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121 三日目:正規兵のしがらみ

 セオの言葉でざわめく親衛隊達。

 スローンキリンググリズリー。その名を知らぬ者は居な……ナターシャと斬鬼丸を除いて居ない。


 縄張りを守るために日々魔物を狩り、同族と殺し合い、森の覇者として成長した歴戦のブラッディデスベアーが老齢に至って初めて進化する種。

 それは、魔物分類で言う所の“王種”。その種族としての頂点。真の強者。

 有名所を言うならば“ゴブリンキング”、“クイーン・キラービー”などだろうか。


 ただ、それら有名な者と違う点は只一つ。

 ブラッディデスベアーは生まれた時点で既に森の頂点に生きる魔物だという事。

 そんな化け物が戦いを重ね、種の頂きへと至ったのだ。生半可な強さではない。

 下手をすればドラゴンにも届きうる刃となるだろう。


 親衛隊達も正規兵として訓練を重ねている為、名前を聞いた程度で畏怖を覚える事は無い。

 だが、正規兵だからこそのしがらみがある。

 親衛隊の一人、副隊長らしき装備の人間が代表してセオに告げる。


「……君の言い分、計画は分かった。我々としてもこの森の主は討伐したい。話の通じる君がそれに取って代わればこの森はもっと安全になり、人が気軽に散策出来るようになるだろう」


『では、協力してくれるのか?』


 セオの疑問に対し、副隊長は首を振る。


「……残念だが、今は出来ない。我々の総隊長はタリスタン様だ。総隊長が復活していない状態で私に出来る指示はこの場から帰還し、全員無事に連れて帰る事。それに、まだ君を完全に信用した訳ではない。君の部下が我々を襲撃し、タリスタン様を傷つけたという事実は消えない。ただ、身内を殺した訳ではないからこの件は不問としただけだ」


 悲しそうに尻尾を垂らすセオ。

 副隊長はそれに、と話を続ける。


「我々は君たちの襲撃を受けて体力、気力共に消耗している。怪我こそ回復魔法で治ったが、この低い士気では足手纏いにしかならない。……君の話はしっかりと理解している。我々も森の主は討伐したい。だが、今それを決断する事は出来ない。後日、タリスタン様が復活してから協力するかどうか決めようじゃないか」


 比較的前向きな発言を交えながら、セオの提案を拒否する副隊長。

 しっかりとした訓練、教育を受けている証拠である。

 それを聞いたセオも納得したように顔を伏せ、小さな声で返答する。


『……確かにお主の言う通りだ。我の同胞はやり過ぎた。否定できない。お主の言葉を受け入れ、この場は一旦下がろう。……だが、この森で我が名を呼んでくれれば何時でも話に応じる』


「あぁ、そうしてくれると有難い。我々はこのまま撤退する」


 副隊長は指示を飛ばし、兵を整列させる。そして点呼、損傷確認などを行い始める。

 眠っているタリスタンは樹洞で看病していた兵士の内一人が背負っている。

 セオはそんな彼らに向かい、一つの提案をする。


『……兵士達よ。せめてもの誠意として、我らの背に乗ると良い。急ぎ村まで送り届けよう。虫が良い話だと思うだろうが、我らは人間の敵ではないという事を明白にしておきたい』


 副隊長は少し考えたが、その行為を有難く受け取る事に決める。そして注意を言っておく。


「その提案を有難く受けよう。我々も大分疲労しているからな。……そしてだが、例え間違えてもスローンキリンググリズリーの巣穴なんぞに連れて行かないでくれよ? ちゃんとヨステス村に連れて行ってくれ」


 冗談っぽく言っているが目はマジである。

 もしこの言葉から逸れた行動をすれば袂を分かつ、と視線で物語っている。


 セオも違える事は無い、と副隊長に告げて狼達を呼ぶ。

 とても不服そうに唸る狼達に全員不安そうな表情を浮かべるが、セオの一声でその唸り声は止む。

 狼達も十分訓練されている、という現れであるかもしれない。


残るはナターシャと斬鬼丸だが、セオは斬鬼丸に近付いて少しフレンドリーに話しかける。


『……そこな鎧の人よ。名は何という』


 ハウルの世話をしていた斬鬼丸は顔を上げ、返答する。


「我が名は斬鬼丸。そして人ではなく剣技の精霊であります」


『精霊……? しかしその気配は完全に……』


 その言葉を受けて不思議そうに斬鬼丸の周囲を歩き、眺めるセオ。

 確認するでありますか?と斬鬼丸が口元を上げて中身を見せる事でようやく納得した様子。


『いやはや、まさか剣技の精霊だったとは。しかし、なればこそ我が加護を打ち破るのは道理。剣の極みに至った者とはそういう物だからな。ハハハ』


 けらけらと笑うセオ。

 斬鬼丸も軽く笑いながら返答。


「ハハ、お褒めに預かり恐悦至極であります。しかし、拙者もまだまだ未熟な身。まだ技術に使われているだけに過ぎないであります。この者、ハウル殿に勝てたのも偶然。実際、この鎧が無ければ首を落とされていたでありますよ」


