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【カクヨムコンテスト11 中間選考突破】 累計336万9千PV 僕の戦国時代  作者: 虫松
新選組列伝ー誠の残響ー

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第9話 伊東甲子太郎という男

池田屋の夜から数日。

京の空気は変わった。


「新選組が守った」

「新選組が京を救った」

「京の街は放火されなかった。」


噂は広がる。


恐れと。

憧れと。

その両方を連れて。


壬生屯所。


門の前に、男が立っていた。


伊東甲子太郎いとう かしたろう


細身。

整った顔。


だが。


目が違う。


静かで。

底が見えない。


門番が問う。


「何用だ」


伊藤は一礼する。


「剣を試しに来ました」


その声。


穏やか。


だが。


一切の迷いがない。




道場。


隊士たちが集まる。


「新入りだと?」


「またか」


ざわめき。


中央に立つ伊東。


対するは古参隊士。


「来い」


軽く構える。


その瞬間。


伊東は動かない。


ただ、見る。


相手の呼吸。


足。


間合い。


すべてを読む。


「……遅い」


一歩。


踏み込む。


次の瞬間。


勝負は終わっていた。


「……は?」


気づいたときには。


喉元に刃。


一振り。


それだけ。


「な……」


誰も理解できない。


速さではない。


技でもない。


“読み”。


すべてを見切った上での一太刀。


ざわめきが広がる。


「今のは……」


「見えなかったぞ……」


その時。


道場の奥。


近藤勇が見ている。


目を細める。


「……面白い」


隣には土方歳三。


「気に入らねぇな」


即答。


「強いが……匂う」


近藤は笑う。


「強ければいい」


その一言。


それが新選組。



道場の外。

伊東が歩く。


その前に立つ影。


沖田総司。


「あなた、強いですね」


笑っている。


だが。


目は笑っていない。


伊東も笑う。


「あなたほどでは」


静かな空気。


二人の天才剣士。


言葉はいらない。


沖田が言う。


「やります?」


伊東は一瞬、考える。


そして。


「今日はやめておきましょう」


微笑む。


「勝てない戦は、しません」


沖田の目が細くなる。


「……へぇ」


理解する。


この男は“ただの剣士じゃない”。





数日後。


伊東の名は広まっていた。


剣。

知略。

弁舌。


すべてが一流。


近藤が告げる。


「伊東甲子太郎」


静寂。


「お前を」


一拍。


「幹部に据える」


どよめき。


早すぎる昇格。


だが誰も反論できない。


強すぎる。


伊東は頭を下げる。


「光栄にございます」


その顔。


穏やか。


だが。


誰にも見えない場所で

ほんのわずかに笑っていた。


道場の熱気は、まだ冷めていない。


「すげぇな……あの伊東って男」


「一瞬だったぞ」


「幹部昇格も当然だろう」


笑い声。


興奮と賞賛。


その中に一人だけ。


沈んだ影があった。


山南敬助。


静かに、座っている。


何も言わず。


ただ。


聞いている。


「……当然、か」


小さく呟く。


誰にも届かない声。



脳裏に浮かぶ。

池田屋事件に“そこにいなかった自分”。


(私は……)


拳が、膝の上で震える。


(何をしていた)


理由はある。


体調。

任務。

配置。


だが。


そんなものは関係ない。


あの場にいなかった。

それがすべてだった。


その時

足音。


畳を踏む音が近づく。


顔を上げる。


伊東甲子太郎。


「山南さん」


柔らかい声。


笑顔。


だが。


どこか距離がある。


「お加減はいかがですか」


山南は微笑む。


「問題ない」


短い返答。


沈黙。


伊東は、座る。


「池田屋……見事でしたね」


その言葉。


まるで他人事のように。


山南の目が、わずかに揺れる。


「……そうだな」


声が、少しだけ低くなる。


伊東は続ける。


「しかし」


一拍。


「無謀とも言えます」


空気が変わる。


山南が、ゆっくり顔を向ける。


「何が言いたい」


伊藤は微笑む。


「力で押さえつけるだけでは、いずれ限界が来るということです」


静かに。


だがはっきりと。


「新選組は、変わるべきです」


その言葉は刃のように。

山南に刺さる。


山南は目を閉じる。


(変わる……?)


では今までの“誠”は何だったのか。


仲間を斬り。

規律に縛り。

命を削ってきたものは。

間違いだったのか。


伊東は立ち上がる。


「近藤局長は、優れた方です」


だが。


続く言葉。


「だからこそ、支える者が必要です」


それは“自分だ”と言っているようだった。


山南の指が、畳を掴む。


わずかに力が入る。





道場の外。


笑い声。


新しい隊士たち。


活気。


未来。


そのすべてが。


遠い。


「私は……」


声が漏れる。


「遅れているのか」


誰も答えない。


池田屋にいなかった男。

新しい時代についていけない男。


それが自分。


その時。


ふと。


視線を感じる。


振り向く。


廊下の奥。


土方歳三が立っている。


腕を組み黙って見ている。


山南と、伊東を。


その目は冷たい。


すべてを見透かすように。


「……」


何も言わない。


だが。


空気が語る。


「気づいているぞ」


山南は目を逸らす。


逃げるように。




夜。


部屋。


灯り一つ。


山南は、座っている。


動かない。


「誠とは……何だ」


答えは出ない。


ただ胸の奥に

小さな違和感が残る。


それはやがて。


消えない“ひび”になる。

仲間を斬る掟、変わり始める組織。


そして取り残される自分。

誠は確実に壊れ始めていた。



つづく

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