第3話 新選組の誕生―誠を背負う者たち―
京の空気は、張り詰めていた。
風が重い。
人の声が、どこか低い。
「長州が動くぞ」
そんな噂が、町に満ちていた。
壬生浪士組の屯所。
土方が障子を乱暴に開けた。
「来たぞ」
低く言う。
近藤は顔を上げた。
「……何がだ」
「御所が封鎖された」
その一言で、空気が凍る。
八月十八日。
朝廷を巡る争いは、ついに動いた。
尊王攘夷の長州。
公武合体の会津・薩摩。
そして、天皇。
すべてがぶつかる。
京は、戦場になった。
「出るぞ」
近藤が立ち上がる。
迷いはない。
「我らは、守る側だ」
その一言に、全員が刀に手をかけた。
御所周辺。
怒号。
足音。
武装した者たちが入り乱れる。
長州の志士たちが叫ぶ。
「攘夷だ!天皇の御心だ!」
それを、遮る声。
「止まれ」
近藤だった。
一歩、前へ出る。
背後には隊士たち。
まだ名もなき浪士組。
だが、その立ち姿にはすでに“統率”があった。
「ここは通さぬ」
静かに言う。
長州の男が睨む。
「何者だ貴様ら!」
一瞬の沈黙。
近藤は答える。
「幕府預かりの者だ」
そして
「この京を乱す者は、斬る」
刀が抜かれる。
その音が、空気を裂く。
戦いは一瞬だった。
斬る。
避ける。
倒す。
血が飛ぶ。
だが、近藤の目は冷静だった。
感情はない。
ただ
「守る」
それだけだった。
やがて
長州は退いた。
御所は守られた。
京に、静けさが戻る。
数日後。
壬生浪士組
一同が集められる。
上座には、会津藩主の名代。
そして
一枚の書。
「この度の働き、見事である」
静かに読み上げられる。
「よって、汝らに名を与える」
空気が張り詰める。
近藤は、息を止めた。
「新選組」
その言葉が、落ちた。
誰も動けない。
その名の重さに。
土方が小さく笑う。
「名がついたな」
だがその目は、鋭い。
「逃げられねぇぞ、もう」
さらに。
箱が運ばれる。
中には
浅葱色の羽織。
白い山形模様。
誰もが知ることになる、“あの姿”。
近藤が手に取る。
布の重み。
それは、ただの衣ではない。
「……これが」
小さく呟く。
土方が言う。
「誠だ」
短く。
だが、重く。
一人、また一人と羽織を手に取る。
永倉 新八
沖田 総司
山南 敬助
それぞれが、違う表情をしていた。
誇り。
高揚。
そして
わずかな不安。
近藤が羽織を纏う。
ゆっくりと、腕を通す。
風が吹く。
浅葱が揺れる。
その背に
大きく、一文字。
【誠】
その瞬間。
彼はただの農民ではなくなった。
ただの剣士でもない。
「誠の局長」
その姿が、そこにあった。
「いいか」
近藤が言う。
全員を見る。
「この名を汚すな」
静かに。
だが絶対の重さで。
土方が続ける。
「局中法度を定める」
空気が変わる。
誰も動かない。
土方の声が、低く響く。
「一、局を脱するを許さず」
ざわり、と空気が揺れる。
「一、私に金策を行うべからず」
「一、私に訴訟を起こすべからず」
「一、私に争うべからず」
一拍。
土方が顔を上げる。
「以上に背く者――」
沈黙。
「切腹」
その言葉が、空気を凍らせた。
誰も声を出さない。
出せない。
山南だけが、わずかに目を伏せた。
「……誠とは」
小さく呟く。
近藤が前へ出る。
全員を見渡す。
「誠とは」
低く。
だが確かに。
「命を懸けるものだ」
その言葉に。
誰も逆らえなかった。
土方が言う。
「この組に、逃げ場はねぇ」
沖田が笑う。
「いいじゃないですか」
楽しそうに。
「命懸けなんて」
だが。
その笑みの裏にあるものを。
誰もまだ知らない。
夜。
壬生の庭。
近藤は一人、立つ。
背には「誠」。
「武士に……なれたか」
空を見上げる。
答えはない。
ただ一つ、確かなこと。
この日。
新選組は生まれた。
そして同時に
誰一人として逃げられない組織が、生まれた。
誠とは何か。
守るものか。
縛るものか。
その答えを。
彼らは、血で知ることになる。
つづく