 そう言いながら傷付いた肩口を指差して叩く。

 傍から見れば斬鬼丸の圧勝だが、戦った者同士からすれば相打ちに他ならない。

 この鎧があったから、装備していたから勝てたと謙遜する斬鬼丸に対し、セオは首を振って否定する。


『……いや、命のやり取りに卑怯な物事など存在しない。やらない者が悪いだけの話だ。もっとも、ハウルには普通の斬撃が通らなかっただろう? それは加護と言う名の鎧を付けていたに他ならない。この勝負、鎧の上から相手を斬り伏せたお主の勝利だ。誇って良いぞ』


 セオの言葉で気恥ずかしそうに照れる斬鬼丸。頭を掻く。

 そして、セオはそれを踏まえて斬鬼丸に提案を持ち掛ける。


『……そして、その強さを理解した上でお主にやって欲しい事があるのだ。良いか?』


「何でありますか?」


 立ち上がり、首を傾げる斬鬼丸。セオを見つめる。


『簡単な事だ。我と精霊の力の一部を共有しようではないか。交換という形でな』


 セオの提案を聞き、斬鬼丸はナターシャを見る。

 ナターシャはどうなるかとか全然分からないので『さぁ?』と両手を左右に広げるポージング。斬鬼丸の判断に任せた。

 斬鬼丸はそれを見て少し考え、セオに返答する。


「ふむ……構わないであります。どうすれば?」


 セオは尻尾を振りながらやり方を教える。

 斬鬼丸はセオの指示に従い、手の上に青い炎を出す。

 セオは顔の前に小さな竜巻を起こし、それを斬鬼丸の炎を混ぜ合わせる。

 竜巻は炎を巻き込んで大きくなり、炎が風に含まれる魔力を燃やし尽くして互いに消滅した。


『……これで終わりだ。感謝しよう斬鬼丸』


 どうやらこれで終わりの様子。

 斬鬼丸は身体を見渡すが、特に変化が無い。

 激しく尻尾を振るセオに首を傾げながら問いかける斬鬼丸。


「これは、何か意味があるのでありますか?」


『勿論。互いの精霊としての力を共有しあったという事は、お主も風精霊の力の一端を使えるようになったハズだ。そして、互いの精霊としての信仰も共有出来るようになる。剣技の精霊であり、同時に人の精霊であるお主にとってはとても助かる行為なのだぞ?』


「おぉ……!」


 セオの言葉で嬉しそうな声を出す斬鬼丸。質問を投げかける。


「という事はもしや拙者、食事が出来るようになったのでありますか?」


『それは分からぬ。我が知っているのはこうすると互いの力、信仰を共有出来るという事だけだ。……そして我も、力を通じてお主を理解した。ひたすら戦いに特化しておるな。お主』


 少し呆れたような口調で話すセオ。


「いやぁ……」


 照れたように頭を撫でる斬鬼丸。

 そこに準備を終えた事を確認した副隊長から声が掛かる。


「最終確認が終わった。我々はいつでも帰還できる」


『分かった。お主達はそこにて待つ同胞達の背に乗ると良い。……斬鬼丸。そしてその主の少女よ。お主達は我の背に乗る事を許可しよう。我が加護を打ち破った褒美だ』


 狼達の上には親衛隊達が乗り、伏せたセオの背中にはナターシャと斬鬼丸が乗る。

 セオの背中はとても広くて暖かいので、何となくとなりのト〇ロを思い出すナターシャ。OPの軽快な音楽が脳内に鳴り響く。

 タリスタンは一人の兵士の前に座らされている。まだ眠っているようだ。


『では行くぞ。しっかり掴まっていろ』


 その言葉を受けたナターシャは跨ったまま倒れ込み、セオの毛を掴む。


 すげぇ。めっっっっっっっっちゃモフモフする。ナニコレ新感覚。

 例えるならそう、毛布。質が良くて毛並みが揃ってる奴。それに顔を埋めてる感覚。

 ぐりぐりと顔を動かし、はぁ~……、と感嘆のため息を漏らす。


 異世界物でもふもふが出る理由の一つが良く分かった気がする。

 ナターシャは顔を埋めてしっかり堪能する。もふもふこそ正義。


 そんなこんなの内にセオの号令でタリスタン親衛隊を乗せた狼達が走り出し、ナターシャと斬鬼丸が跨るセオもその後ろに続く。

 木々の隙間を縫うように走るハウリングウルフの一団は、あっという間にヨステス村へと到着した。

 その速さ、正しく疾風の如し。


 ……まぁ、セオの毛並みがあまりにも気持ちいいせいで俺が爆睡し、道中の記憶を一切持って無いから速く感じるだけなのかもしれないけどね。

相変わらずスランプだしもう心折れてるけどスタッツ編を書きたいので頑張ります。

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