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放課後バーガー  作者: あしゅ太郎


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6/10

5話 執事

 文化祭一日目の朝は、学校全体が少し浮ついていた。


 廊下の飾りつけも、教室前の看板も、普段ならちょっと恥ずかしくなるような色で騒がしい。


 朝からやたらテンションの高いやつもいれば、準備の最終確認でぴりついているやつもいる。


 そういう空気が全部混ざって、学校の中だけ別の日みたいだった。


 俺のクラスは、手作り小物の販売だった。  



 最初はだいぶ地味だなと思ったけど、いざ机に並べてみると案外それっぽく見える。


「雪代、これ値札ずれてる」

「どれ」

「そのペン立てのやつ」

「ああ、ほんとだ」


 朝から何度か店番に入って、袋を渡したり会計を手伝ったりする。


 こういうのはそこまで嫌いじゃない。


「雪代、次、交代な」

「了解」


 同じ班のやつに声をかけられて、俺はエプロンを外した。


 もう昼前だった。


 教室の外からも人の流れが見える。


 校内のあちこちから笑い声や呼び込みの声が聞こえて、ほんとに文化祭だなと思う。


「雪代、どっか見てくんの?」


 クラスメイトに聞かれて、俺は肩をすくめた。


「まあ、せっかくだし」

「二年の執事喫茶、女子めっちゃ行ってたぞ」

「へえ」

「あと、お笑い研究部の先輩がいるクラスってそこじゃなかった?」

「……そうだったかも」


 言いながら、ちょっとだけ気になった。


 凪先輩のクラス展示。


 そういえば何をやるとか、ちゃんと聞いていなかった気がする。


 二日目の舞台のことばっかり話していたせいで、そっちは抜けていた。


 どうせなら見に行くか、と思った。


 一応、先輩のクラスだし。


 そういう理由を並べながら、俺は二年の教室が並ぶ階へ向かった。


 階段を上がるにつれて、人の流れが増える。


 女子の笑い声と、「写真撮っていいですかー?」みたいな声が混ざって聞こえてきたあたりで、ちょっと嫌な予感がした。


 廊下の先に、やたら装飾の凝った看板が立っている。


 ようこそ メイド執事喫茶へ


 思わず足が止まった。


「……マジか」


 確かに、クラス展示としては引きが強い。


 しかも教室の前には思った以上に人がいる。


 引き返すほどでもないし、かといってこのまま入るのも気まずい。


 けど、せっかくここまで来たんだしと思って教室の中をのぞいた。


 その瞬間、本気で誰か分からなかった。


「いらっしゃいま――」


 言いかけた相手が、ぴたりと止まる。


 こっちも止まる。


 数秒、ほんとに意味が分からなかった。


 眼鏡が、ない。


 まずそれだった。茶髪はそのままなのに、顔の真ん中にあるはずのものがなくて、そのせいで印象がまるごと変わっている。


 黒っぽい執事服に白いシャツ、ベスト、首元のタイ。


 姿勢まで少し違って見えて、普段の「変な先輩」感がどこかへ飛んでいた。


 顔が、思ってた以上に整っていた。


「……いや、誰!?」


 思わず声に出た。


 その言葉に、目の前の執事服の男――たぶん凪先輩が、一瞬だけ固まってから吹き出した。


「ひどくない?」

「いや、ひどいのそっちでしょ!」

「なんでだよ」

「眼鏡は!?」

「今日は外してる」

「いやそれは見れば分かるけど!」


 凪先輩が笑っている。


 笑っているからたぶん本人で合ってるんだけど、納得は全然できない。


「え、マジで凪先輩?」

「そうだよ」

「……いや、ほんとに?」

「疑いすぎだろ」

「だって別人じゃないっすか」

「そんな変わる?」

「おたまじゃくしとカエルくらい違う」


 そこまで言ってから、なんかちょっと言いすぎた気がして口をつぐむ。


 けど凪先輩はなぜか機嫌がよさそうだった。


