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放課後バーガー  作者: あしゅ太郎


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5/21

4話 百均

 放課後、廊下に差し込む西日が少し濃くなってきたころ、八坂先輩がやたら元気だった。


「行くぞ、櫻葉!」


 いきなりそう叫ぶ。


 まだ部室にも着いてないのに、今日も今日とて声がでかい。


 隣を歩いていた櫻葉先輩は、だるそうに片目を細めた。


「どこへ」

「決まってるだろ。俺らの聖地、百均」

「知らないよ」

「文化祭の小道具買い出し!」

「まだ決定稿も出てないのに?」

「だからこそ夢が広がるんだろ!」


 言ってることはよく分からないけど、勢いだけはある。


 俺と凪先輩は、その少し後ろを歩いていた。


 凪先輩はネタ帳を小脇に抱えたまま、そのやり取りを見て笑っている。


「今年も始まったな」

「何がっすか」

「八坂の、買い出しの時だけ監督になるやつ」

「毎年なんすか」

「去年もすごかったよ。お手伝いロボのコントやるって言って、段ボールめちゃくちゃ買ってた」

「それ百均で?」

「そう。途中から櫻葉が顔死んでた」

「今年も死んでるっぽいですけど」

「まあな」


 前を歩く櫻葉先輩の背中は、たしかにだいぶ諦めの気配をまとっていた。


「俺たちも行く?」


 凪先輩が聞いてくる。


「百均。見学」

「暇人だなあ」

「文化祭準備ってそういうもんだろ」


 ちょっとだけ気になった。


 百均前線(ひゃっきんぜんせん)の二人がどんなネタをやるのかも、まだちゃんとは知らない。


「じゃあ、一応」

「興味なさそうに言うなよ」

「そりゃコントしたことないし」

「したことなくても勉強になるから」

「凪先輩だって漫才派でしょ」

「俺はいつでも本気だから」

「それは知ってる」


 そう返したら、凪先輩が少しだけ目を細めた。


 そのまま四人で駅前の百均へ向かった。


 店内に入った瞬間、八坂先輩の目が輝いた。


「うわー、宝の山!」

「毎回それ言うよね」


 櫻葉先輩がかごをひとつ取って押しつける。


「今日はそれ以上増やさないでよ」


 八坂先輩はもうその時点で楽しそうだった。


 棚を見渡しているだけなのに、文化祭当日より生き生きしてるんじゃないかと思う。


「人質?」


 俺が聞くと、八坂先輩が待ってましたと言わんばかりに振り返った。


「そう! 文化祭のコント! 俺が幼稚園児で、櫻葉が犯人!」

「配役だけでちょっと面白いな」


 凪先輩が言う。


 八坂先輩はもうそのへんの棚に一直線だった。


 色画用紙、シール、王冠、マスコット、子ども用のリボン。見るたびに次々とかごへ放り込んでいく。


「いやいやいや」


 櫻葉先輩がすぐ止めた。


「今どこに王冠使うの」

「園児の格が上がる」

「人質コントで園児の格上げる必要ある?」

「あるでしょ。貫禄出したいし」

「園児に貫禄いらないでしょ」


 俺は思わず笑ってしまった。


 凪先輩も横で口元を押さえている。


「すごいっすね、ほんとに何でも入れてく」

「八坂はそういうとこある」


 凪先輩が小声で言う。


「作る前がいちばん楽しいタイプ」

「文化祭の準備向いてるな」

「向いてる。櫻葉は大変だけど」


 その間にも、八坂先輩は園児用っぽい黄色の帽子を見つけて大騒ぎしていた。


 櫻葉先輩のツッコミはだいぶ慣れている。


 たぶんこれが普段の二人なんだろう。


 凪先輩も面白そうにそれを見ていたけど、ふと黒いおもちゃのナイフを手に取った。


「これでよくない?」

「うん?」


 八坂先輩が振り向く。


「犯人役のメインはこれでしょ。あとは園児服っぽいのがあれば、だいたい成立する」

「……たしかに」

「ほら、シンプル。ようやく話が通じた」


 櫻葉先輩がすかさず言う。


 結局、かごの中身はだいぶ減った。


 最終的に残ったのは、園児帽子っぽいものと、リボンと、おもちゃのナイフ。


 そして八坂先輩がどうしても譲らなかった丸いシールくらいだった。


「だいぶ減ったな」


 凪先輩が言うと、八坂先輩は胸を張った。


「今回はシンプル!」

「最初に比べたらな」


 櫻葉先輩がレジへ向かいながら言う。


「危うく王冠つけた幼稚園児になるところだった」


 そのやり取りを聞きながら、俺は少しだけ思う。


 こういうふうに、ぐだぐだしながらでも形にしていく感じ、部活っぽいな、と。



 数日後の部室は、いつもより少しだけ空気が張っていた。


 文化祭前のネタ見せ。


 百均前線と放課後バーガーで、お互いのネタを見せ合う日だ。


 八坂先輩は園児帽子をかぶって満足そうだった。


 櫻葉先輩は黒い服で、手には例のおもちゃのナイフ。


 見た目だけでだいぶ完成していて、ちょっと悔しい。


「じゃあ、先に俺らやるね。文化祭コント、『人質』」


 俺と凪先輩は椅子に座って、それを見る側に回った。


