第13話 油小路事件―誘いと裏切り―
京の町に、妙な噂が流れていた。
「新選組は血に飢えた荒くれもの殺人集団だ」
「誠など、ただの建前よ」
それを広めていたのは
伊東甲子太郎。
護陵衛士に移った男。
知を持つ天才剣士。
そして、新選組を内側から知る者。
―護陵衛士―
新たな屯所だが。
空気は荒れていた。
「新選組だと?」
吐き捨てる声。
「あんな連中が“誠”だと?」
笑いが起こる。
「仲間すら斬る幕府の犬どもが」
誰も止めない。
その中心に伊東甲子太郎。
一人の隊士が、伊藤に近づく。
「……あんた、本当に裏切ってねぇだろうな」
静かだが、棘のある声。
伊東は笑わない。
「疑うのは当然でしょう」
すると、その男は言う。
「なら証を見せろ」
間。
「新選組の局長を斬れ」
空気が止まる。
誰も息をしない。
伊東は一瞬だけ目を伏せる。
(……そう来るか)
だが
何も言わない。
その様子を建物の物陰より
闇の中で、じっと見ている男がいた。
(……なるほどな)
すべてを理解する目。
その場に一人。
何も言わずに座る男。
新選組の三番隊 隊長
斎藤一。
無表情。
だが、全てを聞いている。
(……そうか)
静かに立ち、夜に紛れる。
壬生屯所。
土方の前に斎藤一が参上した。
「……伊東が動く、局長を討ちに」
それだけ。
土方の目が細くなる。
「……やっぱりな」
迷いはない。
「近藤さん」
近藤は静かに聞く。
「どうする」
一瞬の沈黙。
そして。
「伊東を……呼べ」
即、決断をした。
夜の京。
静かな灯りの中
伊東甲子太郎 のもとへ、一通の誘いが届く。
差出人は
近藤勇
「伊東先生、今宵飯でも食べよう。」
短い文。
護陵衛士の屯所。
「……行くのか?」
隊士が問う。
伊東は、わずかに笑う。
「元は同じ釜の飯を食った仲です」
「断る理由はありません」
だが
その目は冷たい。
(何かが起きる)
分かっている。
それでも行く。
妾宅。
酒。
灯り。
近藤が座っている。
「久しいな、伊東先生」
穏やかな声。
かつてと同じ。
伊東も座る。
「ええ。ずいぶんと」
酒が注がれる。
杯が交わる。
静かな会話。
昔話。
剣の話。
時代の話。
だが。
どこか噛み合わない。
近藤は語る。
「……京は、まだ荒れる」
「我らが抑えねばならぬ」
伊東は返す。
「もう時代は動いています」
「刀だけでは、止められません」
沈黙。
火が揺れる。
「さすが伊東先生、何でもお見通しだ。」
酒が進む。
夜が深くなる。
伊東の頬が赤くなる。
酒酔い。
だが完全には崩れない。
剣士の警戒。
それでも。
判断は鈍る。
「では……これで」
伊東が立つ。
近藤は頷く。
「夜分につき気をつけてな」
その言葉。
優しい。
だが
どこか遠い。
京の夜外。
冷たい夜気。
油小路の木の橋の上
静まり返る道。
伊東は歩く。
一歩。
また一歩。
その時。
気配。
「――ッ」
遅い。
闇が動く。
斬撃。
一閃。
「ぐっ――!」
さらに。
二人。
三人。
四方から。
囲む。
新選組隊士の大石鍬次郎らの集団戦術。
「……なるほどな」
血を吐きながら。
伊東が笑う。
「最初から……これか」
目が光る。
怒り。
そして理解。
「奸賊ばら……!!」
意味:心のねじけた邪悪な悪人目が
叫ぶ。
それが伊東の最後の言葉。
次の瞬間
土留めを刺す刃が走る。
伊東甲子太郎が、顔面から、うつ伏せに倒れる。
動かない。
静寂。
誰も何も言わない。
ただ、血が流れる。
土方が現れる。
土方歳三が
冷たい目で死体を見る。
「……ここからだ」
短く言う。
遺体は橋の上に、そのまま放置される。
囮として。
翌朝。
護陵衛士。
「伊東さんが……!!」
護陵の隊士が駆け寄る。
その瞬間。
「囲め」
新選組。
包囲。
混乱。
怒号。
「てめぇらぁ!!」
戦闘開始。
乱戦。
血。
悲鳴。
地獄。
この戦いで
藤堂平助 は戦死する。
かつての仲間同士が。
斬り合う。
完全な崩壊。
土方が呟く。
「……これが誠だ」
誰も答えなかった。
つづく




