だって似合うし」

「納得いかないっすね」


 凪先輩は無視して続きを読み上げた。


「そのあと鳥を見るだろ」

「なんでそんな冷静なんだよ、ってやつ」

「そう。で、鳥を見たあとに、美味しそうですね〜」

「そこでサバイバルモード入るのか」

「入る」

「急に肝据わってるな」


 言いながら、ちょっと面白い。


 無人島のネタは前から断片だけ見てたけど、通して考えるとかなり変だ。


 変なのに、凪先輩が真面目に組み立てていくから余計に妙な感じになる。


「このナメクジは食べちゃダメですよ、も好き」


 凪先輩が言う。


「サクが真顔で言ったら絶対おもしろい」

「俺、そんな役ばっかだな」

「適性って大事だから」

「どこが適正あると思ったんすか」


 そこからしばらく、俺たちは本気でネタを詰めた。


 どこで間を置くか、どこを少し強めに言うか、後半の夢のくだりをどのくらい引っ張るか。


 文化祭の後だからってだらける空気は、凪先輩の前には一ミリもなかった。


 俺も、気づけば普通にそれに乗っていた。


「部長が俺で、副部長がサクね、のとこ」


 凪先輩が言う。


「そのあと“俺も帰れてないのかよ”って返し、ちょっと強めがいいかも」

「了解」

「あと最後」


 ネタ帳を指で叩く。


「“じゃあ今のを踏まえて、これから無人島に流されに行こう”」

「で、“いや、流されなくていいから! もういいよ”」

「うん。そこは気持ちよく終わりたい」


 この人、ほんとに終わり方まで細かい。  


 でも、その細かさがだんだん嫌じゃなくなってるのが自分でも分かる。


「サク」

「なんすか」

「ちょっと後半、夢のくだりから通すぞ」

「今?」

「今」

「今日も急だな」

「急じゃない。必要」

「必要なら仕方ないか」


 そう返したら、凪先輩が少しだけ目を丸くした。  それから笑う。


「最近、素直だな」

「たまにっすよ」

「いいことだ」

「なんで上からなんだよ」


 でも、悪くなかった。


 こうやってネタの話をしてる時間は、文化祭の余韻を引きずるより、変に落ち着く気がした。


 翌日。


 昼休みが終わったあとの教室で、俺は少しだけ文化祭の余韻を味わっていた。


 別に、昨日ももう普通に授業だったし、学校全体はだいぶ平常に戻っている。


 でも文化祭の発表を見てたらしい他クラスの女子が、廊下ですれ違う時にこっちを見てきたり、同じ学年のやつに「お前、ツッコミしてたやつだよな」と言われたり、そういう小さい残り方をしていた。


