120 三日目:さっきの敵は今の友
「ふむ……」
斬鬼丸はセオという狼の提案を聞き、先ほど斬り伏せたハウルの方を見る。
既に息が浅く、事切れるのは時間の問題だろう。
セオと駆け引きを行う余裕は無く、拙者としても、この者が此処で死してしまう事を本当は望んでいない。ならば……
「……少々待たれよ」
斬鬼丸は大声でナターシャを呼び、早急に来る事を告げる。
駆け足で樹洞から出てきたナターシャはセオの姿を見ると驚いて一瞬停止。
しかし気持ちを切り替えるのが得意なようですぐさま斬鬼丸の傍に寄り、言われた通りに斬り伏せられた狼の治療を開始する。
「“――神癒伊吹”。……なんで狼を治す事になってるの?」
回復しながら当然の疑問をぶつけるナターシャ。
斬鬼丸は腕を組んで見守りながら説明。
「此方に居るセオ殿の願い、というのが一つでありますが、拙者としても此処で殺すのは惜しいと思っていた所故に」
ナターシャはその言葉を受け、こう疑問を返す。
「……まだ強くなりそうだから?」
名残惜しそうに話しているが、ナターシャにはお見通しである。
斬鬼丸はバレたかといったように腕を解き、腰に手を当てて頷きながら話す。
「如何にも。良き好敵手となってくれそうであります」
「……まぁ、色々言いたいけど優しいのは良い事だよね。うん。……まだ息が浅い。出血してるから血が足りてないのかな。なら……“造血”、“肉体活性”、“瞬間造血”。後は天使ちゃん天使ちゃん……」
ナターシャはあたふたしながらも的確に治療を行っていく。
そして分からない部分は天使ちゃんに聞く。
ナターシャ
[天使ちゃーん。]
天使
[はい天使ちゃんwithナイト! もう夜です!]
ナターシャ
[大量出血した人の血を増やす魔法ってある? 今にも死にそうなんだけど。]
天使
[いまいち状況が掴めないけどなんだか命の危機っぽいので教えますよー? “血沸き肉躍れ肉体の美学! 眠りし神秘よ今光り輝け! 血気爆盛”!]
ナターシャ
[なんか弾けて混ざりそうだし筋肉の香りがする。]
天使
[注意点として血を作るのに栄養が必要だから食事させてね!]
ナターシャ
[分かった。意識が無い場合は?]
天使
[なら蘇生魔法かな。“死に瀕する魂よ、元の肉体に戻れ! 蘇生し、意識を取り戻せ!瀕死蘇生”!]
ナターシャ
[破壊しても永遠と場に召喚されそう。取り合えず蘇生魔法から使ってみるよ。ありがと天使ちゃん。]
天使
[どもども!天使ちゃんはいつだってなっちゃんの味方です! イエーイ!]
ナターシャ
[深夜テンショ……いや飲んでるな貴様。]
天使
[かーっ! バレたかー!]
最後に楽しそうにお酒を飲むリターリスと天使ちゃん、そして困った笑顔を浮かべているガーベリアママンの写真が送られてくる。
ナターシャは呆れながらLINEを終了。スマホをバッグに収納して狼を蘇生しに掛かる。
「“死に瀕する魂よ、元の肉体に戻れ。蘇生し、意識を取り戻せ。瀕死蘇生”」
『……ッ!? ゲハッ!? ガハァッ!!!』
魔法の効果で狼が血の塊を吐き出しながら蘇生する。
混濁した意識ながらも身体を起こし、四肢を震わせながら立ち上がる。
ナターシャは続いて造血魔法を使用。
「“血沸き肉躍れ肉体の美学。眠りし神秘よ今光り輝け。血気爆盛”」
狼の身体に赤く濃いオーラが掛かり、包み込む。
魔法の効果で血が増えてきたのか四肢の震えが少しづつ収まってきたが、今度は口元から涎を出し始める。
あぁ、食事が必要なんだっけ……肉食動物だしブロックボアーで良いよな。タンパク質と鉄分取れるし。
ナターシャは狼の目の前に焼き立てのブロックボア―を落として食事する事を勧める。
「これ食べて」
指示通り狼は噛み付くが、力が入らない様子。噛み千切れない。
ナターシャは腰のナイフを抜いてクルリと回し、斬鬼丸に柄を向けて指示。
「斬鬼丸。このイノシシ一口で食べられるサイズに斬って」
「御意」
ナイフを受け取り、狼が噛みついた部分を手際よく切り取る斬鬼丸。
ようやくブロックボア―から離れ、皮ごと肉を咀嚼する狼。
斬鬼丸は狼がゆっくりと咀嚼している間、ナイフを使ってイノシシの身体に賽の目に切れ目を入れていき千切れやすくする。
「……とりあえず私が出来るのはこれくらいかなぁ。ビタミンとかはどうしようも無いから……あぁ、内臓食べて貰えば行けるかな……」
ふぅ、とため息をついて肩の力を抜くナターシャ。
