第11話 武士の最期
元治二年二月二十三日。
壬生屯所。
静かだった。
異様なほどに。
誰も笑わない。
誰も声を上げない。
ただ
一人の男の最期を。
待っていた。
部屋には白い畳。
中央に置かれた短刀。
そこに座すのは
山南敬助。
背筋は伸び。
乱れはない。
まるで
これから死ぬ人間には見えなかった。
正面に近藤勇。
目を閉じている。
何も言わない。
いや。
言えない。
その隣に土方歳三。
腕を組み。
ただ見ている。
冷酷に
だが
その奥には
誰にも見せぬ感情があった。
少し離れて伊東甲子太郎。
唇を噛みしめている。
何も言えない。
ただ。
見ているしかない。
そして
背後に立つ男。
沖田総司。
介錯人として
刀を握る手が震えている。
「……総司」
山南が呼ぶ。
その声はいつも通り穏やかな優しい声。
「頼む」
それだけだった。
沖田の喉が詰まる。
「……やめてくださいよ」
声が崩れる。
「なんで……じぶん、なんですか」
刀が震える。
涙が落ちる。
山南は微笑む。
「お前だからだ」
静かに。
「お前なら……迷わず斬ってくれる」
違う
迷っている。
迷っているに決まっている。
だが
それでも
総司に託す。
それが
山南の覚悟だった。
山南は、短刀を手に取る。
ゆっくりと。
腹に当てる。
誰も動かない。
止めない。
それが武士。
「……」
一瞬。
静寂。
そして
短刀を真横に引いた。
腹から血が溢れる。
だが。
叫ばない。
顔も歪めない。
ただ。
静かに。
受け入れる。
それが“誠の男”の武士としての最期。
「……総司」
最後の声。
沖田の視界が滲む。
何も見えない。
何も聞こえない。
ただ。
目の前の人が。
死んでいく。
「ありがとう」
その言葉は
優しすぎた。
次の瞬間。
沖田が動く。
だが。
それは剣ではない。
悲鳴だった。
「――っ!!」
涙を流しながら。
刀を振るう。
一閃。
首が落ちる。
音がする。
重い音。
終わりの音。
沈黙。
沖田は動かない。
刀を握ったまま。
震えている。
やがて。
崩れ落ちる。
「……なんでだよ」
かすれた声。
「なんで……あんたが死ななきゃいけないんだよ……」
誰も答えない。
答えられない。
しばらくして。
近藤が目を開く。
そして
静かに言う。
「……見事であった」
一拍。
「浅野内匠頭でも、こうは果てまい」
それは称賛
だが
どこか虚しい。
後日。
伊東甲子太郎は切腹した山南へ句を詠む。
春風に
吹き誘われて 山桜
散りてぞ人に 惜しまれるかな
吹く風に
しぼまんよりも 山桜
散りてあとなき 花ぞ勇まし
散るからこそ。
美しい。
だがそれは。
あまりにも残酷な美しさだった。
つづく