「来てくれたんだ」

「まあ、一応」

「そんなに気になった?」

「別にそういうんじゃないですけど」

「でも来た」

「来ましたけど」


 やり取りしていると、教室の奥から別の声がした。


「え、雪代?」


 振り向くと、同じく執事の格好をした男子が二人、こっちを見ていた。


「噂の後輩くん?」

「噂って何っすか」

「凪が最近ずっと話してる」

「いらんこと言うな」


 凪先輩がすぐ切る。


「いや、でもほんとに来るとは思わなかった。凪、昨日から『たぶんサク来る』って言ってたし」

「ほらな」


 凪先輩が得意げに言う。


「やっぱ来た」

「なんでそんな自信あるんすか」

「なんとなく」

「根拠なさそう」

「へえ、これが」


 伊吹と呼ばれた先輩が、面白そうに俺と凪先輩を見比べた。


「何その“これが”って」

「いや、凪が楽しそうにしてる相手って珍しいから」

「やめろって」

「凪先輩、普段どんだけっすか」

「わりとこんな感じだよ」


 篠崎先輩が淡々と言う。


「でも最近ちょっと違う」

「おい」

「ほんとのことじゃん」


 なんだそれ。


 聞いててちょっと落ち着かない。


 凪先輩は少しだけ困った顔で笑っていて、それがまたなんか腹立つ。


「で?」


 凪先輩が話を戻すように言った。


「入る? 座ってく?」

「え、でも混んでるし」

「大丈夫、今ちょうど回るから。席一個空けられるよ」


 教室の中を見ると、たしかに少し席が空きそうな気配はある。


 けど、問題はそこじゃない。


 目の前の凪先輩が、相変わらず眼鏡を外していることだ。そのせいで、どうも調子が狂う。


「サク?」


 凪先輩が不思議そうにこっちを見る。


「どうした」

「いや……」

「なに」

「その格好、普通にずるいっすね」


 言った瞬間、自分で何言ってんだと思った。


 けど、もう遅い。


 一拍遅れて、伊吹先輩が吹き出す。


「うわ、真正面から言った」

「いいね、後輩くん」

「だから何がっすか!」


 凪先輩は一瞬だけ固まっていた。


 それから、ゆっくり目を細める。


「へえ。サクがそういうこと言うんだなと思って」

「別に深い意味ないっすよ」

「うん、でも嬉しい」

「……知らないっす」


 なんか一気に居心地が悪くなって、視線をそらす。


「じゃあなおさら入ってけよ。うちの執事長が喜んでるし」

「執事長って何」

「今日だけの肩書き」


 でも凪先輩は、ちょっとだけ口元をゆるめてから俺を見た。


「サク。ほんとに、来てくれてありがとな」


 その言い方は反則だろと思う。さっきからそういうのばっかりだ。


「……まあ、せっかく文化祭だし」

「うん」

「二年の展示も、一応見とこうかなって」

「一応ばっかだな」

「便利なんで」

「知ってる」


 そう言って凪先輩は笑った。


 眼鏡がないぶん、そういう顔がいつもより近く見える気がして、また落ち着かなくなる。


 結局、少しだけ中に入ることになった。


 案内された席に座っても、まだなんとなくそわそわする。


 たぶん、凪先輩が別人みたいだからだ。


 でも、その別人みたいな先輩が、注文を聞きに来た時の声はやっぱりいつもの凪先輩で、そのズレが余計に変な感じだった。


「ご注文は?」

「……おすすめで」

「雑」

「だって何頼んでも今たぶん落ち着かないっす」

「何それ」


 奥で先輩たちがまた笑っている。絶対面白がってる。


 でも、悪くなかった。


 クラス展示を見に来ただけなのに、思ったよりちゃんと印象に残る時間になってしまっている。


 そしてたぶん、問題なのはそこじゃない。


 明日はいよいよ、本番だ。


 舞台の上で、放課後バーガーとしてネタをやる。


 なのに今の俺の頭には、ドライブスルーの入りより先に、眼鏡のない凪先輩の顔が残っていた。


 ほんとに、調子が狂う。

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