キシリス
セトとクアルは入り口に顔を向けた。
そこにはゆったりとした長衣を身にまとった女性がいた。カルナ教の紋章を形どった首飾りを豊かな胸元が押し上げている。黝の髪は短髪で彼女の白い顔を際立たせていた。
「落し物を探しているのですが、こちらに届いてないでしょうか?」
「なにを落としたのだ」
「指輪なのですが……大事なものなので、とても困っているのです」
女は心細いのか眉をひそめている。
「そんなの、とっくに拾われて金にかえられてるよ。あきらめな」
セトはひらひらと手を振った。
「貴様はだまっていろ。拾得物リストにないか調べてみよう。座って待っているがよい」
「はい。ありがとうございます」
女性は深々とお辞儀をした。クアルは書棚に行くと一冊の本を取りめくり始めた。
「どこかではずして忘れてるんじゃないのか」
クアルと入れ替わる形で座った女にセトは言った。
「外出した時、確かに指に嵌めていましたし、はずした覚えもないんですもの。今日、立ち寄ったところは全てあたってみたのですが見つからなくて、ああ、どうしよう」
顔を手で覆うと首を左右に振る。
「その指輪、そんなに高いのか」
「値段なってつけらませんわ!」
キッ!と顔をあげて女性はいった。
「そ、そうか。それは悪かったな」
セトは面食らった。
「見た目はただの鉄のリングなのですけど……魔法具なのです」
「指輪の届けはないな。魔法具といったが危険なものなのか?」
本を閉じながらクアルはいった。
「ジンギィー・ワーズが持っていたものだと伝えられています。効果を発動するには特別な儀式を必要としますから、危険はないと思います」
女性はその効果がどのようなものかまでは知らないようだった、魔法具は一度使うと使用不能になることが多いからである。
ジンギィー・ワーズとは”魔道の国”リデイオ出身の魔術士で、生死不明となったこの百年間でも賞金首の最高額者だ。とクアルは説明した。
「確かに値段はつけられないだろうな。ていうか、なんでおたくがそんなもの持ってたんだ?」
「……あっ、申し遅れました。私はキシリスと申します」
おたく呼ばわりされてムッとした後、キシリスは思い出したように名乗った。
「私はクアル・アグリウス」
「ええ、存じ上げておりますわ」
なぜ、みんな私を知っているのだろう?クアルの悩みはつきない。
キシリスはにこやかに微笑むとセトにまなざしをむける。
「俺はセトだ。仲間内じゃ"横着な"セトで通っているけど、あんまり気にいってないからセトでいいよ」
セトは思わず余計なことまで口走る。
「それで?」
クアルは話を促した。
「あの指輪は私の一族が代々、受け継いできたものなのです。母の形見でもありますし……」
両手を組むキシリスの瞳は潤んでいる。
「ギルドに依頼したら見つかるかもな」
というとセトは表にて小石を拾い、向かい二軒隣りの軒下にいた路上生活者に投げつけた。
「失せ物探しはいくらするんだ」
「20」
路上生活者はつぶやいた。
「守銭奴どもが」
セトは唾を吐くと詰所に戻った。
「20金だと」
現金を持ち歩かない主義であるクアルは不思議そうにしている。
「高いのか?それは」
「レンガなら家がたつぜ」
「そんなお金はとても……」
「まだ落としたと決まった訳じゃないだろ。盗まれたんだったら探しようはあるよ」
「しかし、指にはめたものを相手に気づかれずに盗めると思うか?」
「どうだろうね」
怪訝に尋ねたクアルにセトは右手に持ったものを差し出した。見覚えのある布地である。これは確か……
「!」
弾かれたようにクアルは立ち上がると自らの胸に手をあてた。セトが持っていたのは彼女の胸部の補正下着だった。
「熟練した盗賊にかかればこんなもんだな。指輪くらい訳ないよ。着痩せしてるのかと思ったけど、あんまり無いんだな」
戦利品を指先で器用にまわしながらセトは得意気にいった。
「死ね」
クアルは抜剣した。
「きゃあ!」
キシリスが叫び終わるまでにクアルは三回斬りつけた。セトは寿命を延ばすためにそれらを避けなければならなかった。
「怒るなよ!ほら、返すから」
逃げこんだテーブルの下からセトは下着を放り上げた。
クアルはそれをテーブルごと切断した。セトはテーブルの下から転がりでると注意深く腰をさげた。
「クアルさん、やめてください!セトさんは、その、あの、下着が盗めるぐらいだから指輪を取ることも可能だと、わかりやすく示してくださったのですよ」
だとしても常軌を逸した行動である。お互いに。
「……貴様の血で剣を錆びらせることもないな」
剣をおさめると逆立った髪をなでつける。
「凶暴なやつだな」
「なにかいったか」
「いえ、なにも」
セトは倒れたイスを足でおこして座った。
「このテーブルどうするんだよ。俺達の税金をなんだと思ってるんだ」
セトは自分の身代わりに粉々になったテーブルを案じた。闇社会に生きる彼もギルドを通して納税をしている。ただし、国の帳簿には載らない。賄賂ともいう。
「私の給与から修繕費をだしておく」
クアルは憮然として言い放った。しかし、テーブルは修繕の余地がないほど壊れていた。