 八坂先輩はもう完全にスイッチが入っている。


 櫻葉先輩が低い声を作る。


「動くな! この子がどうなってもいいのか!」


 その直後だった。


「おほんっ……いやあ、物騒だねえ」


 八坂先輩の園児が、小さく咳払いしてからそう言った瞬間、俺は吹き出しかけた。


 見た目はどう見ても園児なのに、中身が完全に中年のおじさんだ。


 コントはそのまま一気に進んだ。


 犯人が脅すたびに、園児が妙に達観した口調で返す。


 白湯の話、喉を気遣う話、三億円の手数料の心配。


 どれも分かりやすいし、何より櫻葉先輩の受けがうまかった。


「大きいお金って意外と手数料もかかるからねえ」

「なんの現実感なんだよ!」


 そのくだりで、俺は完全に笑ってしまった。


 最後、犯人がしょんぼりし始めて、園児に諭されるところまで行くと、部室の空気はかなり温まっていた。


「うわ、強」


 凪先輩が言う。


「普通に文化祭向きじゃん」

「犯人がちゃんと怯んでるから成立してる」


 凪先輩が櫻葉先輩に言う。


「変に張りすぎてないのがいい」

「珍しく素直に褒めるじゃん」

「珍しくって何だよ」


 こういうやり取りを見てると、二人がちゃんとコンビなんだなと思う。


「じゃあ次、そっち。放課後バーガー!」


 八坂先輩が俺たちを指さした。


 俺は立ち上がった。凪先輩もその隣に立つ。


 部室の中なのに、妙に喉が乾く。


「いける?」


 小さく聞かれて、俺は頷いた。


 ネタはドライブスルーのやつだ。


 入りのテンポはもうだいぶ馴染んでいる。


 凪先輩が、すっと店員の顔になる。


「いらっしゃいませ! こんにちは! マイクに向かってこんにちは!」

「こんにちは!……じゃなくて、ご注文をどうぞ、だろ!」


 八坂先輩がすぐ笑った。その反応に少しだけ肩の力が抜ける。


 そこから何往復か進めていく。


 途中までは、悪くなかった。


 でも後半に行くにつれて、少しだけ散ったのが自分でも分かった。


 凪先輩のボケに対して、俺の返しがちょっと慎重になる。


 受けようとしすぎて、雑に切れなくなる。そういう小さいズレだ。


 終わったあと、部室に少しだけ沈黙が落ちた。


「入り、強いね」


 櫻葉先輩が言う。


「サクの声、思ったより通るし、ツッコミの時だけちゃんと前に出る感じがする」


 褒められるのは、やっぱりちょっと照れる。


 でもそこで終わらなかった。


「ただ、後半ちょっと迷子になるかも」


 凪先輩がすぐに言った。


「そこ俺も思ってた。サクがちょっと丁寧に返しすぎる時がある」

「丁寧?」

「もっと雑でいいってこと。先輩だから遠慮してるのか、ちょっと優しい」


 その言葉に、少しだけ詰まる。図星だったからだ。


「でもさ、それって逆に伸びしろじゃん!」


 八坂先輩が明るく言う。


「文化祭までにもっと噛み合えば、かなりよくなると思う」


 凪先輩が言った。


 その声は真面目だった。


 落ち込んでるわけじゃない。ちゃんと次を見てる声だ。


 ネタ見せが終わったあとは、自然と反省会みたいになった。


 部室の机を囲んで、それぞれ思ったことを口にしていく。


「サク。自分でどう思った?」


 凪先輩がまっすぐ聞いてくる。


「……後半、ちょっとやりにくかったっす。拾おうとして、安全に返してる感じがある。もっと雑に言ってもいいのかなとは思うんすけど」

「いいよ」


 凪先輩は即答した。


「むしろそっちが見たい」

「でも先輩だし」

「ネタの時は関係ないだろ」


 その言い方が、なんか少しだけ嬉しかった。


「ほら、やっぱちょっと遠慮してたんじゃん」


 八坂先輩が笑う。


「いいじゃん、初々しくて」

「急に先輩面」


 櫻葉先輩がそこで、ぽつっと言った。


「でも、そこ超えたらたぶん一気によくなるよ。今でも相性はいいから」

「相性、ねえ」


 俺が小さく呟くと、凪先輩が横から言う。


「いいだろ。相性」

「別に悪いとは言ってないっす」

「ならよかった」


 そう言って笑うから、やっぱりちょっとずるい。


 帰り際、八坂先輩はまだ園児帽子をかぶったままだった。


 凪先輩はネタ帳を閉じながら、俺のほうを見た。


「明日、もう一回やるぞ。文化祭前だし」

「分かってますよ」

「じゃあ来る?」

「行きます」

「即答」

「今日はそういう気分なんで」


 そう言ったら、凪先輩は嬉しそうに笑った。


「いいね。今日のサク、ちょっと本気っぽい」

「昨日に比べたら、ですけど」

「十分」


 部室を出るころには、窓の外はだいぶ暗くなっていた。


 でも、春の終わりの空気はまだ少しやわらかい。


 文化祭まで、まだ少しある。


 けど、今日のネタ見せで分かった。


 まだ少し、なんて言ってる場合じゃないのは、たぶん俺のほうかもしれない。


 凪先輩は最初からずっと前を見てる。


 俺はそこに、ようやく追いつき始めたところだ。


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