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放課後バーガー  作者: あしゅ太郎


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11/21

10話 波紋

 最初は、少し気になるくらいだった。


 二年の廊下から一階へ降りる階段の踊り場で、彼女は何度か雪代朔人の姿を見かけていた。


 文化祭のステージで漫才をしていた一年生。


 高身長で、ツッコミのテンポがよくて、ちょっと目立っていた。


 放課後、思い切って声をかけて、カラオケにでも誘おうと思った。


 けれど、返ってくるのは毎回やんわりとした断りだった。


 嫌われている感じではない。


 連絡は返ってくるし、言い方も柔らかい。  



 でも、誘っても空いていない。


 放課後に予定がある。そういう返事ばかりだった。


 不思議だった。部活のない日まで、いつも何かあるなんて。


 ただの好奇心で、帰るタイミングが同じだった日に、少しだけ距離を置いて後ろを歩いてみた。


 昇降口を出た雪代は、そのまま帰るのではなく、三階へ向かった。


 部室棟じゃない、校舎の端のほう。


 しばらくして、引き戸の向こうから笑い声がした。


 そこに、いた。


 一ノ瀬凪。二年、お笑い研究部。


 その日も、一ノ瀬は部室の入口で雪代を待っていた。


 雪代が近づくと、当たり前みたいに話しかける。


 雪代も、当たり前みたいに隣へ並ぶ。


 それから二人で校舎を出て、駅前へ歩いて行った。


 毎日じゃなくていいはずなのに。


 毎日みたいな顔をして、当たり前のように一緒にいる。


 なんで。


 その疑問は、何度も断られるうちに形を持ち始めた。


 もしかして、一ノ瀬凪がいるからなんじゃないか。


 あの先輩が、雪代の放課後をほとんど奪っているんじゃないか。


 いい加減、気になりすぎた。だから彼女は、雪代本人ではなく、一ノ瀬へ会いに行くことにした。


「あの、一ノ瀬くん。ちょっとだけ、いいかな」


 呼び止められて、凪は足を止めた。


 同じ二年の女子だった。


「雪代くんのことで」


 その名前が出た瞬間、凪の表情がわずかに止まる。


「サク? どうしたの」


「雪代くん、何回か誘ったんだけど、ずっと断られてて。でも、放課後はいつも一ノ瀬くんと一緒にいるよね。ネタ作りって、そんな毎日しないとだめなの?」


 凪は少しだけ眉を上げた。


「いや、毎日っていうか……」

「雪代くんも、毎日付き合わされてしんどいんじゃないの?」


 その一言が、思った以上に深く刺さった。


「しんどい……?」

「うん。見てたらずっと一ノ瀬くんといるし。雪代くん、一ノ瀬くんといるせいで、全然デートできないんだよ」


 デート。その言葉が、妙に具体的だった。


「デート? サクが、誰かと?」

「そう。私と」


 凪の中で、何かがはっきり形を持つ。  


そうか。サクは、女子に誘われていたんだ。


 しかも何回も。


 それを断って、放課後は自分とネタ作りをしていた。


「だから、一ノ瀬くん、少し距離取ってくれない? 一ノ瀬くんがいると、雪代くんとデートできないから。……ずるいよ」


 ずるい。


 凪はほんの少しだけ目を伏せた。


 たしかに、自分はサクを呼べば来ると思っていた。


 部室にいればそのまま一緒に流れるし、ハンバーガー屋に行こうと言えば来る。


 そこに、サク自身の意思があることを、都合よく見ないふりしていたかもしれない。


「……分かった。言いたいことは分かったよ」


 その日、凪は部室へ行くのを少しだけ遅らせた。


 行けば、たぶんサクが来る。


 いつも通りに「今日はどうする」って聞いて、ハンバーガー屋へ流れる。


 そういう放課後の流れが、急にひどく不自然なものに思えた。


 サクは、しんどかったのかもしれない。


「何やってんだろ、俺」


 自分でそう呟いてから、ようやく部室へ向かった。


 朔人はすでに部室にいた。


 凪が遅れて入ってきたとき、空気がいつもと違っていた。


「おつかれ」

「お疲れっす。……凪先輩、今日はハンバーガー屋、行かないんすか」

「……今日はいいかなと思って。毎日付き合わせるの、しんどいだろ」


 その言葉に、朔人は意味が分からなかった。


「は? 何言ってんすか」

「ネタとか、部活休みの日まで呼んでたしな。別にサクも、たまには違う予定あるだろうし」

「いや、あるとかないとかじゃなくて。誰がそんなこと言ったんすか」


 朔人の声が強くなる。凪は答えなかった。  


 でも、その沈黙で十分だった。


 何かあったんだ。誰かに何か言われたんだ。


「凪先輩、俺、しんどいなんて言ってないっす」

「……うん。でも、ごめん。今日ちょっと帰るわ。また明日」


 それだけ言って、凪は部室を出ていった。


 次の日も、凪の態度は変だった。


 部室には来る。


 ネタもやる。


でも以前みたいな勢いがない。


 その空気が、朔人には何よりもしんどかった。


 そんなタイミングで、あの女子がまた声をかけてきた。


「雪代くん。今度こそ、もしよかったら」


 凪といる放課後が急に薄くなって、ぽっかりと空いた。


「……いいよ」


 自分でも、返事が遅かったと思う。


 でも彼女は嬉しそうに笑った。


 デートと言うには、まだ少し軽いのかもしれない。


 放課後、二人でカラオケに行って、ソファに並んで座る。


 彼女はちゃんとかわいかった。


「雪代くん、歌うまいんだね。漫才の時も思ったけど、声通るよね」

「ありがとう」


 褒められて、悪い気はしない。


 しないはずなのに、妙に上滑りする。


 朔人は画面の端に映るドリンクメニューをぼんやり見ていた。


 そこでふと、ハンバーガー屋のシェイクを思い出す。凪が当然みたいにカップを差し出してきた、あの指先を。


 なんで今それを思い出すんだ、と思う。


 でも、一度浮かぶと止められなかった。


 彼女が何か面白いことを言っても、「凪ならここでどう返すだろう」と考えてしまう。


会話が途切れた時も、「凪といる時はこんな間はできないのに」と思ってしまう。


 ハンバーガー屋でネタ帳を広げているあの時間のほうが、ずっと自然だった。


 何やってんだ、俺。


 目の前には、かわいくて、優しい子が誘ってくれているのに。


「雪代くん? どうしたの?」

「いや……なんでもない」


 ほんとは、なんでもなくなかった。


 凪といた時のほうが、笑っていた。


 無人島の夢のくだりを詰めていた時のほうが、ずっと時間が早かった。


 帰り際、彼女が歩調を緩めた。


「また、今度も……一緒に出かけない?」


 その言葉に、朔人はすぐには返事ができなかった。


 前なら、ここでちゃんと頷けたはずだ。


 でも今は、それをする自分がどうしても想像できない。


「……ごめん。たぶん、俺」


 続きがうまく出てこない。


 彼女は少しだけ目を見開いたあと、悲しそうに笑った。


「そっか」

「ごめん」

「ううん、いいよ」


 付き合えるかもしれないチャンスを、朔人は自分で逃した。


 逃したというより、もう別のものを選んでしまっていた。


 帰り道、一人になってからようやく、その事実がじわじわと胸に迫ってきた。


 俺、やっぱり。


 凪先輩といる時のほうが、楽しかったんだ。


 その答えが、思っていたよりずっとはっきりしていて、もうどこにも逃げ場がなかった。

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