そこに治療がひと段落付いたのを理解した巨大な狼、セオが話しかけてくる。
『感謝する魔王殿。元居た北方では遠目で見るだけに過ぎなかったが、まさかこのような地で出会う事になるとは』
セオはナターシャに対して大層敬意を払い、地面に伏せて頭を垂れる。
他の狼もセオの様子を見て同じ行動をする。
対して、魔王と勘違いされたナターシャは手を振りながら否定する。
「……いえいえ、魔王じゃないですよ? ただの男爵家の令嬢です。人違いでは?」
セオは首を傾げながら発言する。
『しかしその魔力量、魔王として謙遜は無し。いくら魔術で隠そうとも風の中に混じる魔力が殆ど貴方の物ならば間違えようは無いと存ずるが』
「いえホントに人違いですし魔王になる気なんて微塵も無いです……が、秘密にしておいて下さい。面倒な事になると困るので……」
ナターシャは冷や汗を流しながら親衛隊の兵士をチラチラと目視する。
今のところは復活した仲間との会合でコチラにあまり注意を向けていないのが救いか。
少し考えこんだセオだが、すぐさま理解してナターシャの意思を尊重する。
『何やらやむにやまれぬ事情があると。……分かった。我が同胞を救ってくれた恩義に報い、永劫の秘密としよう』
「はいお願いします……あと人に見られるかもしれないんで早く頭上げて下さい……」
セオはナターシャの言葉通りに立ち上がり、他の狼も続く。
野生生物にあるまじき規律正しさだ。
樹洞に居る親衛隊達はほぼ全員復活していて、後はタリスタンが起床が次第帰還の準備を進めるだろう。
セオはナターシャ達から離れ、親衛隊達にゆっくりと近づいていく。
『そこな人間たちよ。非礼を詫びよう。そして再び元気になった事に祝辞を述べる』
突然の謝罪に困惑した親衛隊達だが、話が通じる事も相まって警戒しながらもセオと会話する。
「……感謝はしよう。我々を襲ったのも魔物ならば仕方ないとも」
「同じく」
「だが、何故友好的に接するんだ。都合が良過ぎるのではないか?」
「そうだ。理由を説明して欲しい」
セオは少し顔を伏せるが、経緯について話し始める。
『……我が同胞達は人間を嫌っている。
当然だ、仲間を殺す者だからだ。
故に我が指示、“命を取らずに部隊を捕らえよ”という命令であっても、
怨渣を込めて攻撃をしてしまう。
それだけ北の地では人間に苦しめられた。
……だが、私は知っている。
人間が多いのは生き残る知恵を持ち、食物を作る術を知っているからだと。
我々は狩る事しか知らぬ。
それ以外の事が出来ぬ。
それでは冬、狩る獲物が無くなった際に、人間から家畜を奪うしか方法が無くなる。
そんな事をすれば、またしても嫌われる。
……私は、その負の連鎖から抜け出したいと考えた。
人の英知の恩恵を受け、我々も人と同じように自給自足を出来るようになりたいと思っている。
その為に手始めとして、運良く森に入ってきたお前達を森に閉じ込めた。
とある事を協力して行い、人と友好関係を築くべく。
手荒だった事は本当に申し訳が無いと思っている。
だが、我らにはもう余裕が無いのだ。
こうするしか方法が無かった。どうか分かってくれないか』
大半の親衛隊は怒りの感情が収まったようだが、それでも許せない一部の者はセオに要求する。
「……お前の気持ちは分かった。だが、言葉だけでは足りない」
「そうだ。こっちは死にかけたんだぞ」
多少無理を言っている事を承知で要求する。
行動で示さないと協力する気はないという意思表示だ。
セオは軽く頷き、親衛隊達に向けて発言する。
『我らの行動だけで済むならば。……同胞達に代わり、長である我、アルカンマリカのセオがお前達に謝罪する。すまなかった』
軽く頭を垂れ、伏せるセオ。他の狼達もセオの行動に従う。
その様子を見て一部も多少は腑に落ちたようで静かになる。
「それで、セオ……と言ったか。お前は我々にどんな手伝いをして欲しいのだ?」
親衛隊の一人がセオに尋ねる。
セオは直球に計画を話す。
『簡単だ。……この森にあまり入らないお前達は知る由もないだろうが、この森には一匹、“主”が居る』
少しだけ息を呑むセオ。緊張しながらもその名を口にする。
『その名もスローンキリンググリズリー。玉座を頂く殺戮熊。……我はコイツを討伐し、この森の新たな主となる。そしてあわよくば、我々が害のある存在ではない事を知らしめたい』




