第18話 下総・流山の陣にて―誠の行方―
雨上がり。
湿った土。
重い空気。
下総・流山。(今の千葉県)
兵がざわめく。
遠く。
煙。
旗。
囲まれている完全に。
「……来たな」
近藤勇。
静かに立つ。
その横に
土方歳三は目を細める。
隊士の一人が駆け寄る。
「近藤さん……」
息が荒い。
「もう四方囲まれている……無理かもしれねぇ」
震える声。
近藤は、わずかに笑う。
「ああ」
短く。
「そうだな」
空を見上げる。
曇り。
「ここで死ぬしかねぇか」
沈黙。
誰も動けない。
終わりが見えている。
その時土方が口を開く。
低く。
だが強く。
「……いや」
全員が見る。
「近藤さん」
まっすぐに。
「……あんたは死ぬな」
空気が止まる。
近藤、眉をひそめる。
「何を言ってる」
土方、続ける。
「生き残ってくれ」
一歩。
踏み込む。
「……あんたが生きていれば」
「まだ望みがある」
近藤、動かない。
ただ見ている。
土方の声が震える。
だが止まらない。
「俺たちの誠ってのはな……」
言葉を噛む。
「忠義ってのは……」
拳を握る。
「……あんただ」
静寂。
「俺たちは」
「……あんたについてきただけだ」
「それが誠だ」
近藤の目が揺れる。
初めて大きく。
土方は続ける。
「情けねぇと思うけどよ」
息を吐く。
決意。
「偽名を使って……捕虜になってくれ」
「……生きろ」
長い沈黙。
風が吹く。
近藤は、ゆっくりと目を閉じる。
(逃げるのか)
(生きるために)
(誠を捨てて)
違う。
そうじゃない。
目を開く。
土方を見る。
「……土方」
低く。
「お前はどうする」
土方。
わずかに笑う。
「俺は江戸に行く」
背を向ける。
「勝海舟に会ってくる」
歩き出す。
止まらない。
「海舟は必ず……局長を助ける道を持ってくる」
隊士たちが道を開ける。
誰も止めない。
止められない。
土方が走る。
全力で。
振り返らない。
残された近藤。
静かに立つ。
やがて口を開く。
「……わかった」
小さく。
だが、はっきりと。
「わしの名は……大久保大和」
誠を背負ったまま。
偽名を使って誠の局長は生きる道を選んだ。
その背を風が吹き抜ける。
それはもう新選組の風ではなかった。
つづく。




