第6話 池田屋事件の序章―権力奪還計画―
壬生屯所。
地下。
湿った空気。
灯りが、揺れている。
縄に縛られた男。
古高俊太郎。
攘夷派の志士。
「……話せ」
土方が言う。
低く。
一切の感情を削ぎ落とした声。
古高は笑う。
血に濡れた口で。
「幕府の犬が……」
その瞬間。
鈍い音。
棒が振り下ろされる。
「ぐッ……!!」
近藤は、黙って見ている。
土方は止めない。
「何を企んでいる」
一撃。
「どこまで進んでいる」
また一撃。
骨が軋む音。
古高の呼吸が乱れる。
「言え」
沈黙。
さらに打つ。
血が、床に落ちる。
「仲間を守るか」
土方が顔を近づける。
「それとも、ここで終わるか」
長い沈黙。
古高の目が揺れる。
「……お前たちは……」
かすれた声。
「止められない……」
近藤の目が鋭くなる。
「何をだ」
古高の唇が震える。
そして
「……京都を……燃やす」
空気が凍る。
土方の目が細くなる。
「続けろ」
古高は、吐き出す。
「御所を焼き……混乱に乗じて……」
「松平容保を殺す……」
「そして天皇を……奪う……」
沈黙。
「権力を……取り戻すために……」
それは――
“権力奪還計画”
京を、炎で覆う計画。
近藤の拳が、わずかに震える。
脳裏に浮かぶ。
燃える都。
倒れる人々。
土方が言う。
「……ふざけやがって」
低く。
怒りを押し殺して。
近藤が立ち上がる。
「動くぞ」
その声は、決意だった。
「この京は」
一歩、前へ。
「絶対に守る」
土方が頷く。
「計画ごと潰す」
こうして新選組は動く。
壬生屯所を出た瞬間。
京の空気が変わる。
「……本当に、御所を焼くのか」
誰かが呟く。
答えはない。
あるのは――
「そうかもしれない」という恐怖だけ。
近藤は歩く。
迷いなく。
「京を守る」
ただ、それだけ。
三条へ向かう。
夜の京。
提灯が揺れる。
人影が消える。
「御用改めだ!!」
一軒目。
障子を叩き割る。
「新選組だ!!」
だが、そこにはいない。
静まり返る部屋。
怯えた町人。
「違う……」
次の宿場へ。
「御用改め!!」
戸を蹴破る。
「開けろ!!」
また違う。
空振り。
土方が吐き捨てる。
「どこだ……」
近藤は答えない。
ただ、京を見る。
この街全体が敵に見えた。
その頃。
別の路地。
桂小五郎は夜風に立つ。
「古高が捕まったか……」
目を細める。
「……軽率だったな」
池田屋に集まるはずだった志士たち。
だが場所は急遽決まった。
「救出のための会合」
それだけのはずだった。
遠くで
「御用改めだァ!!」
新選組の声が響く。
桂の顔が変わる。
「……来たか」
一歩、踏み出す。
だが。
友人が止める。
「やめろ」
「今行けば、囲まれる」
沈黙。
桂は歯を食いしばる。
「……っ」
拳が震える。
「今は……退く」
その決断。
それが後に“逃げの小五郎”と呼ばれる始まり。
一方。
京の別の場所。
坂本龍馬。
神戸。
海を見ている。
「京が騒がしいのう」
勝海舟のもと
船と鉄の匂い。
「時代が……動いちゅう」
だがこの夜。
彼は、いない。
再び京。
新選組。
「御用改め!!」
「新選組だ!!」
走る。
探す。
叩き込む。
だが見つからない。
焦りが広がる。
「本当にいるのか……?」
隊士の誰かが言う。
その瞬間。
土方が睨む。
「疑うな」
低く。
「“いる前提”で動け」
沈黙。
近藤が止まる。
三条木屋町。
風が止まる。
一軒の旅籠。
灯りが、消えない。
人の気配。
だが静かすぎる。
沖田が笑う。
「……逆に、不自然ですね」
永倉が刀に手をかける。
「ここだ、当たりだな」
近藤が前へ出る。
その瞬間。
全員が理解する。
ここが戦場。
近藤、低く。
「御用改めだ」
音が消える。
京が、息を止めたようだった。
「開けろ」
中で、わずかな物音。
誰かが息を呑む気配。
沖田が囁く。
「……いる」
近藤。
刀に手をかける。
「京を守れ」
その一言。
次の瞬間。
「斬るぞ」
障子が吹き飛んだ。
つづく




