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放課後バーガー  作者: あしゅ太郎


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20/21

エピローグ

 十月に入ったばかりの夜は、ようやく秋らしく涼しかった。


 地元の秋祭りの境内には屋台の灯りが並び、小さな特設ステージの前には思っていたより人が集まっていた。


「放課後バーガー」の出番が終わって袖に戻ると、八坂先輩が真っ先に飛んできた。


「よかったじゃん! サルのくだり、めっちゃウケてた!」

「お前の笑い声も混ざってたけどな」


 凪先輩が言うと、八坂先輩は「そこは応援だから!」と胸を張る。


 すると櫻葉先輩が、呆れたように言葉を足した。


「声量がでかすぎるんだよ。……でもまあ、普通によかった」


 その一言が、なんだかんだでいちばん嬉しかった。


 朔人が少しだけ笑うと、凪先輩も隣で小さく笑った。


 四人で少しだけ屋台を回り、百均前線とは途中で別れた。


「じゃあ俺らこっちだから。八坂、寄り道すんなよ」

「えー、ベビーカステラだけ!」

「それが寄り道だろ」


 二人が去っていき、残されたのは凪と朔人だけになった。


 祭りのざわめきが少し遠くなった道を、並んで歩く。


 四人でいた反動か、急に静かになった空気が少しだけ落ち着かない。


 住宅街へ入る手前の道には、やわらかい街灯の光だけが落ちていた。


 夜風が火照った頬に当たるたび、意識が余計にはっきりしていく。


「百均前線も、なんだかんだ仲いいっすよね」


 朔人がぽつりと言う。


「うん。八坂、あれでちゃんと櫻葉のこと頼ってるしな。結局ああいうのが一番長続きするのかもな。……俺らもだけど」


 凪先輩の言葉に、朔人は少しだけ目を細めた。


「……そういうの、さらっと言うんですね」

「思ってるからな」

「急にそういう球投げてくるの、ずるいんですよ」

「別に変なこと言ってないだろ」

「いや、言ってます」


 少しだけ笑って、それから朔人は足元を見た。


 何かを言い淀むような間があって、小さく続ける。


「……そういえば」

「何」

「俺ら、付き合ってるんですよね」


 言ったあとで、自分でも変な確認だと思った。


 けれど凪先輩はすぐには笑わなかった。


 少しだけ目を丸くして、それからふっと肩の力を抜くように笑う。


「今さら?」

「分かってるんですけど。……急に二人になると、なんか実感わくっていうか」


 凪先輩は何も言わなかった。


 ただ、少しだけ歩く速度を緩める。


 それにつられて、朔人も足を止めた。


 並んだままの距離が、さっきまでよりほんの少しだけ近くなる。


 街灯の光が、凪先輩の眼鏡の縁に淡く映った。


「じゃあ。もうちょい分かりやすくする?」


 言い方はいつも通り少し軽いのに、声だけは妙にやわらかかった。


 朔人がその意味を咀嚼するより先に、制服の袖がほんの少し引かれる。


 一歩、近づく。


 息が止まった。


 目の前にある凪先輩の顔が、思っていたよりずっと近い。


 逃げる間も、拒む理由もなかった。


 唇が、軽く触れた。


 本当に一瞬だった。


 確かめるようにやわらかく触れて、すぐに離れる。


 けれどその短さのせいで、かえって感触だけが鮮明に残った。


 朔人はその場で硬直した。


 心臓だけがひどくうるさい。


 夜風は涼しいはずなのに、耳の奥がじりじりと熱かった。


「……え」


 やっと出た声に、凪先輩が少しだけ笑う。


「何その反応」

「いや、だって……今の」


 朔人が言葉を失っていると、凪先輩は少し照れたように視線を逸らした。


「付き合ってるんだろ、俺ら」

「そうですけど」

「じゃあ、いいじゃん」


 そう言いながらも、凪先輩の声もほんの少し低い。


 向こうも平気なふりをしているだけだと気づいて、朔人は少しだけ息を吐いた。


「……ずるいです」


 小さく呟くと、凪先輩は視線を戻して、口元だけで笑った。


「知ってる」


 その顔がやけにやさしく見えて、朔人はもう一度目を逸らす。


 唇に残った感覚を意識しないようにすればするほど、それははっきりしてしまう。


「帰りますか。これ以上ここで止まってると、たぶん俺、ほんとに変になるんで」


「うん」

「……笑わないでください」

「笑ってない」

「笑ってます」

「ちょっとだけ」


 また並んで歩き出す。今度はさっきより、少しだけ肩の距離が近かった。


「そういえば、次の動画どうする?」

「今その話します?」

「するだろ。仕事だぞ」

「真面目だなあ」

「当たり前だ。……で、アルパカ園長のくだり、入れる?」


 朔人が提案すると、凪先輩は吹き出した。


「出たな、低い声のやつ」

「やってくださいよ、見たいんで」

「個人的な理由かよ」

「個人的にも、ネタ的にも」

「じゃあ……考えとく」


 そんなふうに笑いながら、二人の放課後は続いていく。


 祭りの灯りが遠ざかった道には、涼しい秋の風と、触れた場所の熱の名残がまだ漂っていた。


 隣を歩く距離が前よりほんの少し近いことを。


 それをごく自然に受け入れている自分たちのことを。


 二人は何でもないような顔をして、愛おしい帰り道を歩いていった。

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