 悪くない。


 むしろかなり悪くない。


 やっぱり舞台って強いんだなと思う。


 凪先輩が前に言ってた、おもしろいやつは覚えられるってやつ。


 あれ、もしかして本当なのかもしれない。


 そんなことを考えていたら、教室の後ろの戸が開いた。


「雪代くん」


 呼ばれて振り向く。


 見覚えのある顔だった。


 たしか文化祭の発表のあと、体育館の外で一回すれ違った気がする。


「あ、はい」

「急にごめん」


 その子は少し笑った。


「文化祭の漫才、見たんだけど、すごく面白かった」


 そう言われると、さすがにちょっと照れる。でも、悪い気はしない。


「ありがとうございます」

「それで、もしよかったら」


 一瞬、言いにくそうに目を伏せてから、その子は続けた。


「今度の放課後、一緒にカラオケ行かない?」


 え、と思った。


 そのまま、普通に固まる。


「……え、俺ですか」

「そうだけど」

「いや、そうっすよね」


 何言ってんだ俺。


 その子は少し笑っていた。


 からかわれてる感じじゃない。ちゃんと本気っぽい。


 そうなると余計に、こっちの心臓だけが勝手にうるさくなる。


「大丈夫ならでいいんだけど」

「いや、全然」


 反射で答えてしまってから、自分でもちょっと笑いそうになった。


「大丈夫です」

「よかった」


 その子の顔が明るくなる。


「じゃあ、連絡先交換していい?」

「はい」


 スマホを出して、連絡先を交換する。


 やってることは普通なのに、妙に手元だけ落ち着かない。


「じゃあ、また連絡するね」

「はい」


 その子が教室を出て行ったあとも、しばらく頭が追いつかなかった。


 放課後カラオケ。


 デートって言っていいのか分からないけど、かなりそれに近い。


 しかも、自分からじゃなく向こうから来た。


「雪代、今の何?」


 近くの席のやつがすぐ反応してきて、俺はごまかすみたいに笑った。


「いや、ちょっと」

「ちょっとで済む感じじゃなくね?」

「うるさい」


 でも、たぶんだいぶ浮かれていたと思う。  



 授業中も、何度かスマホの通知が気になった。


 これ、普通にうまくいったらすごいんじゃないか。


 文化祭の発表を見て誘われるって、ちょっと理想っぽくないか。そんなことまで考えていた。


 放課後、いつものハンバーガー屋へ向かう途中でも、その気分は少し残っていた。


 浮かれてるって自覚はあった。


 でも、別に悪いことじゃない。俺はもともと、こういうのを求めてたんだし。


 店に入ると、凪先輩はもう席にいた。


 いつも通り窓際の奥。いつも通りポテトとネタ帳。


 でも今日は、ネタ帳の厚みがちょっと違った。


 開いたページに、もうかなり書き込みがある。


「お、サク」

「どうも」

「見てこれ」


 座るより先に、凪先輩がネタ帳をこっちへ向けてきた。


「昨日の無人島のやつ、帰ってからちょい足した」

「ちょい?」


 思わず言う。


 全然ちょいじゃない。何ページか増えてる。


「まあ、ちょい」

「だいぶ書いてるじゃないっすか」

「夢のくだりと、SOSのとこ広げたかったんだよ」


 凪先輩は楽しそうに言う。


「あとサクの返し、昨日のやつ忘れないうちにメモしといた」

「俺の?」

「うん。“必要なら仕方ないか”の言い方、ちょっと好きだったし」

「そんなとこ拾うんだ」

「拾うよ。相方の言葉だし」


 その言い方に、少しだけ胸の奥が変なふうに動く。


 俺は席に座って、トレーもまだないままネタ帳をのぞきこんだ。


 たしかに、昨日よりかなり詰まっている。


入りから後半まで、どこでどう笑いを積むか、かなり細かく書いてある。


 しかも、俺が言った返しが何個かそのまま残っていた。


「ここ」


 凪先輩が指をさす。


「“無人島研究会を新設する”のあと、サクの“帰れなかった場合の夢じゃんそれ!”の入り、気持ち強めでいいと思う」

「うん」

「で、そのあと伝書鳩のくだりに少し間つくる」

「なるほど」

「あと、サクの“物騒な係だな!”のとこも、昨日ちょっとよかった」

「へえ」

「なんか今日、反応薄くない?」

「いや」


 ほんとは薄いというより、別のほうへ気持ちが向きかけていた。


 放課後カラオケのこと。交換した連絡先。


 向こうからまた来るかもしれないメッセージ。


 でも、目の前のネタ帳を見ると、それが少しだけ遠のく。


 凪先輩、こんなに書いてきたんだなと思った。


 俺との漫才のために。


「サク?」

「なんすか」

「聞いてる?」

「聞いてるっすよ」


 そう返した時、スマホが震えた。


 机の端に置いたそれに、目がいく。


 通知には、さっきの女子の名前が出ていた。


 凪先輩は気づいてない。


 ネタ帳を見ながら、まだ無人島の後半の話をしている。


 俺はスマホを裏返した。


 でも、気になる。


 気になるはずなのに、さっきまでみたいな浮かれ方ではなくなっていた。


「で、ここなんだけど」


 凪先輩が言う。


「サクのツッコミ、今日だったらもっといけそうなんだよな」

「今日?」

「うん。なんか、今のほうが切れそう」

「そう見えます?」

「見える」

「なんで」

「なんとなく」

「やっぱり」


 凪先輩が笑う。


 その笑い方が、妙にいつも通りで、妙に真面目で、なんかずるい。


 またスマホが震えた。


 今度は見なくても分かった。


 たぶん、予定の確認だ。


 今度の放課後、空いてる? とか、そんな感じだろう。


 普通なら、喜ぶところだ。


 むしろ、ちょっと前の俺なら絶対そっちを優先してた。


 なのに、気づいたらスマホを開いていた。  通知を見て、短く返す。


 ごめん、今度の放課後ちょっと予定入ってて難しいかも


 送ったあとで、自分でも一瞬止まった。  


 何やってんだろう、と思う。けど、その手は止まらなかった。


 続けて、また別の日にでも、と打ってから送信する。


「サク?」


 凪先輩が不思議そうに俺を見る。


「なんかあった?」

「……いや」


 スマホを伏せて、俺は息をついた。


「大丈夫っす」

「ほんとか?」

「ほんと」

「ならいいけど」


 凪先輩はそれ以上聞かなかった。


 ただ、さっきまでの流れそのままでネタ帳に視線を戻す。


「じゃあ続きやるぞ」

「はい」

「“実はさっき伝書鳩、飛ばしといたんだよね”のあと」

「“古風すぎるな! けどありがとう!”」

「そう。そのあと鳩食おうとする」

「“伝書鳩を食べるなよ!”」

「いいね」

「凪先輩、今日そればっかっすね」

「今日のサク、ちゃんと切れてるから」


 その言葉に、少しだけ笑ってしまう。


 ほんとに、何やってるんだろうなと思った。


 女子から誘われて、浮かれて、連絡先まで交換して。


 それなのに今、俺はハンバーガー屋で凪先輩のネタ帳を見ながら、無人島の伝書鳩の話をしている。


 しかも、それを自分で選んだ。


 誰に押されたわけでもなく、勝手に。


「サク」

「なんすか」

「今日、やっぱなんかいい感じ」

「ふわっとした褒め方だな」

「でもほんと」


 凪先輩はポテトを一本つまむ。


「ちょっと本気っぽい」


 その一言が、妙に耳に残る。


 本気。何に対してかは、まだたぶんうまく言えない。


「……文化祭終わったし」


 なんとなく、そう言ってみる。


「次のことも考えないとでしょ」

「うん」

「だから、まあ」

「うん」

「今日はそっち優先で」


 凪先輩は一瞬だけ止まった。


 それから、少しだけ目を細める。


「そっちって」

「ネタ」

「分かってる」

「なら聞くなよ」

「聞きたかっただけ」


 そう言って、また笑う。


 その笑い方を見てると、なんとなく、断ったことを後悔しなかった。


 むしろ、これでよかったのかもしれないとすら思う。


 もちろん、それがどういう意味なのかはまだ分からない。


 分からないままでいい気もした。


 窓の外は少しずつ暗くなっていく。


 店内は相変わらず明るくて、ポテトの匂いがして、周りの会話がざわざわ聞こえる。


 その中で俺たちは、無人島の夢のくだりをどうするか、本気で悩んでいた。


 放課後カラオケより、こっちを選んだ。


 その事実だけが、妙に胸の奥へ残ったままだった。

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