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成金伯爵が私を愛する訳  作者: 叶 葉
婚約時代編
19/40

19



吹雪は益々勢いを増す。


雪混じりの突風を正面から浴びては息をするのもままならない。


馬も雪に足を取られてしまう。


山道に入ってからは緩やかな下り坂。


更にクロエとサイラスは慎重に進む。


「クロエ様ーーーっ!この辺りです!!」

サイラスが声を上げて馬を宥めながら止まる。

二人は馬上から降り、持ってきた灯りを頼りに辺りを伺う。

崖沿いの木々がなぎ倒された痕跡はあるが、脱輪したであろう痕は雪が覆い隠しており、分からなかった。

「ここ辺りで間違いなさそうですね」

折れた木々を確かめながら慎重に崖下を伺う。

崖の底には灯りは届かない。


闇だ。


こんな所に落ちてしまったのならアランはもう助からないかもしれない。


嫌な汗がクロエの首筋から背中を伝う。


クロエは汚れてしまうのも厭わず、座り込んだ。


「……クロエ様」

少し離れた位置で二頭の馬を繋いだサイラスが悲痛な声を出す。




「サイラス?それにクロエか?どうしてこんな所に?」



不意に聞こえたアランの声。


幻聴かと思うほどに焦がれたアランの声。


クロエは駆け出そうと足に力を込めた。


すると、呆気なく足元の雪が崩れ去る。






「クロエーーーーっ!!!」






クロエは闇に吸い込まれて意識を手放した。




















———暖かい?


「目覚めたか?」

クロエが身をよじると頭上から聞き慣れた低音の声が降る。


「ア、ラン……様?」


身を起こそうとするとやんわりと腕で絡めとられる。


「まだ動かない方がいい。クロエ、覚えているか?」


「あ……、崖から落ちてしまったんでしたか?ここは?———いっ……!」

クロエは右肩の痛みに意識が段々とはっきりとする。

薄暗い崖の窪みの中の様だった。

崖のそそり立った部分が上手く屋根の役割を果たしており、窪みがある部分にいる様だ。

風が周りの岩のおかげで気にならない。

加えて焚き火を焚いてあるので、窪みの空間はかなり暖かくなっていた。

「そうだ。君は崖から落ちてしまった。私も支えようとしたのだが、一緒に落ちてしまった。何とか君を雪と風が凌げる場所まで運んだが、足をやられてしまったようだ。すまないが、助けは呼びに行けない。余り歩き回るよりも、サイラスが一緒に居た様だから、捜しにくるのを待った方がいいだろう」

アランは眉根を寄せながら、クロエを安心させる為に口元に笑みを浮かべていた。

「ご迷惑をお掛けしてすいません。崖沿いで馬車が落ちたと聞いていてもたってもいられず、捜しに来たんです。アラン様を。でも、結果的にこんな事になってしまって」

クロエは俯く。

後ろから抱きしめられる形でアランに凭れ掛かっていると、アランの心臓の規則的な鼓動が聞こえる。


アランは生きている。


実感すると、胸に熱いものが込み上げた。


「ああ、馬車か。確かに落ちるには落ちたんだが、脱輪が最初だったから、先に御者を下ろしてから落ちるまでに結構余裕があったのだ。だから崖下には落ちなかった。荷物が一緒に落ちたから、御者に人を呼びに行かせている序でに少し回収していた。大事な物は先に馬車から投げて下ろしたから集めていた」

「落ちそうな馬車から出るよりも大切な物だったんですか?」

クロエが振り返らずに聞く。

「これを、探していた」

クロエの左手を後ろから取ると、薬指に小さなアッシュグリーンの石の付いたシルバーリングを嵌めた。

まるで最初から共に生まれてきたように指にしっくりと馴染んだ。

「婚約の記念に作った指輪ですか?」

「そうだ。ランベール家でクロエがクレマン侯爵邸に向かったと聞いてから、宝石商の店に急いで取りに行ってから来た。そこに行かなかったらクロエをこんな危険に曝す事にはならなかったがな」

クロエは冷たくなった指先を握り締める。

「……ありがとう、ございます。大事にします。とても、本当に」

クロエは、言葉を重ねれば重ねる程に、自分が惨めに思えた。

クロエがクレマン侯爵邸に行かなければアランはこんな事にならなかった。

そうでなくても、クロエがアランを捜しに無謀な事をしなければ、アランが怪我を負う事も無かった。

クロエは項垂れた。

アランが分厚い外套でクロエを抱き締めながら暖めてくれている。

今はその暖かさが、アランの優しさが、痛かった。

「クロエ?泣いているのか?」

アランが心配そうにクロエの様子を探る。

「すみません……大丈夫ですから」

クロエは涙が溢れない様に必死に目を瞑り、唇を噛み締めた。

一度弱音を吐いてしまえば、愚かな己に喚き散らしてしまいそうだったからだ。


「クロエ。こちらを向け」


アランはきつくクロエに命じる。


クロエは躊躇いながらも半身を捻る様に、振り向いた。


アランの熱い吐息が、クロエの目前まで迫っていた。


目を閉じていても分かってしまう。


そして、渇望してしまうのだ。


アランの口付けを———。


二人は離れていた時間を埋める様な長い口付けを交わした。


そして、クロエは我に返ってハッとする。


「アラン様?熱が……?!」

アランの口の中は、火傷してしまうほど熱かった。

そして、クロエを抱きしめている身体もあり得ない程熱い。


「最後まで、私は格好が付かないな……。特に君の前では」


苦笑を最後に、アランは意識を失った———。


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